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老後資金2000万円のこと #7

昨年、人生90年時代の老後資金は2000万円用意しておくことが望ましいという議論があり、国会で大騒ぎになった。私が「老後マネー戦略家族!」を出版したのは、その2年前の2017年3月ことである。ようやく時代が私に追い付いてきたかな、と思った。

まずは、小説の紹介文から。

「定年が近づく父、専業主婦の母、仕事を辞めた息子に学費のかかる娘……。老後や将来への不安から、山田家は顔を合わせればケンカばかり。しかし勇気を持って踏み出した先には、めくるめく財テクワールドが待っていた! 目標額は三〇〇〇万。崖っぷち中流家族の奮闘がここに始まる! 文庫書き下ろし」(中公文庫)

私がこの小説を書いたとき、軽く老後資金を計算した。2000万円にしようかとも思ったが、東京杉並区で一軒家(ローン)に住む4人家族が主人公だったので、3000万円くらいを目標にするのが妥当だと考えた。
昭和時代にモデルとされた典型的なサラリーマンの中流家庭だが、和歌山の実家で暮らす老いた両親の問題や、銀行に就職した息子のウツ病退職で、人生のシナリオが狂っていく。

小説には、投資信託、デイトレ、ファイナンシャルアドバイザー、投資詐欺、副業、起業、税金など、経済的な話も頻繁に出てくる。でも、財テクの指南書ではない。お金のことを考えることは、人生を考えることだというのが、小説に込められたメッセージである。

この小説は、実は若い世代に読んでもらいたいと思って書いた。日本では「お金」に関する教育をほとんどしていないが、これからの世代は、昭和とは違う。ただ働いていれば右肩上がりで何とかなる時代を生きるわけではない。災害や国際情勢の影響など、倒産や病気・怪我などの不確実なリスクにさらされる。当たり前が当たり前ではないことに気づかなくてはいけない。生き抜くためには、地域とのつながりや制度の利用などを駆使することも必要で、しぶとく、優しく、社会に貢献できる人材が日本に育って欲しいと願って書いた。

海外業務ばかりの私がなぜ典型的な中流家庭を描いたのか。
それは、ある種の危機感からである。
日本は確実に変化している。日本の国際社会における位置づけも変化している。90年代から2000年代までは、忍耐と努力で市場を開拓した「がむしゃらな日本人」が築いた遺産で食えていた。80年代はまだ第二次世界大戦の名残があったが、90年代からは日本の評判は非常によく、どこにコンサルタント業務に訪れてもウエルカムの雰囲気だった。戦後の頑張りが報われたのか、比較的敬意を持って日本の国際協力は受け入れられていた。
でも、すでに国際協力は中国の時代になっている。私たちから見れば、「かつて日本がやっていた手法」の国際協力なのだが、アフリカ諸国は中国べったりだ。下手な説教も人権要求もなく、相手国政府が欲しいものをいくらでも提供し、為政者の安定に寄与する。80年代以前の日本の援助が「市民ではなく独裁的な政府を助けている」と批判された手法で、私たちは「開発独裁」と呼んでいた。

海外の変化を感じながら、日本に帰国すると、今度は日本の急激な変化を目の当たりにするようになった。「日本って、こんな国だったっけ……」と帰国するたびに驚いた。一番の驚きは「格差」である。
私が「老後マネー戦略家族!」を書いた直接のきっかけは、貧困児童の増加だ。母子家庭による子供の貧困化に衝撃を受けた。同時に、やっぱりこうなったか……という思いもあった。画一的なモデル家庭を「良し」とし、それに外れた生き方に不寛容を続けてきた日本の政策は、結果的に多くの脱落者を生む。大卒・就職・結婚・持ち家・というシナリオに従わない人や、一度脱輪した人に冷淡で、自己責任を押し付ける風潮は、いつの間にか人々の挑戦を阻み、相互に協力し合う昔からの風土を崩してしまったのではないか……。

「老後マネー戦略家族!」は小説なので、会話も多く読みやすい作品である。でも、中身は濃いと自負している。財テク以上に、生きる哲学を問う小説だし、「ゆたかさとは何だろう」という疑問に真っ向から取り組んでいる。
地方出身の夫婦と2人の子供という東京の典型的な4人家族が、地域活動をする人や、ハローワーク、夢を追うミュージシャン、貧困家庭の子供たちなどに出会い、意識を変化させていく。海外の「ベトナム」が出てくるところは、国際協力を主業としてきた私ならではの視点かもしれない。

2017年に出版した小説だが、内容は全く古くない(むしろ、早く出版しすぎた(苦笑))。ぜひ、大勢の人に読んでいただきたい。

*写真は私が撮影したものです。
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