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ストレス過多な朝と、密やかなる怒り発散法。

朝、目が覚めたらコップ一杯のミネラルウォーターを飲み、コーヒーを豆から挽く。お気に入りのチルミュージックをBGMに、全粒粉の食パンをトースターに入れて‥‥なんて優雅なモーニングルーティンとは無縁である。
まず低血圧で、朝は苦手だ。スヌーズを二度、三度とかけてようやく観念して身体を起こす。ふらふらと洗面所へ行き、最初に洗濯機をまわす。ゴウンゴウンという重低音が響く。台所に立ち、半分しか開いていない目で家族の朝食を準備。時間のない時は、グラスに水を注ぐのももどかしく、とりあえず氷を口の中へ放り込む。


二種類のサンドイッチが出来上がる頃には、少し頭もスッキリしてくる。ハムとチーズときゅうりの具を挟んだものと、いちごジャムを挟んだもの。それを半分づつ斜めにカットし、ラップで包む。父と息子の皿に違う味の組み合わせでそれぞれ載せる。
水筒とは別に、半分凍らせておいた二リットルのペットボトルにもお茶を注ぐ。夏の野球部では、信じられないくらいの量の水分を消費する。
前日に干して、まだ洗濯ハンガーにぶら下がったままのインナーシャツや白パンツ、ソックスをピンチから急いで外す。ゆるく畳んでまとめてダイニングの椅子の背もたれにかける。


まだ二階から降りてこない息子を起こす。さっきから息子のスマホのアラーム音は、一階にも響くほど大音量で鳴り続けていた。ドアを開けるとむあっと、男子運動部の部室のような匂い。‥‥うっ。エアコン入れなよって、いつも言ってるのに。しつこく声をかけないと、布団も敷かずに折り重なった状態で寝てしまう。そしてこの猛暑日が続く中、お風呂に入らないこともザラにある。どんだけ面倒くさがりなんだ?
「今日試合でしょ? 早く出るんでしょ? もう起きな!」
雨戸を開け「自分で起きてよ」と念押しして再び階段を駆け下りる。朝は何度も階段を往復する。


冷凍食品と前夜のおかずを詰めただけのお弁当をせわしなく完成させ、ペットボトルやらタオル、着替えと一緒にリュックに詰め込んで一息ついた頃、ようやく息子がのそっと台所に現れた。どかっと椅子に座りスマホから片時も目を離さず、緩慢な動きでサンドイッチのラップを剥がしている。とりあえず起きたことにホッとし、洗い桶に溜まった調理器具を泡付きのスポンジでこすっていく。片付けが終わった頃、洗濯機がピーッピーッと鳴り、洗濯完了を知らせる。
ふと時計を見ると、息子が友達と待ち合わせをしているという時刻まで、もう10分もない。息子はまだ手にパンをつかんだまま、スマホを眺めている。おいおいおい、着替えろよ。優雅にご飯食べている場合か。
「ねえ、もう着替えないと間に合わないんじゃない?」
声をかけると、スマホを注視したまま、
「ああもう、そういうこと言われると急ぐ気失くすんだよねぇ」
ときた。


あん?


ぶつぶつ言い出したので、これ以上絡まれるのも面倒だと思い「あっそう。とにかく急ぎなね!」と一言、その場を離れる。脱水された洗濯物をかごに移し、抱えて二階へ。
案の定、数分も経たないうちに「ねぇ、来て!」と不機嫌な声で呼ばれる。
「ユニフォームどこ?」と、苛立ちの混ざった声で訊かれ「リュックの中」と冷めた声で返す。「ゼッケンついてる?」と訊かれ、「いやこないだ付けたの着ていったじゃん。わざわざ外さないわっ」とムッとして返す。「いや、やりかねないと思って‥‥」とぼそっと言う。


ぬぁんだと?


不器用ながら夜なべして(大袈裟)チクチクひと針ひと針縫い付けてやったというのに。そもそも前日までにちゃんと必要なものを自分でリュックに入れておけと、毎回毎回言ってるだろうがぁぁぁ‥‥!!ゴオオォォォと背中に炎を起こしそうになるのを懸命に抑え、黙って門の外まで自転車を出して荷物を積んでやる。ここでバトっても時間を消費するだけ。息子と待ち合わせている友達のことも、これ以上待たせるわけにはいかない。
やっと慌て出した息子、「邪魔っ」と人を押しのけて自転車にまたがる。プチン。内側で湯を沸かせそうな怒りをなだめつつ「気をつけてね」と声がけをする。「へ〜い」と背中で答えた息子が角を曲がるまで見送る。


ふう。
玄関のドアをパタンと閉める。しん、とした静寂。よく耐えた、自分。
そして拳をぎゅっと握り締め、「む〜か〜つ〜く〜」と抑えた声でようやく怒りを放出。ぎゃーっと叫びたいほどの怒りだけど、そこはご近所さんをびっくりさせてはいけない。どうしてくれよう。
そこで編み出した、というか自然に生まれた怒り発散法。まず頭の中に、トトロほどの大きさの巨大猫を登場させる。そしてビョンと跳ねさせ、息子の背中の上にのしかからせる。その上で何度もどすんどすんと跳ねさせる。うつ伏せになった息子は「ぐえっ」と漫画のようにうめくことしかできない。「や、やめ‥て」と瀕死の声で呟き、手を伸ばす息子。しかし巨大猫は構わず重しになり続ける。息子、伸びる。
満足した私は巨大猫にさらなる命令を下す。“往復ビンタの刑”である。でもあのぷにっとした肉球で挟み撃ちにするものだから、イマイチお仕置き感に欠ける。むしろ、至福なのではないか? ぬるいと思った私は、巨大猫に高速で往復ビンタをさせる。あっという間に漫画のように目をくるくるとさせた、ふらふらの息子が出来上がった。
「どうだ、参ったか!」
とドヤ顔の私とバックで睨みを効かせる巨大猫。
「ま‥参りました。もうしません」
と許しを乞う息子。ふふん。満足。


こうして復讐を遂げた私は、軽くなった気持ちで途中になっていた、洗濯物を干す作業に戻る。イヤフォンを耳に突っ込んで、最近お気に入りのglobeの曲を聴きながら。昔はあまり良さがわからなかったけど、ヴォーカルのkeikoが心の叫びみたいに出す高音がなんだか気持ちいい。たまに口パクで思いっきり叫ぶように歌うマネをすると、スカッとする。
さくさく洗濯物を干していたけど、その過程で二度も洗濯ピンチをパキッと壊してしまった。あれ? まだ怒り、抜けきれてなかった(笑)?


午後、息子のチームが圧勝して上機嫌で帰宅した。私が階段を上っても下りても、砂まみれで真っ黒の靴下を履いたまま後をついてきて、興奮した声で試合の話をしてくる。暑苦しい男だ。
でも、赤ちゃんの後追いみたいだと思えば、可愛く思えないこともないか。



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