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noteも結局誰かの顔色をうかがっていた

小さい頃、ミニーマウスが好きって言えなくて
くまのプーさんが好きな私になっていた。


ピンクが好きって言えなくて
ボーイッシュな私になっていた。


誰かに合わせて好きを変換してしまうことがある。
それが、親であったり・友達であったり・恋人であったり、、
「みんなと一緒でなければならない」
「相手の思っている私でいなければならない」と私の心の私が言う。


普通とか標準とか同じとかという言葉に安心感を感じる


社会人になって、自分の意見を求められ
自分の頭で考えることができるようになって
自分の意志をもてるようになった。


と思っていた。


でも、けっきょくひとの顔色を伺うことをやめれていなかった。


私、noteで書きたい軸なんだろうと思っていたタイミングでの
ヤマシタさんのことば。

そもそも、自分の話なんてと聞きたい人はいないと思っているので、自分のことばかり書くのは、微妙だなと思いはじめ、ブレブレなんですとリツイートした私にヤマシタさんはこんな返信をくれた。



ブレの原因は、誰かの顔色を伺っているからなのか。
自分の表現したいものや、共有したいことでなく
顔もみえない誰かの反応を気にしているから。

ゆっくりみつからないかもしれないけど、自分を見つめ直して
表現したいことを言語化していこう。
毎日、更新しながらもがいてみよう。

よし。またがんばろう。

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