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うどん屋にて

「自分の子どもにつけたいって名前考えたことある?」

うどんを啜りながら俺は和人に尋ねた。

「んー、この名前いいなってのはあるけど、自分の息子、娘にこれをつけようって考えたことはない」
「そうか」

ズズッ ズズッ

「あ、でも相手が海外の人だったら、普通にそういう名前がいい。
ジョンソンとかボブとか。ザって感じの名前つけたい」
「ふーん」

俺はちょっと嫌だなと思いながら和人の返事を流す。
相手が海外の人だったら、考えたことなかったな。
自分の子どもがブロンド。
うん、悪くない。

ズズッ ズズッ

「かなとかいいかな」
「かなとかいいかな」
「うっせ」
「ははっ」

こいつは天然というか馬鹿というか
マジかって思うことを言ってくることがある。
今のは間違いなく素で言った。
いまどき誰も言いたくない、思い付いても言わない駄洒落みたいな台詞。

「かな…。うん、かわいい子のイメージある」
「出会ったことないわ」
「あ、本当?……ゆいとか。2文字いいなー2文字」

思わず箸が止まる。

「ゆいって俺の元カノの名前」

「うっちーの?」
「うん」
「うっちーから初めて元カノって言葉聞いた」

驚いたような少し嬉しそうな顔でうどんに戻る和人。
なんてことない体を装って俺もうどんを啜る。

ズズッ ズズッ

やっぱりさっきの発言は間違いだったかもしれない。

「ま、でも和人とちがって復縁することはないんで、ご心配なく」
「なんで別れたの?」

真っすぐな目で見つめてくる和人。
あぁ、こいつみたいに綺麗な顔してたらまだ付き合ってたのかな。
なんて。

「……覚えてないよ」
「え、だって2年前でしょ?」
「いや、3年前だよ。覚えてないって」
「俺、2年前でも全部覚えてるよ。なんで付き合って、なんで別れたとか」

ズズッ

やっぱり話したのは間違いだった。

「なんで付き合ったかなーって感じ」
努めて明るい声を出す。

「ふーん」
「遠距離だったし」
「遠距離ってどうやって知り合うの?」
「いや、習い事。習い事が一緒だっただけ」
「あぁ」

帰り路に食べる17アイスとか、
誰かに見られていないか気にして手を繋いだとか、
スマホを風呂場にも持って行くようになったとか、
それだけ。それだけ。

ズズッ ズズッ

「もう連絡してないの?」
「2年?いや、高1の夏にちょっと喋って終わり。だからもうなし」
「いやいや、それがまだこっからあるかも」

「向こう彼氏いるし」

逃げるようにうどんを啜る。

あぁ、くそ。
全然吹っ切れてねーじゃん。

好きじゃない。
好きじゃない。

好きじゃないはずなんだよ。

たまに、今ならダッツ奢ってやれるのにとか
考えちゃうだけ。
もう好きではないんだ。

だから、お前がそんな顔すんなよ。

「あのさ…」
「お前もう食べ終わったの?はやくね?」

居たたまれなくて、別のテーブルで食べていた智樹に声をかける。

「お前ら遅くね?」
「味わってる。並盛?」
「や、大盛」
「はえーな」
「お前らが遅せーんだよ」

「俺ら真剣に食べてるから。うどんへの礼儀だろ」

和人の謎の援護が入る。
うどんへの礼儀ってなんだよ。

「うどんへの礼儀ってなんだよ」

言い残して食器を片付け去る智樹。

「はやく食べるもんなんだから礼儀とか無くね?」
「あるとしたら、そばとか?」
「あー。そばはこだわる人こだわるよな」
「でも俺はうどんに礼儀を尽くす」

喋りながら食ってたやつがよく言うよ。

ズズッ ズズッ

「なー。食い終わったらアイス食わね?」
「アイス?」
「そ。奢ってやるよ」
「いいねぇ~。よくわかんなけどラッキー」

天然というか馬鹿というか。
でも純粋で優しいこいつに救われる日もある。

「うっちー優しいから、またすぐ彼女できるよ」
「…ダッツで」
「っしゃ!」

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