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対になる男の子が対になる女の子に出会う話

ずいぶん長く泉に浸かっていた気がします。勇気があって純粋な男の子は水底からゆっくりと浮上すると、そのまま水面にぷかぷか浮かびました。太陽がまぶしくて手を目元にかざします。

「きれいだなあ。僕はどれくらい空や太陽を眺めていなかったんだろう」

幼い頃から街のリーダーになることを期待され、リーダーになり、さまざまな問題を解決し、街おこしもしました。試練に挑んで剣を抜き、国のリーダーになったあとは解決すべき問題の規模も大きくなりました。目標も大きくなりました。ずっとずっと必死で走り続けてきました。ゴールはどこか? 目標を達しても新たな目標が設定され、再び走り出します。

国を追われ、物乞いになっても対になる女の子を探すという目標を追っていたのです。まるで競走馬のように。

目標や理想に追われて追って、常に目の前のことにどう対処するか?で頭がいっぱいでした。頭は考え事や未来のアイディアで常にいっぱい。空を見上げ、水の冷たさを感じ、太陽がまぶしいなんてことを感じてる暇がなかったのです。

「世界が何にも見えていなかった。視野が狭い。僕はバカだな。目標と関係がないって思ったものは目に入らない! 目が見えてないのも同然だ」

風が男の子の濡れた鼻をかすめます。男の子は心地よくて目をつむります。

「いい気持ちだ。ずっとここに浮かんでるだけでいいや」

「あらそう。浮かぶのに飽きたら声をかけてね」

聞き覚えのある声でした。男の子は慌てて水を飲んでしまいます。泉はそんなに深くもないですが浅くもありません。男の子は半分溺れかけます。落ち着け、落ち着け。ちゃんと力を抜けば体は浮くんだ、と男の子は考えます。そんな男の子の首根っこが掴まれ、岸に引き寄せられます。男の子は意志の力で手足の力を抜き、深呼吸をし、流木のように引き寄せられるままになります。

「もう起きあがっても大丈夫よ」

そう声かけられ、男の子は悠然として見えるようにゆっくりと両足を水底につけます。かっこわるいところを見られましたが、ちょっとくらいは印象を回復できたでしょうか。

ずぶぬれの男の子の前には洋服がびしょぬれの女の子が立っていました。賢そうなきらきら輝く瞳、意志の強そうな口元、適当にくくった髪。真っ青な空を背に立つ女の子を男の子はまじまじと見つめます。何で気がつかなかったのでしょうか。この子が対の女の子じゃないか! 本当に僕は何にもわからず見えていなかった!

男の子は思い出します。対になる女の子の居場所を教えてもらおうと「東の果ての森の賢い人」を探し求めたこと。東の果ての森で出会った女の子の肩書きに気を取られ、自分の質問をすることに必死になってしまったこと。恥ずかしさで男の子の顔が真っ赤になります。

「僕が愚かだった。森であったとき本当にバカな質問をした。君が僕の対になる女の子だったんだね」

女の子は目を見開いたあと、笑い出しました。

「あなたが私の対になる男の子なのね! そうだったんだ、だから私は腹がたったんだ!」

女の子は笑い崩れてしりもちをつきます。男の子は女の子の様子に呆気にとられましたが、一緒に笑い出します。

「僕が愚かだったから腹が立つのも当たり前だ。目の前に本人がいるのに森の賢い人って言う肩書きにとらわれたんだから」

「私も自分の森の賢い人って立場にとらわれていたから! 自分で立場にはまって勝手に皆の期待に応えなくちゃって、うんざりしていた。おあいこよ!」

女の子は水を男の子にかけます。男の子も女の子に水をかけます。しばらく互いに水を掛け合いました。それから日が落ちるまで二人は夢中になっておしゃべりをしました。どんな苦難があったのか、どんな発見と驚きがあったのか、どれだけ自分が未熟だったのか。語ることはつきませんでした。


山を下る間もおしゃべりをし、一緒に夜も寝て、同じものを分け合って食べました。互いが一番大切な場所へ旅をしました。男の子は廃墟になってしまった育った街を案内し、女の子は東の果ての森を案内しました。

