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暴徒を鳥となって空から眺める女の子の話

○暴徒を鳥となって空から眺める女の子の話

午後の休憩のとき、賢くて繊細でものをわかりすぎる女の子は寺院の外で人々が怒鳴る声を聞きました。寺院の門の外へ顔を出すと、隊列を組んだ人たちが旗を振りかざしながら大通りを練り歩いていました。

女の子の後ろから髪を一つにくくったおじさんも大通りを眺めていました。

「国のやり方に抗議する奴らだねえ」

「何に抗議してるの?」

髪を一つにくくったおじさんは肩をすくめました。

「王の帰還を求めてるのさ。救い主を求めてるんだ。今の大臣たちが王を追い出しちまったからね」

「何で王は追い出されたの?」

「天災が続き、疫病がはびこり、信仰の違うものとの諍いがあり、国が乱れて貧しくなった責任を問われたんだな。そう言う場合本当は王を神に捧げて殺しちまうんだが、うちの寺院長たちが反対して追放になったんだ」

女の子は水に見せてもらった地球の記憶を思い出しました。過去の地上ではよく王や女王が燃やされたり、木に吊されたりしていました。神に選ばれたリーダーは神への最高の供物でもあるのです。

「王や救い主を求めなくとも、自らが王や救い主になればいいのに。王が失われた今はすごいチャンスよ」

「そうだな。海の向こうの国では民衆が話し合いで国を治めているという。投票して民衆の中で一番票をあつめた奴が国の代表だ。君は投票を知っているかね?」

女の子はうなずきました。水の記憶で海辺の人々がその方法で国を治めているのをみました。青い海とカモメが飛ぶのが見える白い建物の中で白い衣の男たちが票を投じていました。

「投票制もまた不完全。人の心に妬みや異物を排除したい欲望がある限り、一番票を集めたものが人々の欲望をあおるだけの存在になることもある」

髪を一つにくくったおじさんは驚いたように目を見開きます。女の子は白い衣の男たちが賢者を殺すために票を投じていたのを思い出していました。賢者の言葉が人々には不都合だったのです。賢者はただ名誉のための戦争に反対しただけでした。白い衣の男たちに必要だったのは正論ではなく勇猛果敢に戦ってみせることであり、賢者の言う話し合いや治水ではありませんでした。投票の結果、賢者は毒を煽り、その場に倒れました。賢者という異物を排除したことにリーダー格の男はにんまりと笑いを浮かべ、男たちと目配せしあいます。

「この国では王は異物なのかしら。みんなは王を追放して生活がもっと苦しくなったから今度は王という異物による変化を求めるのかしら」

「君が言うとおり人々の欲望を煽る人気者がいる。そいつがこの騒ぎを作ってるんだ」

女の子は髪を一つにくくったおじさんを見上げます。

「まあ、そんな人がいるの? 見てみたい」


そう言ったとたん、女の子は空を飛ぶ黒い鳥になっていました。鳥になった女の子は上空から隊列を組む人々を見下ろします。蟻のように小さな人の列が街外れまで伸びています。ここ東の街へ向かう軍隊も見えました。軍隊は群衆たちとは違いきっちりとした整列して進んでいます。暴徒鎮圧のため王都からきたのでしょうか? ずいぶん速い対応です。

鳥の体で、風に乗り、風を感じていると、風脈とでも呼べる流れがあるのに気がつきます。国を越える風脈、美味しい匂いのするする風脈、雷につながる風脈、さまざまな風脈があります。

魚のときの水の道と似たものなのでしょう。そして女の子は魚のときと違って、鳥であることを楽しみはしますが、鳥の意識に取り込まれません。
自分が何をしに来たのかわかっています。

鳥になった女の子は、みんなを煽っている人気者はどこだろう?と探します。

蟻の行列のような人の群の上を行ったり来たりするうちに気になる箇所がありました。滑空して人の群に近づくと、人々に背の高い男が呼びかけていました。

「王を! 我らの王が必要だ! 王の帰還を! 王がご帰還なさればすべての災いは消え失せる! 大臣たちこそ裁かれるべきだ」

情熱的に男は語り、人々は男の言葉に反応して歓声を上げます。足を踏みならします。

「大臣たちを殺そう! そうすればきっと王はご帰還くださる!」

人々の間から熱狂的な拍手がわき上がります。今、自分たちが何をすべきかを示してくれることに勇気づけられているのです。人気者はみんなを声援を受け、大きく腕を広げました。

