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共有と公共−都市公園と雁木–

都市公園

 筆者が生まれ育った東京都多摩地域には多くの公園がある。幼少時に戸外で遊ぶ場所は、専ら公園であり、そこが自然に触れ合う事ができる、身近な空間であった。そこで過ごした時間は多く私を育ててくれた公共空間として記憶に刻まれている。
日本の公園の歴史は都市整備が始まった、明治初期に始まる。江戸幕府の拝領地であった、東叡山寛永寺境内や三緑山増上寺などが、公園として造成された。
その後、明治18年に政府による公園計画が始まり、近代都市計画として日本人の健康、精神を養う場、衛生、防災、仮説市場の機能を持つ数々の都市公園が誕生した。
世界における公園の起源は、イギリスの17世紀の王室庭園を解放したハイドパークに始まるとされている。イギリスで本格的に制度化したのは産業革命後の19世紀の都市部の人口過密や、環境汚染が進む都市部で生活する労働者を、有効に管理する為に設置され、「労働→レクリエーション」を繰り返すことが生産性向上に繋がるという考えにより、社会における「個人」の時間を管理する装置として生まれたとされている。また、しばしば蔓延していた伝染病は人々の生活に「瘴気」が必要とされ、公園を現在も「都市の肺臓」と表現する所以となった。
日本では、明治10年の西南戦争後に活発化した自由民権運動の集会の取締まりの為に、警察署と公園を隣接設置することや、伝染病防止の為の瘴気の場や民衆の体力増強の場という機能を付加し都市整備と共に公園の設置が進んだ。
小野良平著『公園の誕生』では、従来の労働者のレクリエーションの場として政府が造成した場が戦後には市民のレクリエーションの場に変換される一方で、市民にとってもレクリエーションを不可欠のものと認識して公園を利用している現象を、「公園のパラドクス」であると言及している。また、社会という作られた空間の中で存在する公園は、人々にとって非現実、もしくはノスタルジーを感じる「外部」の機能を持つと言及している。社会から提供された「装置」としての空間は提供を受けた個人によって「人間性」を体現する空間という変換が行われ、そのハブ役に公園が存在すると考える事ができるのではないだろうか。

新潟県の雁木

 新潟県は降雪地としての歴史が長い。その為生活していると非降雪地では見る事ができない様々な人々の智慧を見る事ができる地域であり、当時多くの事を学んだ場所である。その中でも印象的だと感じるのは「雁木」と呼ばれる建造物である。主屋の一階の庇のみ建物正面の道を覆う様に延長しており、それを持つ建物が連続する事で道沿いに庇のアーケードが生まれる。その連続した道を同県では「雁木通り」と呼び人々に長い間親しまれてきた。
雁木は私有物でありその下が私有地であるにも関わらず歩道がアーケード上に形成されている為、他者がその下を往来することを容認している独特の風俗である。
上越市公文書センターによると、雁木の役割として、個人宅の玄関の防雪空間の確保、それが連なることによる防雪通路の確保、更に副次的に年間を通した全天候型の歩行空間、車道から歩行者を守る安全な空間住民の憩いの場、コミュニティ空間としている。
これらから、私有物が人々の生活に役立ち住民同士で共有してきたことがこの風俗を継承させ現存しているという事ができる。
一方で私有地である為その土地の使用に関して他者が取り締まることができない。また、雁木が連続しなくなると、たちまち歩行空間が途切れその機能を果たさなくなる。この「私的空間」を「公的空間」のように扱う風俗は現代になるにつれ人々の生活の変容と共に減少の途にあることから、各地で行政が民間と共に伝承しようと取り組み始めている。
この二つの事例のうち、共通項はいずれも都市の整備によって誕生した空間であるという点である。一方で前者は所有者が「公」として提供しているが、享受者は各「個」が求める空間に変換されている。後者は「個」が「公」へ一部を提供し「共有空間である」という共通認識のもとに維持されている。
いずれも社会構造がもたらした公私共有空間と言えるが、個人の暗黙の認識で共有する為には双方に同じ価値観が必要とされる。したがってその空間所有者の明確な意思に賛同する使用者を形成する為のデザインを必要とする空間であるという事ができる。

出典


吉田靖編『日本の民家5』学研、1980年
黒野弘靖、千葉巧也、髙橋人志「上越市高田における雁木整備支 援制度と住民意向の反映」、日本建築学会技術報告集 第 21 巻 第 48 号,731-734、2015年(最終閲覧日2021日2月15日https://www.jstage.jst.go.jp/article/aijt/21/48/21_731/_article/-char/ja/
倉知 徹「歩行空間ネットワークとしての雁木通りの現状把握と GIS デ―タベ―ス化に関する調査」一般財団法人新潟県建設技術センター、2019年(最終閲覧日2021年1月30日http://www.niigata-ctc.or.jp/kyoryoku/jisseki/jisseki04.html

新潟県上越市公文書センターウェブサイト(最終閲覧日2021年2月20日file:///Volumes/2020/YW/京都芸大/2020/文献冬/雁木の話あれこれ%20-%20上越市ホームページ.webarchive)

野口明子「「雁木•町家」の利用価値低下の要因の明確化と新たな改修手法の開発―新潟県上越市高田地区を対象としてー」(最終閲覧日2021年2月15日https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/report/mori/2012/c-046.pdf

小野良平著『公園の誕生』吉川弘文館、2003年
西田司、中村真広、石榑督和、山道拓人、千葉元生 編著『PUBLIC PRODUCE 「公共的空間」をつくる7つの事例』ユウブックス、2018年
萩島哲編著『シリーズ<建築工学>7都市計画』朝倉書店、2010年

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