男の子が女の子の手を取り、倒木に座ります。男の子は真剣な顔で話しだそうとし、ふと自分の手に目を落とし驚きの声を上げました。

「どうしたの?」

「業病が、腫れ物が治っている!」

「あなたはずっとこの姿だったけど・・・」

女の子の声も耳に入らず男の子は服を脱いで全身の皮膚を確かめ、飛び跳ねて手足の自由さを確認します。

「治った! 治った! 治らなくても仕方ないと思っていたけれど治った。ああ、助けてくれた人、祈ってくれた人、ありがとうございます。病にも感謝します。癒しにも感謝します」

突如、祈りだした男の子を女の子は黙って眺めていました。


ひとしきり騒ぎ終えた男の子が女の子の横に座り直します。

「君はこれからどうしたい? 僕にしてほしいことはある?」

女の子は深いため息をついて目を閉じました。そしてじっと自分の内側を探ります。私はどうしたいのだろう。男の子に何かしてほしいだろうか?

「私は私として森に生きる。ちゃんと賢者としての自分を引き受ける。森羅万象の主になる。役割として押しつけられたり、これしか出来ないからやるんじゃない。私は森羅万象の主として生きて見せないといけない。そういうことをしにきた。水や星や大地と調和して生きてやることがあるんだと感じる。だから、君も君として生きてほしい」

「僕は僕として生きよう。君が見えないものを治めて調和をはかるならば、僕はそれができる世界を守る。僕は国に帰る。まだやれることがある。地位も名誉もなくともできることが」

男の子は懐から岩から抜いたボロボロの剣を取り出しました。

「この剣も返さなきゃないけないし」

女の子はボロボロの剣を手にとりました。古びた剣から錆が垢のように剥がれ落ちます。女の子は言いました。

「君は王なんだから、王として生きて。本当の王って言うのはね、降りれない。どこへ行っても君は王。王としての責務を果たさない限り、満足する生はない。そして」

女の子は錆びが落ちて金に輝きつつある剣の刀身をぐっと握りしめます。

「君は自分を治めることを知った内なる王。外なる王としての君は死んだ。内なる王となった君が治める国は今までの国ではない。国境はない。端から見たら国境はあるけれど、君が働きかける範囲はもっと大きなもの。そうした王が帰還することは大いなる意味がある」

女の子は金の剣を男の子に突きつけます。男の子は両手で剣を受け取ります。

「それが君の望みなら、そうしよう。僕は僕として王をやり通す。でも、時々君に会いに来てもいいかい?」

「もちろん。時々なんかじゃなく一日の半分は一緒に過ごそう」

「え?」

「夢を渡って会いに行く。鳥になって会いに行く。塀を乗り越えて会いに行く。もちろん私の森にも来て」

「当然、出来る限り森へ行くけれど、夢? 鳥?」

女の子は大笑いしました。

「私は森羅万象の主。どこへでも行ける。何にでもなれる。必要なことはわかる。でも私だって内なる主としてはまだ未熟。私の話を聞いて。私の相談に乗って。私の横で眠って」

男の子は大笑いしてる女の子の手を握りしめました。

「一日の半分は外の世界のために生きてても、もう半分は自分の為に生きる。君のために生きる」

二人は手を取り合いながら見つめ合います。これで良かったのです。ずっとこうして生きてきたような気がします。

今まではなんて不安で不安定で欠けていたのでしょう。外の世界で不足を補うために誉め言葉や名誉や理解者を求めたくなるのも当然でした。でももう外の世界に頼らなくても大丈夫です。外の世界は結果を出さないことを責め立ててくる地獄でもなければ、自分を拒絶する孤独な牢獄でもありません。外の世界は外の世界。大地や泉や星や風があり、それぞれの人がそれぞれのゲームをしている遊び場。自分たちのゲームがわかった今はもう大丈夫です。

楽しいこともあれば喜ぶこともありましょうし、苦しいことも悲しいことも起こるでしょう。でも、男の子は女の子を見つけました。女の子は男の子を求めました。これからはめでたしめでたしのその先へ二人で歩いていくのです。

おしまい

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