Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−24

「お姉様に、どうしても見てもらいたいものがあります」
義妹はそう言いながら、黒色のクラッチバッグから、一冊のファイルを取り出し、それを私の前に差し出した。
彼女のいわれるまま、アタシはそのファイルに視線を向ける。
「ま、立ち話も何だからさ、座って話そ」と言いながら、アタシは彼女に、執務室のソファに座るよう促す。「コーヒーでいいよね?」
「はい、お姉様と同じもので」エミリアは返事しながらファイルをテーブルの上に置き、ソファに座った。
アタシは淹れ立てのキリマンジャロと砂糖壺、ミルクポッドをトレーに入れ、義妹の前に差し出す。
「ささ、召し上がれ」といいながら、アタシもソファに腰掛ける。
「いただきます」といいながら、彼女は砂糖とミルクをコーヒーカップの中に入れ、ゆっくりとかき回す。カップの取っ手をつまむと、ゆっくりと一口飲んだ。
「お気に召したかな?」と私が問いかけると、義妹は「はい」とこたえ、ようやく顔をほころばせた。
「あのう……お姉様?」エミリアはコーヒーを飲むと、おずおずとあたしに尋ねた。
「なにかな?」
「両陛下から、今晩の非公式晩餐会に招待する人物について、何か聞いていますか?」
「ううん」と、あたしは首を横に振った。「何も聞いてないけど……」
「そうですか……」妹は、力なく言葉を返す。
「今日持ってきたファイルって、その人物に関すること?」とアタシは尋ねた。
「はい、お姉様。この場合正しくは『人物』と言うより『一族』に関する資料ですが」
エミリアはそう言いながら、恭しくファイルを私に差し出す。
「それでは」といいながら、私はファイルをめくった。
そのファイルには、我が国の食糧事業を牛耳るグローバル企業・レーベンスミッテルゲシェフト・ゲゼルシャフトHD最高経営責任者(CEO)マックス・エルヴィン・バルツァーと、その長男アントン・リヒャルト、次男ヴィルヘルム・カールに関する個人情報が、こと細かく記載されていた。
「ふーん……」私は、ファイルにまとめられた彼らの経歴を、細かくチェックした。
「息子2人、とりあえず大学は出ているのね……」
「そのようですね。アメリカの大学ですが……」妹も、彼らの経歴を食い入るように読む。
「聞いたことがない大学ね。それにコミュニティ・カレッジから編入ってなに?」
「ああ、それはですね」と義妹は咳払いをした。
彼女によれば、現地のコミュニティ・カレッジには、こちらで言うところの「教養講座」に毛が生えた程度の学校と、4年制大学編入を目指す学校があるそうだ。前者と後者では学力レベルが大きく、ほぼ別の学校と認識されている。
「2人とも、コミュニティ・カレッジを経て4年制の大学を卒業しています。本当は有名大学への入学したかったが、入試に失敗したのかも知れませんね」
「べつに国内の大学でもいいじゃん?」
「親としては、グランゼコールに行ってもらいたかったが、受かる確率が低かったのでは。国内の一般大学ではみっともないからという理由で、海外の大学に留学させたのかも」
「フン」私は思わず言った。「グランゼコールに裏口入学した貴族や上流階級のどら息子やバカ娘なんて、山ほどいるでしょうに」
国家のエリート養成校であるグランゼコールに入学するには、猛烈に勉強しなければならない、というのは建前に過ぎない。親が裏金をはずんだので入学できた貴族や上流階級の人間も多いため、彼らは世間から「コネゼコール」の学生だと見下されている。
「高校は、一般的な公立学校のようです」
「大企業経営者の子弟だったら、普通はボーディングスクールに通うんだけどね」
ボーディングスクールとは、王族や貴族、上流階層市民の子弟を対象にした寄宿学校だ。もちろん私たちも、ボーディングスクール出身だ。私たちの学校が普通のボーディングスクールと違うのは、庶民の子も通っているということだ。
「なにか、問題でも起こしたのかな?」親の教育方針だとは、とても考えられない。大企業経営者は、例外なく子弟をボーディングスクールに入れたがるからだ。その狙いは、ここではあえて言うまい。
「その事情は、帝国情報局に探ってもらっています」エミリアはそう返事すると、コーヒーを一口二口飲み込んだ。「ああ、おいしい」
「彼らの狙いは何だろうね?」アタシは、エミリアに問うた。
「貴族の称号を狙っているって聞きましたが」
「プッ」という擬音が、私の口から漏れる。「ご冗談でしょ?」
「いえいえ」義妹は、ゆっくりと頭を左右に振った。「あの当主は、本気で貴族社会入りを狙っているようですわ」
「バッカじゃないの?」アタシは、思わず大声を出した。
「お姉様、声が大きゅうございますわ」エミリアが、たしなめる口調でアタシに声をかける。「誰かに聞かれたらどうするのですか?」

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