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大事なものは目に見えない

今日のトピックは

「私たちは見える部分だけで早急に判断してしまう」

ということについて、私の経験をもとに共有します。


フランスで生活を始めて、インテリアに植木を買いました。

最初は白い花を咲かせてくれたのですが、そのうち虫がついてしまい、虫を撃退してももとに戻らず、葉っぱはカサカサになりすべて落ち、枝もカラカラの茶色に変わってしまいました。

「枯れてしまった」
そう思いました。

それでもダメもとで、植木鉢と土を変えてみたところ、見事に小さな芽が新しく出てきて、そのうち枝も緑色に変わってきたのです。

見える部分である葉っぱと枝を見て、私は植木が枯れたと判断しました。

でも根は枯れてなかった。

だから見えない部分に影響する土と植木鉢を変えたら復活しました。

見える部分では枯れて見えた植木は、見えない部分ではちゃんと生きていて、環境を整えてあげたら元気になりました。


これが人間だったらどうでしょうか?

「やる気がないように見える」
「指示を待ってばかりで動こうとしない」
「リードして欲しいのに・・・」

見える部分である言動に意識が向きがちです。

そしてそれだけで、簡単に「彼は○○だ」と人を判断してしまいがちです。

私が植木を枯れたと判断したように。

でも、見えない部分で、過去が影響していたり、悩んでうまく動けなかったり、いろいろあるのかもしれません。

見えないけれど、土を変えてあげれば変化するのかもしれません。

この話を読んで誰か頭に浮かんだ人はいますか?

その人について判断をする前にもう一度考えてみませんか?

枯れたと判断する前に

「もう一度芽を出すには何を変えたらいいだろう?」

誰かを判断する前に

「良いところを活かすにはどんな環境を整えればいいだろう?」

植木の生命力に驚いた私のように、誰かの秘められた力にあなたも驚くかもしれません。

読んでくださってありがとうございました。

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