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遠い昔 ことばがなかったころの〈6〉

石さん、
ごきげんいかがですか?

今日はさんぽの途中、
角を曲がることにしました。
久しぶりに、
石さんに会いたくなりました。

今朝起きる少し前に、
ふと思ったことがあって。
頭から消える前に、
枕元にいつも置いてあるメモ用紙を、
あわててたぐり寄せて、
書きとめました。

………………………………

自分がことばを、
初めて拾い上げた日。
その時どんな思いで、
そのことばを拾い上げたんだろう?
拾い上げたことばを、
初めて「自分が使うことば」にした日。
そのことばに、どんな思いを持って
使うことにしたんだろう?

知らなかったことばを、
拾い上げる。
そのほんの少し前の瞬間、
当てはまることばを知らない瞬間が、
ある。
ことばになる前の思いは、
そのことばを拾い上げた時、
一緒にそのことばに乗る。
どんな時、どんな場所で、
どんな思いで、
そのことばは、
あなたの、私の、ことばに
なったんだろう?

ことばは、
同じ意味を持っていないと、
通じないから、
思いも同じ、
ということになっていないと
不都合ではある。
けれど、
そのことばを選ぶ時、
ことばに乗っている思いは、
実は少しずつみんな違う。
人それぞれの意味も付け加えられて、
そのことばが選ばれている。
としたら…


当てはまることばを見つける
そのほんの少し前の瞬間に、
耳を澄ます。

………………………………


石さん、
ごきげんいかがですか?
これから、
あなたのところへ
行ってみます。

私が初めて、
「いし」
ということばを拾い上げた日。
どんな思いで
「いし」ということばを、
拾い上げたんだろう?

「石」ということばを知らずに、
あなたを見つけた、
あなたを「石」とは言えずに、
あなたを見ていた、
あの時の思いが、
今の私の中に、今も私の中に、
生きているのかな。

絵はがき〈2017年3月〉

この芽吹きに
この風に
この春に
心を寄せる

あいうえおを
組み合わせて

けれど
言葉を追い越して
ねこは
風の中を
駆け出して行った

春に
駆け出して行った

この春に
あくびが出る
呼吸が深くなる
背すじが伸びる
血がめぐる

生きている

わたしの体の奥が
言葉の目の前で

この春の芽吹きに
こみあげる
愛おしさ

五十の文字を駆使して
たくさんの言葉をつくって
ヒトは春に
近付けるだろうか

言葉の目の前で
春がほほえむ

ねこは
跳ねている

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