私が死んだら、泣いてくれる?

俺の恋人は、犬みたいな人だ。 

いつも困ったような顔で俺を見つめる。

わからないことがあると首を傾げたり、寂しいことがあるとすぐ抱きついてくる。

そんな彼女は時々どこか遠くを見ていてどこかへ行ってしまいそうで、寂しそうで、俺はその瞬間がたまらなく苦手だった。



出会いは仕事先。
時々店に顔を出す俺に、怖がらず接してくる彼女に日に日に惹かれて気づけば四六時中彼女のことを考えるようになった。

食事に誘うと喜んでついて来てくれて、俺から告白して付き合った。

毎日楽しくて幸せで、今は一緒に暮らしているけど、時々、またどこか遠くを見ていて俺はその度に不安で彼女を強く抱きしめていた。そうすると彼女は嬉しそうに笑うんだ。


ある夜、となりで寝ている彼女を眺めていたら悪い夢を見ているのか息を荒くしながら今にも泣き出しそうな声を上げた。
「嫌…行かないで…」

何度も途切れそうに俺を呼ぶ彼女の手を強く握ると、目が覚めたのか俺の顔を見つめるやいなや何度もキスをして強く抱きついて来た。
抱きしめ返して頭を撫でているとまた、眠りについていた。

どんな夢を見ていたのかは分からないけどもしかしたら過去に辛い経験をして来たのかもしれない。
昔職場で彼女に会った時、「近頃は自殺のニュースが多いですね」なんて話を持ちかけると「羨ましいな、みんな。私も死んだら泣いてくれる人はいるかな」って言ってた。
"自分が死んだら泣いてくれる人を探している"って言っていたけど、当時は彼女のいう言葉の意味がよく分からなかったから笑って誤魔化していた。

でも、夢で泣いている彼女を見た時俺は、この子を一生離さないでいようと思った。なんだか、離してはいけないって思ったんだ。

起きた彼女に、どんな夢を見ていたのか聞くと「忘れちゃった」ってヘラヘラしてた。そんなところも愛おしいんだけどね。

月日は2ヶ月ほど経過し、関係にさほど変化はなく俺が彼女にベタ惚れな日々を過ごしていた。

その日はいつもより帰りが遅く、職場で残った仕事を片付けていると、頭の片隅で俺を呼ぶ声がした。一度だけ、大好きって。

幻聴かと思ったけど、なんだか無性に彼女に連絡したくなって「今日は何たべてるの?」ってラインした。
返事はなかった。

もう22時を回っていたし寝ているのかなって思ってた。

そうしたらその1時間後、彼女から電話が入った。
「失礼致します。〇〇警察署の〜ですが、〇〇様のお電話番号でお間違いありませんか?」って。

「はい?警察?これ〇〇の携帯ですよね?どういうことでしょうか?彼女何かしたんですか?」
「まずお聞きしたいことがあります。〇〇様は〇〇様と恋人関係ということでお間違いないでしょうか?」
「はい、間違いないです。彼女、何をしたんですか?そこにいるなら変わっていただけますか?」
「落ち着いて聞いてください。〇〇様は××ビル⚪︎⚪︎階より先ほど飛×⚪︎り△↓をされました。彼女の所持していた携帯が奇跡的に作動しており、ロックもかかっていなかったため、恋人関係にあるだろうと推測された〇〇様へお電話させていただきました。」

電話口から聞こえる男性の声が何を言っているのか理解できなくて、俺はカバンを持ってすぐ自宅へと走った。

彼女が△↓した?どうして?今日だってあんなに笑顔で俺を送り出してくれたのに。ご飯は食べた?冷蔵庫に何もなかったりしなかったかな?
そんなことを考えながら走った。

自宅付近、ブルーシートが張られ、人が集っている。
「すみません!通してください!」
人の波を掻き分けて通るとそこには何もなく、たむろしている警察に事情を説明しろと問うと彼女はもう病院に搬送されているとのことだった。

教えてもらった病院に着いて、受付で身分を証明し案内された部屋に彼女はいた。

見るのは嫌だった。
でも、布をめくった。
彼女は見るに耐えない姿で僕の目の前にいた。

血が固まった顔を優しく撫でる。
「怖かったよな、ごめんな、遅くなって。ごはんは食べたのか?ごめんな、俺が作れなくて。」
優しく、優しく撫でた。

ポタリ
涙が俺の頬を伝う。
胸がたまらなく苦しくて彼女の胸に突っ伏して手を握った。

カサリ
彼女の手に何かが入っていた。
硬直した指を一本ずつあたためながら広げる。
それは、一通の手紙だった。

「〇〇くんへ
今日もお仕事お疲れ様。いつも頑張っててすごく偉いね。
〇〇くんと出会って、毎日楽しくて幸せでこんなに幸せでいいのかなぁって時々少し怖かった。
この幸せがずっと続けばいいのになぁって、そう考えると、怖かった。喧嘩も言い合いもしたくなくて、ずっと幸せなままが良かったの。
ごめんね、わがままで、ごめんね、大好きだよ」



彼女はこの手紙を握りしめたまま降りた。
俺に、この手紙を届けようって。
涙が出た。なんでなんだって苦しくて、でもこれが彼女の精一杯の愛だったんだって。
彼女の前でたくさんの涙を流した。
ねえ、帰りが遅くなったから寂しかったの?何かあったらすぐにでも言ってよ。
でもさ、ねぇ。間違ってなかったんだよね。君は幸せだったから降りたんだよね、幸せなままでいるために。

なら、俺が君の願望の最初の人になれて良かった。君が笑ってくれるなら、俺はいくらでも泣くよ。君のために。


フッと顔を上げると、彼女が一瞬笑ったような気がした。





 

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