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52Hzの弔いを。3


小学4年生になった私は初潮を迎えた。

性教育を受ける前に不意に来た。

不運な事に『体育の授業中』に迎えてしまったのだ。

先生が慌てて保健室へ連れて行ってくれたけれど手遅れだった。

田舎の刺激に飢えた小学4年生には十分すぎる事件を私は起こしてしまったのだ。


先生に付け方を教えてもらったナプキンの違和感と共に教室に帰った私は、好奇の的だった。

私のいない間にクラスメイトは先生に、そのことには触れないように言いつけられたのだろう。

その日は皆そわそわしつつも、平静に日常を意識してくれた。

私はホッとしつつも、恥ずかしさで黙って時間が進むのを待ってた。

それが最後の『普通』の学校生活だった。

次の日、登校した私の目の前には変わり果てた私の机と椅子があった。

不法投棄されたかのように階段の踊り場にあった。

机にはネームペンで汚い字が乱雑に寄せられていた。

『キモい』『しね』『くさい』の大文字。幼い頭をフルに使って導きだされた稚拙でくだらない拒絶の意思表示に、私はきちんと打ちのめされた。

所有者である責任を負った私は、消えたい気持ちと机を抱えて教室へ向かう。

ぽっかり空いた空間に、形の変わってしまったピースを嵌め込むようにして

小さな居場所を無理やり戻す。


落とし方の分からない油性インクを眺めて頭がぼーっとしていくのが分かる。

52Hzの届かない海が広がっただけ。


そう思えたなら楽だったのに。


机上に広がる油性インクのアートは隙間を埋めるかのように毎日更新されていき

やがて彫刻へ変化して

引き出しは虫の棺桶だ。

靴は何度も行方不明。

その度に父の怒りをやり過ごして新しいものを与えてもらって。

木陰も見当たらない学校からの帰り道。裸足で歩くには熱すぎる夏のアスファルトが大嫌い。

後ろから聞こえる男の子達の声に心臓が耐えられないくらい早く動く。

無意識に駆け出して、どんなに全力を出してみても上手く前に進めなくてランドセル越しに助走のついた飛び蹴りをくらう。

バランスなんかとれっこない。守ろうとした手と腕を道ずれに守り切れなかった顎が焼ける痛さに長時間苦しんだ。

車一つ通らない白昼の畑道。

一緒にケイドロして遊んでた時間に戻りたい。

明日にはこっちが無かったことになるんじゃないか。

余計な期待が捨てられない。


花壇に水をやれば乱雑に花は引き抜かれた。

可愛がってた飼育小屋のウサギも居なくなった。

引き出しの虫も種類が増えた。

ミミズは千切れても動いてた。

私のせいで奪われる命があった。涙一つ流せない終わりの形。

一つも笑えない。嗤ってる誰もを理解できない。

冷えていくような感覚を五感じゃないところで知った。


「怖い」以外の感情で人をはじめて拒絶した。

おじいちゃんが死んだのはそんな日だった。


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