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復帰しました【1年3ヶ月のお休みを経て】

限界OLを経て、育休ママへ。初めての子育てを経て、1年ちょっとぶりに職場へ復帰しました。

これまでの私のnoteを読んで下さっている皆さんがご存じのとおり
たくさんたくさん悩んだし、転職活動もした。今までの職場への不満や、子育てをしながらワーママとして生きていくことへの漠然とした不安。
もう少し育休を伸ばしたい気持ちと、その気持ちとは裏腹にこれ以上のワンオペを続けることで失う気持ち。

今までと同じ成果を求められながら仕事をすることは不可能でかつ、自分の働きに対して納得した対価を支払われている感覚もなかった。私はこのまま、自分の社会人人生に後悔を残したまま、子育てと仕事を中途半端にこなしながら生きていかないといけないのかな。私にとって、最大にして最悪の選択のように思えた。

「育休復帰せずに辞める」

私にとって最もベストだったはずの選択のように思われた。けれど、結局は残留を決めた。転職活動をして分かったのは、私は結局「めちゃくちゃ仕事したくない」という気持ちしかなかった。
もちろん、復帰前の職場環境が最悪で、社会人生活の半分を自己投資として捧げてきた。結果的に得たものは大きかったし、かけがえのない経験ができた。けれど、最悪の環境で働くことは、結局自分の価値を分からなくするのだと思った。実際に自分の今までの労働に対して納得できたのは、最難関といわれる会社の面接を難なく突破でき、私はもしかして自分の能力を低く見積りすぎていたのかもしれないと気づいたからであった。(どちらかというと面接で発揮できる能力が高いことで肯定感が高まった…とも言える。)だからこそ。復帰する時に一つの希望を持った。


もし環境が良かったら。ちゃんと評価してもらえたら。もう少しやっても良いと思えたんじゃないか。


こう思うのは、どこまで行っても私は結局「めちゃくちゃ働きたくない」ことが根幹にあるからだと思う。
どうせ働きたくないと思う。ただ立ってる仕事も接客もしたくないのだ。投票の街頭調査、工事現場、水商売や、接客業、塾講師…過去のどんな仕事も、いかに休むかいかに手を抜いて仕事できるかしか考えていなかった。どうせ自分の人生を売るなら、より価値のある時間にしたい、そう思った。私はよく森鴎外の「諦念」を思い起こす。同様に、ニーチェのデカダンスやニヒリズムの境地にたどり着く。私は突き詰めると生きることが面倒臭いのかもしれない。

結局人生はガチャなのだ。けれど、ガチャに左右されないくらい屈強な価値観を持ってたいし、ちょっと人に体当たりされた程度で揺れない体感が欲しいのだ。私はまだまだ自分の能力を高めたい、そう思ったからこそ残留という選択肢があったのかもしれない。

周囲は既に自分の生きやすい選択をしている。年収を上げた者、公務員になった者、地元に帰った者、転職せずに残って昇進する者。皆自分の選択をしているんだ。私はどうだろう。子どもができて、復帰したら「子育てしながらこの仕事できる気がしない…」周囲の年齢の近い女の子からたくさん相談されることが増えた。
そう、みんな考えていることは同じなのだ。

私は幸いにも、過去に働いていた環境とは真逆のような上司と、メンバーに恵まれて仕事ができている。相変わらずやることは変わらなければ、既に残っている同期はおらず、結局私は4年目にして中堅、と呼ばれている。
友達の一人が言っていた「めちゃくちゃ辞めたかったけれど、残り続けたら居場所ができた」、は本当なのかもしれない。20代の下積みとはこのような感じなんだろうか。私は今、自分のこのしんどい仕事の中に、初めて働きやすさを見出した。これが、私の社会人生活において、どれほど価値を持つだろう。私にとって、この環境を投げ出して外に出ることが良いのか、今このまま仕事を続けるべきなのか。実はまだ答えが出ていない。


私だからできる仕事、は存在しない


私は育休の間、さまざまな新規事業に取り組んだ。2つとも、教育に関わる事業だ。1つは資金繰りに失敗し、1つは細々とホームページで仕事を募っている。
実際には納得し切れるまで行動できていないことがうまくいかない要因だ。モチベーションを保ち、最後まで諦めずに設計し直し、市場を調査し、人を巻き込む。そこまでやり抜いただろうか、いや、していない。
最後は結局行動、シンプルに行動なのだ。自分が決めて、自分で納得して動ければそれでいい。会社に勤めているうちは、責任がたくさんの人に分散できる。たくさんの人が、1つずつ行動を起こして歯車を動かしている。仕事はそれだけなのだ。オイルを刺さずに長持ちする歯車もあれば、うまく噛み合わずにいて、よくオイルを刺したり部品を変えたりして調整する。別に、自分だから動かせた結果ではない。動いたから動かしただけ。動かせないことは無理をしなくてもいいと思った。

だから、私は無理をしないことにする。私の経験に価値をつけたい。その一つに「継続する」ことも含めようとする。

でも、きっと辞める時は一瞬だろうから、私は十分だなと思うまではもう少し頑張ろうと思う。



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