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ご飯のこと

今日は夜まで帰れないので、家族の夕飯を作っておく。不在にする日は、よっぽどのことがない限りご飯だけは作っていくようにしている。
エプロンは、高校の時に友達がプレゼントしてくれたORANGE HOUSEのものを今も使っている。

ふと、ご飯にまつわる色んなことを思い出した。

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うちは両親ともに盲学校の教員で留守がちだったけど、母はどれだけ忙しくても、丁寧に美味しいご飯を作ってくれた。(本人曰く、ストレス解消だったらしい)

盲学校には、幼稚園から高校のほか専門学校課程や寄宿舎もあり、クラス担任や普通教科に加え「理療科」といって主に針灸あんま・マッサージの国家資格を取る教科がある。
視覚障がいを持つ生徒達の今後の人生がかかる進路相談もあり、我が家には毎晩、保護者や生徒さんから両親への相談電話がひっきりなしにかかってくる。
「夜分遅くすみません。あの、〇〇先生いらっしゃいますか?」
「ええと・・・父でしょうか、母でしょうか」
というのが、毎晩の電話口での受け答えだった。

今みたいに民間企業で障害者が働けるようなポストはほぼ無い時代だったので、国家資格を取ること、鍼灸マッサージ師の職業を得ることは、視覚障がいを持つ学生さんにとっては死活問題だったと思う。
そんな重圧と激務と情熱を抱えながら、家では美味しいご飯やおやつまで作ってくれた母。一体どうやってそんなことができたのか?

「”きょうの料理”の最新刊をカバンに常備して、帰りの電車に乗った瞬間にそこから何を作るか決めてたのよ!」

そんなモーレツ母のおかげで、美味しいご飯の味を覚えられた。

思い出したのは4年生の頃。
帰宅の遅い母に代わり、初めて調理実習で習った料理を作ってみることにした。
それがたまたま、父の好物のきんぴらごぼうで「美味しいよ」とめちゃくちゃ喜んでくれた顔と、照れ臭さを鮮明に覚えている。

食べるだけじゃなく、作る楽しさと、美味しいと言ってもらえる喜びを知った私は、その日からご飯を作るようになりました。



高校のお弁当は自分で作り(それが入学の条件w)
大学時代からは私の家に友達がご飯を食べに来るようになり、そのうち食堂と呼ばれ、色んな人がよく集まってくれた。みんなでご飯を食べながら、仕事の話、恋愛の話、ただのバカ話、、、そんなのが最高に楽しい時間だ。
そして、自分が作ったご飯をみんなが喜んで食べてくれるのが嬉しいのだ。

考え事しながら一人でご飯をゆっくり食べるのもいいし、ワイワイと食べるのもいい。外でも家でも、一人でもみんなとでも、ご飯食べる時間は幸せなんだと思う。その瞬間が世界中でたくさんあってほしいと願う。

子供達にも、食べるご飯を自分の手で作り出せる楽しさ、人に喜んでもらえる気持ちを知ってもらえたら。とても豊かに暮らせる気がするのです。

だから今朝も、少々面倒だとは思いつつ、、なるべく美味しいご飯を作ろうと思ったのでした。

(終わり)

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              (昨日は餃子)

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