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映画館に通い始める話

「ゲイの役を演じた人が史上最年長でアカデミー助演男優賞を取ったんだって」。19歳の当時、交際していた6つ年上の男性に誘われて梅田ガーデンシネマに初めて行った。

見た作品は「人生はビギナーズ」(原題:Begginers/監督マイク・ミルズ/2011年/アメリカ/105分)だった。
 控えめなアラフォー独身男性の主人公オリヴァーが、母の死後、75歳の父ハルから「実は自分はゲイだ」とカミングアウトされることから物語が始まる。父は若い同性の恋人をつくり、余生を楽しくいきいきと過ごす。一方、オリヴァーは父のカミングアウトに衝撃を受け戸惑う。臆病になってしまったオリヴァーは、新しくできた女性の恋人アナとの関係も自ら終わらせてしまう。しかし、父の死後、オリヴァーは父の自分に正直に生きようとした姿や、父や母との過去をたどりながら、再び人生を歩もうとする。隣には再びアナもいっしょに。

大学の授業おわり、彼の仕事おわりに集まって見た。初めてのミニシアターだった。当時梅田スカイビルにあった梅田ガーデンシネマは、大阪駅から地下道を通らないといけなかった。今ほど外国人観光客が多くなかった時分で、夜は人通りは多くなく、地下道はやや寂しい雰囲気だった。駅から15分ほど歩きながら、こんなところに映画館なんてあるのかと不思議に思った。梅田ガーデンシネマは全席自由席で、上映10分前になると先にチケットを購入した人から順番に呼ばれ、劇場に入って好きな席をとるスタイルだった。111席の少ない座席数と小さなスクリーンに驚いた。スクリーンが小さいわりに、スクリーンは最前列から遠く、また、座席列間の傾斜がゆるく作られていたため、最前列が一番見やすい席という珍しい設えだった。いままでTOHOシネマズやなんばパークスシネマ、あべのアポロシネマなどの大きな箱をもつシネコンしか行ったことがなく、それもテレビCMで流れるような大衆受けしそうな娯楽作品しか映画館で見たことがなかった。ミニシアターデビューはその場所に行くだけで刺激的だった。

作品はとても静かで繊細だった。ユアン・マクレガー演じる主人公オリヴァーの不安げな視線や、物語の最後に愛を試そうとする笑みが素敵だった。ゲイの父親ハル役の82歳クリストファー・プラマーの激しくないもののどっしりした優しさのある存在感もよかった。オリヴァーが昔の時代を象徴する風景や物象を、写真で切り取るようにしてナレーションをつけながら語る演出も面白かった。飼い犬のアーサーと"対話"するシーンも不思議でかわいくて楽しかった。物語はオリヴァーとアナが二人並んで、これからどうなっていくのか話すシーンで終わった。にこやかに。希望をともすように。

こんなに素晴らしい作品が世の中にあったのか。どうして自分は今まで知らずにいたのか。ゲイが物語の主軸のひとつにかかわる作品なんてそれまで見たことがなかった。その頃は、自分に心を許すゲイの友人や知り合いはまだ少なく、また、母親にカミングアウトを"失敗"したことや、大学の同期らの異性愛規範的な人付き合いから、自身がゲイであることに"自信"を持てなかった時期だった。「自分が映画にいる!」ということにさえ似たような感覚があった。作品が終わってから興奮気味に彼に話した。次も映画を見たい。すぐに。

「人生はビギナーズ」を見た数週間後、おなじく梅田ガーデンシネマで、「別離」( 原題: جدایی نادر از سیمین‎/監督: アスガー・ファルハディ/2011年/イラン/123分) を見た。「人生はビギナーズ」本編上映前の予告編集で流れていて気になっていたのだ。サスペンスフルで絶えず緊張感が保たれ、二転三転したうえにまったくハッピーエンドでない結末と物語構成、そして初めてのペルシャ語のイラン映画に衝撃を受けた。映画といえば邦画か洋画(英語)なんてことはない。世界には自分が知らないだけでいろんな国のいろんな映画がある。つぎだ。つぎは何を見ればいい。

