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未来が不安になった時に読みたい「禅とジブリ」

3泊4日の永平寺座禅体験へ行ってから、「座ること」それだけで良しとする禅の思想にとても興味を持っている。また、幼少期からジブリが大好きだった私にとって「禅とジブリ」は今まさに読むべき一冊だと思って購入。ジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんが、3人の禅僧と語る様子が書かれている本だ。

読んでみて、ジブリ映画の奥深さに改めて気づき、また禅のもつやさしさにどんどん引き込まれる。ふたつは私を鼓舞するでもなく、指示を与えるでもなく、「このままの自分」が当たり前であることを教えてくれているような気がする。

うじうじ考えてしまうこともあるよね。自分のことがよくわからない時もある。自分は何者でもないし、言葉で伝えられないことも世の中には溢れている。人生は何が起こるかわからない。それでもみんな、生きていく。

一貫して「今を生きる」禅とジブリ

過去や未来に捉われることの一番の問題は、今この瞬間に集中できないこと。だから僕は「もっと今に集中しろ」って言ってるんです。(鈴木氏)

1冊をとおしたすべての軸には、「今を生きる」思想がある。

確かに、色々考えて悩んでしまう時はたいてい、「これが出来なかったらどうしよう」「こんなこと今まで経験したことがない」など、今は起こっていないことについて思いを馳せて悩むことが多い。この先が不安になるから、前に進めなくなってしまう。

それに対し、細川和尚が話したことが印象的だった。『もののけ姫』の作中にある、山犬モロとアシタカのセリフが、中国禅宗の開祖・達磨の発した「不識(ふしき)」だと感じたという。

モロが主人公の少年アシタカに、「お前にサンを救えるか」と訊く場面がありますよね。ヒロインを救えるか、と。アシタカは「わからぬ」と答えるんです。このセリフに禅問答のような深いものを感じたんです。
主人公なら「救う」と言ってほしいじゃないですか。でも「わからぬ」と。その後に続けて、アシタカは「だが、共に生きることはできる」という。
私たちは、明日の天気もわからないような存在です。けれども幸せを祈って生きていくことはできる、というのが仏教の根底にある思想なんです。「不識」、つまりわからないことこそが人生なんです。むしろわかってしまったらおもしろくない。

わからないことは約束しない。けれど、今できる最善を尽くす。例えばここで、「救えます」とアシタカが言っても、逆にあまり信頼できないのだろうなぁ。

もちろん、今後のことを考えてスケジュールを立てたり、未来を見据えた行動をとることは必要だ。目指すべき未来があるのなら、それに向けて今に集中すること。無いのなら、今できることをコツコツ積み上げていくこと。「今を生きる」の意味は、そういうことなのだと思う。

良かったところすべてを拾い上げてまとめられたら、後で読み返した時にわかりやすいだろうなぁと思ったけれど、どこを切り取ればよいかわからなくなってしまった。本の内容を全部暗記したいくらい、生きるために必要なことが詰まっていると思う。

そのため、一番強く感じたところだけピックアップして紹介。また座禅も行きたいし、ジブリも見返したいなぁ。


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