Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁-17

2人の口論は、終わる気配がない。私が周囲を見ると、いらだちの視線を向けているのはキャサリンだけではない。捜査関係者も、それは同様だった。何人かが、ラッシャーとフリーダを見ながら、なにごとかひそひそ話をしている。どんな内容なのかは、おおよそ見当がつく。総店長が口論しているから、仕事がはかどらないのだ。
「あのう、ちょっとよろしいでしょうか?」
私とキャサリンに、一人の警察官が声をかけた。がっしりとした体格を高そうなスーツで包み、意志の強そうな視線が醸し出す雰囲気から、この人物が捜査責任者である事はすぐにわかった。
「はい。かまいません」私は即座に返事をした。
「お初にお目にかかります。私は、グラーツ自治管区警察本部捜査一課第一捜査係警部ブリュノ・オリヴィエ・ヴォルティーヌと申します。以後お見知りおきを」
ヴォルティーヌ警部は誠実そうな口調で自己紹介をすると、私たちに対して深々とお辞儀をした。
「グラーツ大公国第一皇女、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン・フォン・ゾンネンアウフガング=ホッフンヌングと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ヘッセン大公国第二公女、エルヴィラ皇女殿下の近衛武官をしております、神聖プレアガーツ=ホッフンヌング連邦帝国近衛隊中尉キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント・フォン・ヘッセン=ヒュッテンブレンナーであります。よろしくお願いいたします」
キビキビした言葉遣いで挨拶をし、同時に相手に最敬礼をするキャサリンを見て、やっぱり彼女は軍人なのだなと、私は思った。
「皇女殿下であるにもかかわらず、私めみたいな人間に最敬礼して頂けるとは、光栄であります」私たちに答礼するヴォルティーヌ警部の顔は、興奮のせいか赤かった。
「お楽になさってくださいな。いまここでは、警部が上の立場ですから」
私がそう言うと、警部は「そうですか」と前置きし、私にいくつか質問をした。
「なるほど。そういうことでしたか」警部は2、3度頷きながらいった。
「そうしましたら、エルヴィラ殿下は被害者ということですね」
「ええ……でも、あとで彼女からこっぴどく怒られるかも知れません」私は、キャサリンに視線を向けながら答えた。
「ですが、犯人は殿下に殴りかかってきたんですよね? だったら、お付きの方に怒られるほどのことではないと、私は思いますよ」と、警部はさりげなくフォローしてくれた。キャサリンは微動だにこそしないが、その顔には不満げな表情が浮かんでいた。
「それと、殿下が被害者だということは、部下たちからの報告を受けております」
ですから、私がこれ以上殿下に聴きたいことはありませんから、もうお帰りになって結構ですと、ヴォルテーヌ警部はいった。
「そうですか、それではお言葉に甘えまして……じゃあ、とりあえずここを出ましょうか、ヒュッテンブレンナー中尉」
「了解しました、殿下」
「失礼します」と警部に会釈をして、客席を出ようとした瞬間だった。
「ちょ、ちょっと待て! おいエルヴィラ、なに勝手に帰ろうとしてんだ! まだこっちは用が済んでないぞ!!」
ラッシャー総店長が、私たちを大声で怒鳴りつけた。
「その発言は殿下に対してあまりに無礼であろう! 殿下付きの近衛武官として、貴殿に謝罪を要求する!」キャサリンが、ラッシャーに負けないくらいの大声で怒鳴り返す。
「なにを! この店の責任者は私だ!」とラッシャーが怒鳴り散らすと
「殿下は店員じゃない!」と、キャサリンもヒステリックに言い返す。
「もうやめて! さっさとここを出よう」と私がキャサリンに声をかける。
「そうよマリナ! こんな人間の相手なんかしてられない! 出よ出よ、こんな店!」
私が声のする方向に視線をやると、怒り心頭という表情のフリーダがいた。
「あああああ! 朝っぱらからやってられないわ! 怒りで頭がどうにかなりそう!」
「それはこっちのセリフだポボルスキー! 殿下のおかげで、私もどうにかなりそうだ!」
目を見開いて怒鳴り返したラッシャーだが
「お取り込み中申し訳ありませんが」と、ヴォルテーヌ警部が2人の間に割って入った。
「どちら様ですかな?」というラッシャーに、警部は簡単に自己紹介をした。
「ひっ!」ラッシャーの顔が引きつる。何かにつけて「ゲルマンの優越性」を説く彼にとって、明らかにフランス系の子孫であろう彼の名前は、汚らわしい以外の何ものでもない。
「あなたは、この店の総店長をされているとか。申し訳ありませんが、聞きたいことがありますので、お時間はよろしいでしょうか?」という警部の問いかけに対し
「だったら、エルヴィラ殿下の聴取が先でありませんか?」と、ラッシャーは言い返す。
「あの、殿下の聴取はすでに終わりました。ですから、今度は総店長にお尋ねしたい」

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