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vol.3 猫目石

大型百貨店に進出した初めての展示会。

これまでやって来た系列の一番店の百貨店で、どうしても欲しかった仕事だ。
そこで単独でやれることが決まった。
その店から定期的にオファーをもらえるよう実績を作りたかった私達は、鼻息荒く売り場に立っていた。
会社もかなり力が入っており、その時は、副社長も一緒に売り場に入った。
持てる力を全て出し尽くすつもりで懸命に接客に挑んだ。
お昼もだいぶ過ぎ、売上もそこそこ上がり7割くらいの数字が見えて来た頃だった。持ち手は錆びつき、座る部分の布は変色して染みだらけのシルバーカーを押しながら、老女が歩いて来た。
そして、ケースの前で立ち止まると中を覗き込んだ。通常ならばお客様に勢いよく声をかけるところだか、そのお客様の容姿を見て私の動きは止まった。
その方は、毛玉だらけで網目もよく見えないような毛糸の帽子を被り、上着は量販店でよく見かける作業服のようなベージュのジャンパーを着ていた。手首のゴムが入っている部分は真っ黒になって、もはやベージュとも思えない。
私は顔を見ようしたが、背中が曲がっており顔が見えない。少し離れたまま、膝を曲げ屈み込んだ。
が、燻んだ色をしたマスクをしていて結局、顔は見えなかった。
どんな場合でも声をかけてみないことにはお客様が宝石に興味があるのか、全く商売にならない方なのか判断がつく訳がない。頭では分かっているのに私の身体はその場から離れようとせず、口はピクリとも動かなかった。
そして、もう一度お客様の容貌を確認した後、

ん…   さすがにないよね…

と目を逸らし、気がつかないふりをした。しかし、その方は中々立ち去らない。
遠くから気配だけ感じていた私は、声をかけないのもどうかと思い、トイレに行く振りをしてその場から離れた。
5分ほどして売り場に戻ると、その方はまだそこにいた。

しかも、副社長が接客している…

えぇ⁇  まじですか…


見ると、ケースの中の商品では無く、金庫からルース(石)を持ち出して見せていた。後ろを通る振りをして手元を覗き込むと、そのルースは、キャッツアイだった。
笑い声も聞こえつつ、副社長はお客様と話している。
途中、お客様がマスクを外した。
その時、前歯の横の歯が抜け落ちているのが見えた。

やっぱり、無理じゃない?

私は、少し眉間に皺を寄せてそっぽを向いたが、聞き耳だけは立てていた。
いつもなら、ある程度の時間が経つと締結の為に電卓を持ち出す副社長だか、その気配さえ見えない。
小一時間、お客様との会話が続き、その方はやっとその場を立ち去った。
その間、私は調査員のようにずっと聞き耳を立てていたのだろう。人の接客にも関わらず、鮮明に覚えているのだから…
見送る副社長の背中越しに、私もその方の背中を見ていた。
マスクで表情は見えなかったが、帰る姿が心なしか背筋が伸び、シルバーカーを押す足取りは軽く、喜びが身体中から溢れているようだった。
お客様の背中を見送った後、副社長は何事も無かったかのように自分の仕事に取り掛かろうとした。
私は、待っていましたとばかりに副社長を目がけてズカズカと歩み寄り、

「副社長、あのお客様にクロージングしていませんよね?今回は数字を必ず作らないといけないから、少しの時間も無駄にしないようにと仰ったのは副社長ですよね?あのお客様、申し訳ないですが、宝石買えますかね?」

捲くし立てるようにそう言った。
すると、副社長は眉を八の字にして、

「ごめん、ごめん。あのお客様、ずっとケース覗いてて、猫目石が見たいって言うからさー。猫目石見たことないって。で、着けてる指輪見たらメッキにシーマナイトじゃん。なんか、可哀想になってさ。見るのはタダだから見せるくらい良いかなぁーとか思ってね」

