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SS『引き継いだ翼』

有栖さんは、とても小柄で華奢な女の子で、大きな瞳がいつもキラキラ光る笑顔が素敵で、心の綺麗さが透けて見えるように美しく、しかも頭が良く控えめで、まったく、非の打ち所の無い人だった。いや、こんなに完璧な人が普通にいるわけはないし、まして、自分の一番の友達だなんて、信じられないことだった。実際、やはり僕らと同じでないことは、ようやく最近わかったのだけれど。

好きなものは恐竜と椅子だって、みんなの前で公言していた。どっちも形が魅力的なんだと、夢見るような表情で少し赤くなりながら熱弁していた。恐竜には会いたいとまで言っていた。彼女なんて小さいから一瞬で踏まれてしまいそうだと、その情景が思い浮かんで仕方がなかったけれども、何も恐れていないような、むしろ間近に佇んで意気揚々と恐竜に話しかける彼女を眼前に見るようで、黙って聞くしかなかった。

嫌いなものはスポンジケーキとバナナだって、珍しい。僕の周りの大抵の子どもはショートケーキやバナナは大好きなのに、チョコはどうなんだろうと頭がグルグルしていた。理由は、両方とも口の中がいっぱいになって食べられないからだと言っていた。確かに彼女の小さな口には、噛めば噛むほど膨らんでいくようなものは、細い喉が詰まりそうで、無理なのかも知れないと感じた。

しかし、いちいち発言が風変わりで気になった。見かけとは随分違うし、女の子らしからぬ好みだと思った。身体が小さいから、枕は高くしないと眠れないらしく、なんなら背中や肩下からいくつもの枕を積み上げて、上体をかなり起こしたようにしなければ寝られないと言っていた。まさに、おとぎ話に出て来るお姫様のようだ、賢く老成した万年少女を思わせる姿形そのままの風貌と言えた。

星や水の場所つまり龍の通り道に詳しかった。おじいちゃんが宮大工だったそうで、中国に伝わる天を司る四神獣の木彫りが施された輪っかのようなものが昔から家にあり、赤ちゃんの頃からクルクルと動かして遊んでいたのだという。方角を守る東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武はそれぞれ精巧に出来ていて、彼女にはとてもそれらが可愛いかったと、こぼれるような微笑みを浮かべながら話してくれた。

僕はそんな玩具を見たことも無かったけれど、お寺のお坊さんがポクポク叩いていた木魚が連想され、一つ一つがあのように角がなく滑らかに磨きあげられツルツル丸い感じなのかなと想像した。実際、鎌倉のお寺のお坊さんとも家族ぐるみで親しいらしく、美味しい和菓子をいつもいただけるから、それを楽しみにおばあちゃんに連れられてお茶のお稽古を続けているのだと言っていた。

僕は何もわからないなりにも、彼女とはきっと住む世界が違うのだろうと感じていた。彼女は高貴だから気さくに僕と仲良くしてくれていたけれども、いつまでも続くものではなかったんだね。でもこんなに早く僕の側からいなくなるとは、正直思っていなかったんだ。やっぱり、何処かで油断していたのかな。もっと、大きくなるまで友だちでいられると思っていたのに。

突然、彼女はいなくなった。最初は、実家のお父さんの具合が悪いとかで、その後お母さんも悪いらしく、それから飼っていた猫まで、その看病につきっきりで、学校を休みがちになって、とうとう来れなくなっちゃって。前触れもなく、あっけなく僕の前から消えて行った彼女。最終的に彼女自身も具合が悪くなったと何処からともなく聞こえて来たから、はじめは連絡を入れたり、食べ物なんかを妹と暮らしていると聞いていたアパートの玄関ポストまで届けたりしてみたけれど。

少し時が経って、前より大人に近づいて、ふと不思議に思ったんだ。僕は親友だと思っていたんだけど、違ったのかなって、自分の方ばかりいいように考えてて、勘違いしてたのかなって、いつもニコニコしてたから、自分と同じように思ってくれてるのかと信じていたけど、もしかしたら僕のことを嫌いで避けてたのかなって。だって、ある友だちから聞いたんだ、まったく知らない彼女の話を。

彼女には大好きな彼氏がいて、実はその彼がなんと不治の病でその看病のために学校へは来れなくなったんだと。へ〜っと、それは本当の話だろうかと耳を疑った。彼女はまっすぐな性質で嘘をついたことなどなかったから、ただ僕は図々しく根掘り葉掘り聞いたことはなかったし、他に親しい友だちや彼がいるかどうかなんて確認はしなかった。ただ、なんと身体の不調な人が周りに多いんだろうって。