この頃からすっかりミニシアターで映画を見ることにハマった。当時の梅田ガーデンシネマは、水曜日は会員じゃなくても性別関わらず誰でも1000円で作品を見れた。大学生だった自分にはありがたかった。水曜日、大学の授業が終わったら映画館に通った。友人を誘うこともあったが、そんな聞いたこともない映画おもろいんー?、と一緒についてきてくれる人は稀だった。だから友人よりも彼氏といっしょに映画館に行くことが多かった。それでも見たい作品は大量にあった。いつしかほとんど一人で映画館に通うようになった。やがて、梅田ガーデンシネマ以外にも、シネリーブル梅田、第七藝術劇場、テアトル梅田(当時は茶屋町にある梅田ロフトの地下にあった)や、シネマート心斎橋など、他のミニシアターにも通うようになった。

とりわけ好んで見ていたのは、台湾映画とゲイ映画(クィア映画というよりも)だった。
 世間の海外旅行の台湾人気がじわじわと高まってきた時期でもあった。台湾映画で描かれる、台湾の独特の風景や風俗と湿度感が好きだった。台湾の俳優の顔が当時の自分の男性のタイプだったのもあった。金馬奨や台北電影節の存在を知った。第七藝術劇場で台湾映画の名作特集をやっていて、「童年往事 時の流れ」(原題: 童年往事/監督: 侯孝賢/1985年/台湾/138分)を見に行った。台湾に旅行に行ったときに、CD・DVDショップの五大唱片で日本未公開の台湾映画のDVDを買って帰った。大阪アジアン映画祭に毎年通うようにもなった。日本で一般上映される前の(一部は日本で配給されない)アジア各国の映画を吸収した。
 ゲイ映画は無論自分のセクシュアリティに絡むから積極的に見に行った。公開される本数は少ないが、予告編で見て知ったらできるだけ見るようにした。映画館以外でもTSUTAYAにDVDを借りもした。最も刺激を受けたのが「花蓮の夏」(原題: 盛夏光年/監督: 陳正道/2006年/台湾/95分)だった。主演の一人の張孝全がかっこよかったということもあったが、主人公たちが閉塞的な空気感のなかで抱える生きづらさや、名前のつかないような恋心と、ガラスで刺すような痛みを伴う主人公3人の揺れ動く関係の描写が、見ていて自分の心を離さなかった。そして、のちに日本で一般上映となった、台湾の戒厳令から現代まで3人の主人公の関係を描いたクロニクル「GF*BF」(原題: 女朋友。男朋友 GF*BF/監督: 楊雅喆/2012年/台湾/106分)で、桂綸鎂と張孝全の圧倒的な演技に激しく心を打たれた。やがて、ゲイ映画が単にゲイというセクシュアリティについてのみでなく、政治的問題、ジェンダー規範や人種差別、宗教、民族など様々なテーマを描こうとしていることに気づくようになった。ここからより広くLGBTを取り上げる映画を見に行くようになった。ゲイ映画というよりもクィア映画を見るようになった。

自分がゲイであることで家族や学校生活などとの関係に多少なりに息苦しさを感じていた時分に映画館と映画に出会った。映画館に通うことは作品に自分の身を2時間捧げ、真っ暗な劇場の箱の中で作品を全身で"浴びる"行為だと思う。そうすることで、映画館が自分のある意味で逃げる場所の一つになっていた。そして何より映画館で上映される作品が自分に知らない新しい世界を見せてくれた。時には心を大きく揺さぶられた。見終わってからいろいろと作品に考えを巡らせたり、作品の物語背景や撮影時の社会情勢なども調べるようになった。

ことあるごとに、どうしてそんなに映画館で映画を見るの?とよく聞かれる。「人生はビギナーズ」を初めて見て10年以上がたって、よくよく思い返してみた。そして、これが、自分が映画館に通い始めた話だと分かった。


(つづく?)


Beginners って複数形なんですよ。きっと誰でもBeginner
オリヴァーとアナが出会うパーティのシーンもめっちゃキュートだから見てみて


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