Naked Desire〜姫君たちの野望

第9回 心の壁-3

「髪の毛が濡れたままじゃないか。またバスタブで寝ていただろう?」
「うん、キモチよくなってついウトウト……」
私は、バスタブの中でうつらうつらすることがよくある。
だから今日も彼女には、今回もバスタブでうつらうつらしていたしていたと思ってもらいたかった。
ところが、この時のキャサリンは違った。
「フーン。それにしては、さっきの反応は尋常じゃないが……」
今朝の私の態度から、第六感が働いたのだろう。
「そ、そ、そんなことないよ。ドアを開けたらキャサリンがいたから、ビックリしただけだよ」
「私は、マリナの準備がすんだころを見計らって、お前の部屋に行っただけだ。いつものことだろう」
「はははは、そうだよ、ねえ……」
私は、なんとかその場を取り繕うとするが、キャサリンの視線はきついままだ。
「今朝、なんかあっただろ?」
私の顔をまっすぐ見据え、やや強い口調で誰何するキャサリン。
「ううん、何もおこってないってば」
私は必死になって否定するが、キャサリンは納得しない。
こういうときのキャサリンはしつこく私に食い下がり、簡単に引き下がってくれない。
二人の間で、いいや嘘だ、何もないと押し問答が何度も繰り返された。
ついにキャサリンは、じれたような口調で、私を問い詰める。
「マリナ、私とお前は古い付き合いだ。お前のいう『なんでもない』というセリフは『何かありました』というのと同じ意味だが、違うか?」
私が本当のことを言わないから、彼女はイライラしているんだ。
眉間にしわを寄せ、眼を細くして私を睨む。
彼女がこんな表情をするのは
「私は納得していないから、洗いざらい白状しなさい」
と思っている証拠だ。
キャサリンは、私が本当のことを言うまで、一歩も動かないつもりのようだ。
私は深呼吸をすると、さきほどバスルームで我が身に起こったことを彼女に話した。
「マリナ、お前夕べは何時頃寝た?」
「日付が変わる前には寝入っていたわよ」
「へーえ。それまでたっぷり楽しんでいたんだ」
彼女は、苦笑しながら返事をした。
「あなただって、しょっちゅうしているじゃない」
私も、負けじと言い返す。
「まあな……私も人のこと言えないけどな」
顔を赤らめ、右手人差し指でポリポリとほほを触りながら、キャサリンは独りごちる。
「この屋敷の女性住人は、異性関係が激しい人間ばかりだからなあ」
「この屋敷だけじゃなくて、私たちが所属している階層全体がそうなんでしょうが」
自分だけ非難されるのはたまらない、という感情をこめて、私も呟く。
「目が覚めたのは?」
「目覚ましが鳴ったのは、6時45分過ぎだった」
「睡眠時間は約7時間か……睡眠不足というわけではなさそうだな」
「といってもさ、ここ最近は公務とそのレポートやらで忙しくて、4~5時間くらいしか寝られないこともあったからね。その疲れが残っているのかも」
「レポートかあ……私も、提出しなければならない書類が残っているんだよなあ……」
しょっぱい表情で、キャサリンがこぼす。
「隊にいれば訓練が待っているし、ここにいれば諸々の折衝が山積みで……」
「ごめんね、私が面倒な姫君で……」
私が声をかけると
「自分を『面倒な姫君』だと自覚しているのならば、もうちょっと考えてほしいよ、いろいろと……」
ムスッとした表情で、キャサリンが返す。
「『聞き分けのいい姫君の担当だったらよかった』と内心思っていない?」
私が疑問を呈すると、キャサリンはゆっくりとかぶりを振った。
「そんなことないよ。マリナ付きの武官を希望したのは私だ。他の姫君だったら、余計にストレスがたまっていたかもな。それよりも……」
キャサリンは、険しい表情を私に向けた。
「頭がボーッとしてるって、さっきいったよな。今はどうだ?」
「ああ、おかげさまで眠気はすっ飛んだんだけどね……」
「信じられないな……」
「眠気がなくなったことが?」
「オルガならともかく、寝覚めのいいお前が、起床後30分以上も『頭がボーッとしている』なんて信じられない」
語気鋭く、キャサリンが言い放つ。
「私が、バスルームでウトウトしているのはいつものことじゃん。それにオルガは、いつも宵っ張りだからね」
彼女が宵っ張りなのは、朝早くから夜遅くまで、学校の中にいるからだ。
管理栄養士の資格を目指している彼女は、ほぼ毎日午前様ギリギリで帰宅し、朝も朝食もそこそこに屋敷を出る。そのため、朝はいつも機嫌が悪い。
だから今日みたいに、私を起こしにやってくるのは珍しいのだ。
「そうだ、今朝オルガがさ、私のことを起こしに来たんだよ。彼女、朝はいつも機嫌悪いのに珍しいよね」
彼女が、オルガの名前を出すのはめったにない。
だから、私はこの話題を続けたかったのだが……。

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