彼女にまつわる僕の知らない話の方が嘘なのではないか、彼女にその子の方が嘘をつかれてるのではないか、まさか自分に嘘をついてるなんてとても思えなかった。というか、僕が何も聞かなかったから彼女は応えなかっただけで、彼女は大抵あまり余計なことは喋らなかったから、話す内容もその子たちが交わすものと、僕らの会話とはそもそもまるで違っていたかも知れない。

けれど、あまりにその他の子たちが彼女について語ることの印象が普通過ぎてがっかりした。彼女が普通ではないから好きだったのに、いや、その子たちが普通だから、きっと彼女は優しいから普通を装って彼らに合わせてあげていたんだと思い直してみた。でも、彼女が消えて、長く音信不通になると自分の方が間違ってたのかと徐々に不安になって来た。嫌われていたのは自分の方で、僕を避けるためにいなくなったのかって。

何故ってそれは、しばらくしてから、彼女は少し具合が良くなったらしいと噂が流れて来て、彼らの方が直接連絡を取れているようだったから。やはり、僕は避けられていて、僕に対する彼女の方が嘘の姿だったのかとショックだった。もし、本当に親友で一番仲のいい友達だったのなら、少し元気になれば最初に僕に連絡が来るはずだったから。

おそらく、彼らの方だって、彼女から連絡を受けたのではなく、彼らの中の誰かが先に連絡を入れたことは明らかだったけれど。僕はもともと自分から連絡するようなタイプではなかった。迷惑かも知れないし、用事があれば向こうから動くだろうし、何も音沙汰なければ、やはり、その程度の仲なんだろうし。仲良くしてくれてはいたけど、親友じゃなかったんだ。と僕は落胆した。

僕の天使だとばかり思っていた。思い込んでいた。人の悩みや寂しさや辛さが語らなくても、手に取るようにわかる人だった。強く優しく人の不幸を笑顔で請け負うから、身体にこたえるんだろうなと、会えなくなってから気づいた。まだ、側に居た時、僕に彼女は真顔でこう白状していた。「生まれる前に、一生懸命お願いして、お願いして人間にしてもらったんです。」と。

その顔にも言葉にも一切の嘘は見えなかった。今でも本当のことだと信じている。彼女は僕に不思議な力、見える力があるのだと言っていた。自分だけでなく、妹も、なんなら母親の方がその力は強いらしく、おそらく、父親も祖父母も同じ属性なのだろう。実家は山奥で電波さえ途切れがちだと笑っていた。僕は悲しかった、彼女に彼氏がいたからではなく、そんなことはどうでもよくて、自分が僕が見限られたということが。

僕は自分が彼女の親友として、友達としての価値が無かったということがショックだった。別にまだ子どもだったし、彼氏になりたいと思っていたわけでもなかったし、自分にとっては彼女彼氏というような関係よりも友達の方が人として格上の関係性に思えていたから。だから、突然に断ち切られた関係性がより残念だった。

彼女と連絡を取り、僕よりも自分たちの方が親しいことをほのめかしたり、わざと僕に聞こえるように彼氏の存在を伝えたりして来た下品な人間が僕は大嫌いだった。全くくだらない、彼らが彼女の何を知っているというのだろう。何も知りはしない。彼女は周りの不幸をあの小さな一身に引き受けて闘ってボロボロになっていたのだろう。彼氏を救えたのだろうか。

一族は皆、この地球に、そして、ここ日本に仮の人の姿として、人間を救うために使命をおびて舞い降り、かりそめの家族となったのだろうかと。何故、いっ時だとしても僕に接触したのだろう。僕は彼女が離れた時からずっと自問自答し続けている。何故、自分に現れて、そして、何故、消えたのか。自分の何処に落ち度があったのか。彼女は何か僕に伝えるためにやって来たのか。

自ら動き出せということなのか?今の自分に甘んじずに、不安になれと。待ってばかりでなく、サインを出せと。彼女ですら、平身低頭お願いしてお願いして、わざわざ人間界に降りて来て、病んでまで人間や動物を救おうとしているのに、自分はただ周りを下等だ馬鹿だと見下しているだけで、いったい何をしているんだと、そう、彼女は教えに来たのだろうか。

実は「石にかじりついても生きて下さい。」と彼女に言われたことがある。当時、僕はその言葉にピンと来てはいなかったけれど、今に、お願いしてお願いしてこの世界に飛び降りる、僕の番が来るということだろう。すべて僕のために、本当の僕を生きるために、独り殻に閉じ込もるのでもなく、翼のある彼女に支え続けられるのでもなく、強くやるべき事を成すために再生しろと。

見えて来た、
島だ。
僕はひとり舞い降りる。
まるで、フォートナイトの始まりのように、
自分で立つ位置をしっかりと
この目で見定めながら。

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