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共感はあなたの経験の数だけ

引越し前によく通っていたタリーズで、レジの近くを通るたびにいつも気になっていた商品がある。

夕日が照らすあたたかい色、荷物を何重にも積み上げた上に人が一人、ラクダの背中に乗って運ばれる。そんなラクダが描かれたコーヒー豆を、いつか買ってみたいとずっと思っていた。

ずっと思っていながらも買えなかった理由は色々ある。コーヒーのドリッパーを持っていなかったし、買おうにも何を買ったらいいかわからなかったし、お店でコーヒー豆を買ったこともなかった。

とはいえ何を買ったらいいかなんて1時間もググれば満足いくだろう。それに沿ってドリッパーをAmazonで頼めば翌日には手に入る。豆を買ったことはなかったけれど、学生時代にカフェでバイトをしていたので、店員として対応したことはある。だからある程度察しが付く。要は、いろいろさぼって買ってなかっただけだ。

引越しのタイミングで重い腰をあげ、よさそうなドリッパーをググってAmazonで頼み、ようやく準備が揃った。そして先日、とうとう念願の豆を購入したのだった。

足早に豆を掴みレジへもっていき、微妙な間を開けたあと、小さな声で「挽いてください」とスタッフに声をかけた。声が小さかったのは自信が無いから。スタッフが誘導してくれるのを待っていたら微妙に沈黙が続いてしまった。

しかし、こちらから声をかけたものの反応がない。何か間違っているのだろうかとスタッフを見てみたら、どうやらあちらも固まっている様子だ。すると別のスタッフが「ペーパーフィルター用でいいですか?」と声をかけてくれて、そのあとはちゃくちゃくとことが進み、ポイントカードまでゲットして私の初・豆購入は事なきを得た。


最初に対応したスタッフの女の子は、たぶん入りたての学生バイトだったのだろう、豆の対応が初めてのようだ。「もかじゃば……でよろしかったでしょうか」と、初めて教科書で見る英文を読むかのようにゆっくり話し、ちょっとひきつった顔でお会計をしてくれた。終わると、さっき声をかけてくれた先輩から豆の対応について熱心に聞いている。

新しいことを覚えるその姿を遠くから見ていたら、学生時代にはじめて豆を挽いた体験を思い出し、ふつふつと愛おしさがこみあげてきた。

挽く前にお客さんへ聞くセリフ、挽いた後に袋へ戻す行為、もう1度袋を密閉し、カードに2つ、スタンプを押してお客さんへ渡す。5と10のつく日はスタンプ2倍だ。あの頃とほぼ変わらない手順を踏んで私のところに届けられたラクダ印のコーヒー豆は、密閉装置の少しゆがんだ跡まで同じだった。

経験の数だけ、人は寛容になれるんだろうな、と手提げ袋に入ったラクダを抱えながら思う。相手の気持ちにどこまで寄り添えるかは、相手の気持ちをどのくらい疑似体験できるかによる。そのためには、過去の経験から近いものを引っ張り出せる、共感する材料が必要だ。

経験は、こんなにも相手にやさしくなれるのか。愛しい気持ちにほくほくしながらラクダコーヒー豆をもう1度取り出してみたら、すでにもう、香ばしいコーヒーのにおいがした。


去年の毎日note


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