人気者を中心に人々の間に興奮が広がっていきます。

鳥である女の子は木の枝に舞い降りました。木の陰に隠れるように地味な服装の男と女が人気者の様子を伺っていました。

「以前の王でも天の災いは治められなかったぞ」

「みんな、ちょっと昔のことでもすぐ忘れるのよ」

男女はこそこそ話します。

「あの人気者はやっかいだ。我が国を更に乱れさせる。大臣たちも殺したら更に国が建ち行かなくなるのもわからないのか」

「民衆にとってはこの騒ぎが不満のガス抜きになるかも」

女の言葉に男は考え込みます。「確かに。我々は王を探索するのを優先しよう」

枝に止まっていた女の子は呟きます。

「内なる王、内なる救世主を見いださない限り、王は見つからない」

男女はばっと鳥である女の子に振り向きます。女が素早く矢をつがえ放ちます。矢は鳥である女の子の心臓を貫き、鳥の体が枝がから落下します。

「なんだ、鳥か」矢を弓を持った女が近づいてくる足音を聞きながら、女の子は息が絶える寸前、自分の肉体に戻るのを念じました。

○内なる王国の叡智を知る女の子の話

人間の肉体に戻った女の子は身震いしました。何度も体験していますが死の淵に落ちていくときの恐怖、そして相反するように広がる安らかな感覚には慣れません。

鳥の、風に生きるものの視点では地に這う人間の営みはひどくつまらないものに見えました。余りにも視野が狭く、目の前のことしか考えていません。軍隊が迫ることも知らず、人気者の煽りに乗り、血気盛んに歓声を上げていました。密偵に見張られていることも知らず人気者は万能感にあふれていました。
 でもそれは地を這う人間にとっては仕方がないのかも。自分がいつも世界の中心。他の人や他の場所で重要なことが起きてるなんて想像できない。自分の頭が思いつく範囲では最善を尽くしている。女の子は心の中で呟きます。

「おかえり。どこへ行ってたんだい?」

女の子は髪を一つにくくったおじさんを見上げます。女の子が鳥になっていたのがわかるのでしょうか。おじさんは親や兄弟や村の人たちのような恐れもなく、相談者たちのように畏まるようすでもありません。おじさんとしばし視線を交わらせ、女の子は口を開きます。

「空へ。人気者はずいぶん単純ね」

「単純じゃないと民衆から人気は集められない。簡単な感情と言葉こそ人々を動かす」

女の子は昔、魂に効く薬の物語を書いたときのことを思い出しました。難しい本なんてみんな読まないと吟遊詩人からも商人からも助言されたものです。

「確かに。街を見ていても、店先に並ぶのも簡単な感情を動かすものばかり」

「君はこの国がどうなると思う?」

女の子は髪を一つにくくったおじさんを見つめます。この人はやっぱりここの寺院長ねと胸の中で呟きます。この、応えざるを得ない質問の仕方。単純なようで、問いかけの奥の意味を潜ませる手口。奇想天外な答えも受け止めるだろうとうかがわせる姿勢。そういえばこの寺院は魂の修行者のためのものだったと説明されたな、と女の子は思い出します。

「この国は成長のときにある。新たな国の形、新たな意識のあり方の陣痛の苦しみを体験している。運命に選ばれた王によって国の行く末が左右される時代は終わった。王は流浪し、新たなる者に生まれ変わる。国も流浪し、新たな国に生まれ変わる。人気者の煽動も流浪の一つ。みな、失望すればいい。それは幸いだ。時代が変わったことを知れるのだから。それぞれが内なる王を見いだすとき、内なる王国を自分が治めることを知るとき、この国は再び栄える」

「民衆はそんな試練に耐えられんだろう。内なる王国を治めることに挑戦する者は少数だ」

「少数でいい。100人に3人いれば充分。先をいく者たちが少数いれば100年かけて民衆も変わる。先をいく者たちは苦しいだろう。今までの自分のあり方、思考、感情を壊して作り替えなければならないから。窮地に追い込まれ、病を得て、信頼していた人に裏切られる。希望をたたれ、絶望し、無気力になることもある。でもそれは幸いだ。そうしなければ人は変われない」

「今までの自分のあり方を壊す・・・寺院長はだから俺に任せて旅にでたんだな」

「役割を演じることはもう無意味。自分になるしかない。ただの自分として寺院長をやることも出来る。寺院長の役は演じられないが、寺院長としてあることは出来る。違いがわかる?」

「ああ。そうか、まだまだこの国は大変なんだな」

女の子はふっと視線を落とします。

「いえ、たぶん変化は速い。内なる王国を治めることを知ったものが帰還する。端から見たら、役割を演じてくれる寺院長や王や救世主の帰還に見えるだろう。でも本質は異なっていて、彼らはもう寺院長や王や救世主として演じない、人々の犠牲にはならないし、期待にも応えない。でもこの違いをわかる者もまた少数」

女の子は言い終えると、久しぶりに仕事をしたなと思いました。おかしなことです。かまど係として、市場係として毎日働いていますが、それらを仕事とは感じていなかったようです。

「そうか。ありがとうございます」

そして髪を一つにくくったおじさんは女の子の足に額をつけ、感謝しました。この寺院における賢者へ感謝する作法です。女の子は、もうこの寺院を旅立つときが来たんだなと悟りました。

「ここを旅立つから聞きたいんだけれど、どうして私がそういうものだってわかったの?」

そうです。女の子が森を出たのも、あの男の子に初見で森の賢い人扱いされたことがきっかけでした。あのときは腹を立てました。森の賢い人という役割に押し込まれたようで窮屈だったのです。そして、女の子は気がつきます。私はただあの男の子と仲良くなりたかったのかも知れない。男の子に森の賢い人として助言し、畏怖され、感謝されたくなかったのです。

「あなたが心を現し世から飛ばすとき、空気が変わります。言葉を語るときの重みが違います。あなたが難しいことを語るとき、自分にはまだ理解できなくとも、そこに何か重要なことがあるのはわかります。あなたは寺院長と同じです」

そうかそうか、と女の子は思いました。結構、私はおかしな感じで存在してるんだな、気がついていなかった。だから昔から村の人に遠巻きにされたのか。

「最後に、あなたが勘違いしてることがあるから言っておくね。この寺院において、寺院長はあなたよ」

髪を一つにくくったおじさんは大きく目を見開いたあと、複雑そうに微笑みました。

「寺院長はもう帰ってこないんですね。このわたしが寺院長ですか」

そういうと女の子の足に再び額づきました。

続く。

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