わたしと海
疲れていた。
卒業後、初めて就職をした会社でまだ慣れない車での通勤と覚えることばかりの仕事で目まぐるしい毎日に疲れ切っていたのだ。
たまの休日も出不精の私はだらだらと惰眠を貪るだけ。
こんなただ仕事して寝るだけの毎日が後何十年も続くのか・・・。
なんて悲観する日々だった。
ある日、友人が唐突に
「今度、海に遊びに行かない?」
と誘ってくれた。
海か・・・。子供のころに家族と行った以来だな。
海での記憶を思い出してみるが、
泳いだ後に砂まみれになって足やら体やらを
洗うのに苦労した記憶しか思い出せなかった。
でもたまには気分転換に出かけてみようかな。
なんて思って、友人に
「いいね。行こう」
と返事を返した。
出発当日、朝早くに待ち合わせをして友人の車で海へと向かった。
天気は生憎のどんよりとした曇り空だった。
朝早いのと天気も相まって、私はテンションも低いまま車に揺られていた。
一方で友人はアップテンポな音楽を聞きながらウキウキと楽しそうに運転をしていた。
「実は最近、よく海に行くんだよね!」
と瞳をキラキラ輝かせて語っていた。
車で一時間くらい走って目的の海に到着した。
海水浴シーズンだが天気のせいか人はまばらだった。
海について友人はもう待ちきれない!といった様子で
服を脱ぎ捨て、中に着ていた水着姿になると
一目散に海へと走って行ってしまった。
元気だなあ。
なんて思いながら、私はマイペースに支度をして駐車場から砂浜へとゆっくり歩いて行った。
しばらく歩いて階段を降りると
海が目前に迫ってきていた。
風にのってくる潮の匂い。
どこまでも広がる透明な水。
規則的に聴こえる波の音。
あたたかいサラサラの砂。
目の前に広がる海はあまりにも広大で
遠い記憶にある海が遥か彼方に霞んでいってしまった。その圧倒的な光景に飲み込まれてしまったかのように呆然と立ち尽くしていた。
じっと見つめていると少し遠くで泳いでいる友人の姿が見えた。
まるで水を得た魚のようだ。
フフッと思わず笑みがこぼれた。
それから持ってきたレジャーシートを広げて、パラソルを立てたところに三角座りをしてまた海を見つめた。
ザザーッと寄せてはかえす波の音。
ゆらゆらと生き物のように波打つ水面。
同じように見えても瞬間瞬間違う姿の海に飽きることなく、いくらでも見続けることができた。
足を伸ばすとあたたかな砂がさらりと肌を撫でた。
ポカポカと心地よくて、そのまま上半身を倒して横になった。
見上げた空がどんよりとしていて、何だか眠気を誘った。
そのまま目を閉じて波の音を聴いていたら、
いつの間にか眠ってしまっていた。
驚くほど深い眠りにおちていたみたいだ。
目が覚めるとすっきり晴れやかな気分だった。
こんな気分はいつぶりだろうか。
上半身を起こしてまた海をみつめていた。
しばらくすると
「あっ、起きた?」
と友人がやってきて飲み物やら食べ物をくれた。
それから2人で話したり、泳いだり、疲れたら寝そべったりを繰り返してその日は陽が落ちるまで海にいた。
今日、来て良かったな。
と帰りの車の中でさっきまでいた海の姿を反芻しながら思い耽っていた。
あの日以来すっかり海に魅了されてしまった私は
休みの日に時間をつくっては海に出向くようにようになった。
とくに何をしにいくわけでもなく、ただただ海を見つめてぼんやりと過ごす。
小さな悩みなんかどうでもいい。
そう思わせてくれる壮大なパワーが海にはある。
海に通いはじめてからは、なんてことない日々も
そんなに悪くはないな。と思えるようになった。
気持ちが少し前向きになった。
私にとって海は少し遠くに住んでいる恋人のような存在だ。
いつも会えるわけではないけれど、疲れてしまったときには会いに行き、何も聞かずにただ傍にいて、癒してくれる。
ただ、そこにいてくれるだけで心強い。
私はそんな恋人にこれからも会いにいき続けることだろう。
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