Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁-18

極めて事務的な口調で話しかけるヴォルテーヌ警部に対し、ラッシャーは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「殿下には、どんな質問をしたのですか」
「それは、あなたが知る必要はありません」
「私は忙しい」
「私だって忙しいのです。ですが、これが私の仕事なのでね。ラッシャー総店長、是非事情聴取にご協力願いたい」警部は、慇懃な口調でラッシャーに声をかける。
「イヤだ、といったら?」
「どうしてもイヤだ、というのなら、無理にとは言いません。しかし今後のことを考えれば、我々に協力した方が得策だと思いませんかな?」
警部は穏やかな口調でラッシャーに話しかけるが、それは「捜査に非協力的な態度をとるのならば、今後どうなっても知りませんよ」という感情がこもっていた。
「どのくらいかかります?」
「それはラッシャーさん次第です」
これ以上抵抗してもムダだと観念したのだろう。ラッシャーは「フーッ」とため息をつくと、「それじゃ、事務所でお願いします」と返答した。
事務所は4階にあり、アルバイトはここで休憩をしたり着替えたりする。店のスペースに比べて、従業員のために用意された空間は、さほど広くない。もっとも、建物自体は他の店舗に比べて大きいので、着替えや休憩に必要なスペースは、十分に確保されている。
「警部、それでは私たちはこれで」
私たち3人がヴォルティーヌ警部に会釈をすると、彼も軽くお辞儀をした。
「殿下たちこそ、我々に協力してくださり感謝しております」
「それでは警部、ごきげんよう」
私は警部に声をかけると、やや早足で階段を下りた。
「ああ……疲れた。まだ働く前なのに」私が愚痴ると
「マリナが余計なことをするからよ」と、フリーダが突っかかる。
「私は、皇族としての義務を果たしたまでよ」
「だからといって、暴漢の頭を踏みつけていいということにはならないって」
「そうだ。いくら何でもあれはやり過ぎだ」と、キャサリンもフリーダの肩を持つ。
「踏みつけたければ、肩か足にしておけ。犯人が留置場で倒れて、その原因が頭を踏みつけたことだとわかれば大ごとだぞ」
「わかったわよ。以後気をつけるから」と、私は返事をした。
3人が階段を下りきり、出口に向かおうとしたその瞬間──
「やっぱり、騒ぎの原因はお前らか、エルヴィラ」背後から、不機嫌そうに口を開いた人物がいる。私はちょこっとだけ後ろを振り向いたが、あえて無視して、なおも出口に向かおうとするが。
「待てよ、店の業務を妨害しておいて、店員に謝らないのか。さっすが、皇女様の考えていることは、俺らパンピーには理解不能だ」と絡んでくる声が聞こえる。
「我が主人の態度に、たいそうご不満をお持ちなのはわかりますが」キャサリンの言い回しは丁寧だが、その口調は「その言い方は、いくら何でも失礼だろう」という感情が、たっぷりと含まれていた。
「失礼を承知で申し上げますが、今回の騒動が大きくなったのは総店長の対応にも、原因があると、捜査関係者は思っているようですよ」
「うちの総店長がどんな対応をしようが、そんなのこっちの知ったこっちゃない」
こんな突っかかるような言い方をする人間を、私は一人しか知らない。発言主の方に視線を動かしたら……案の定、だった。
「ちょっとアンタ、今の発言は不穏当かつ無礼極まりない。取り消してもらおう!」
声の主に対するキャサリンの口調は、怒りで震えていた。
クラウス・ヴァイザー。先ほどから、私に侮蔑の言葉を投げつけている人物の名前だ。グラーツ近郊在住の、この店のアルバイトの一人だ。そして彼は、2年間一緒に働いた私とフリーダの元同僚でもある。
「クラウス。あなたが私にいらだちをぶつける気持ちもわからなくはない。だが私は、捜査関係者から、あなたは被害者だと判明したから、もう帰ってよいといわれた。それだけのことだ」なだめる口調で、私はいった。しかし、クラウスは納得できなかったらしい。
「フン、どうせ形だけの取り調べなんだろうよ? 捜査当局が、皇族に忖度したんじゃねぇか?」
「忖度だと?」キャサリンの眉が、ヒクヒクと動いた。顔色は真っ赤を通り過ぎて、もはや真っ青に近い。彼女がここまで怒気をはらむ表情を見せるのは、最近ではなかった。
「クラウス、いい加減にしてよ」と、フリーダが私たちとクラウスの間に割って入る。
「確かに、エルヴィラは騒動の発端を作ったかも知れない。でもそもそもの原因は、犯人が店内禁煙のルールを破ってタバコに火をつけ、クルーの警告に従わず、あげく乱暴狼藉を働こうとした。エルヴィラは、それを阻止したに過ぎない」
「あーはいはいそうですかわかりましたよ。普通に押さえつければいいのに、わざわざ自分の威光を振りかざすようなことをやったんすね。さっすが、直系皇族はやることが違うわ」

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