はぁ? タダじゃ、ダメじゃん⁉︎

内心思ったがそれについては口には出さず、

「それにしても時間取られ過ぎじゃないですか?今日は結構忙しいから、忙しいうちに数字積み上げておかないと後から苦しくなってしまいますので、副社長には援護していただく為にも手を空けておいてもらいたいんですけど。それに、見たことがないからって、商売抜きにしてあんなに長い時間宝石みせてたら、時間がいくらあっても足りませんよ」

お客様に対して気付かないふりをした自分のことは棚に上げて、いかにも正論を主張するように上司に意見する可愛げのない部下。副社長は私の話しを聞いているのか、いないのか、それでもまだ、お客様の話しをしている。

「だってさぁ、聴けば聴くほど泣ける話しなんだよ。ずっと、ご主人のお母さんの介護をしてきて自分のことを構ってあげる時間がなかったんだって。お母さんは最近亡くなったらしいんだけど、十何年も介護して来たんだって。それでやっと解放されると思った矢先、今度はご主人が倒れたらしい。私の人生は介護をするばっかりとか言って涙ぐんでるんだよ。そんなんなのに、見たらさぁ帰ってくださいって言えないでしょう。でも、キャッツアイ見て元気出たんじゃない?」

それって…商売に関係ありますか?

呆気にとられたが、憤りを既に全てぶつけてしまっていた私は、これ以上に話すことがない。
踵を返し、気を取り直して接客に戻った。恐らくその時の私の顔は、正義のヒーローくらい正義感に満ち溢れていたのではないだろうか。
その後、副社長は自分も販売をして数字を作ってきた。私も負けじと接客に励み、結局は無事予算を達成し初日を終えたのだった。

次の日

「猫目石って、宝石ありますか?」
百貨店のレジの方がお客様から問い合わせが入っているとのことで、売場責任者の私に尋ねて来た。

猫目石?
どっかで聞いた台詞だけど
何だったっけ?

通常、キャッツアイと言う宝石のことを〝猫目石〟とは呼ばない為、私は何のことか理解出来なかった。
「お客様が猫目石を見たけど、それがまだあるか知りたいって仰ってるんです」
と、百貨店の方が続けて言った。
自社に関係のある問い合わせじゃないような気がしたが、お客様を待たせてはならない為、ともかく電話を代わることにした。

「昨日、猫目石を見せてもらったんです。あれはいくらだったんでしょうか?」

猫目石? いくら? 
天然石の問い合わせなのかな?

話す内容は、電話を代わっても全く意味が分からなかった。
どこでどのようなものを見たのか、もう少し詳しく聞こうとと頭の中を整理していると、お客様は間を空けずこう言った。

「男の店員さんが猫目石の大きな石を見せてくれたんです。猫目石とは言わないけど同じようなものだからって見せてくれて、横文字で何とかって言うって言ってましたけど何だったかな?値段も聞かずに帰って来たんですけど、あれが綺麗で頭から離れなくて…」

猫目石、横文字?、石、男、   あっ…

あの方⁈     嘘でしょ⁈⁉︎

電話口のお客様の話しの内容の点と点が繋がった瞬間、私は衝撃を感じ目を見開いた。

「キャッツアイをご覧いただきましたお客様ですか?昨日は、ありがとうございました。ご連絡、わざわざありがとうございます」

驚きながらもそう言った私に、お客様は再び、

「あの石はいくらだったんでしょうか?」

と、尋ねた。
私は必死で記憶を探したが、石の値段が全く思い出せない。

通常であれば責任者の私は、問い合わせが起こるような接客が会場内でなされていた場合、どんなお客様がいくらの何を見ていたのかだいたい把握しており、どのような問い合わせでもある程度は即座に対応することができた。
このような値段の問い合わせは、値段を伝えるだけでは勿体ない。
値段を伝えた後、購入意思が固まりそうなのか、それとも値段が想定外で購買欲が下がったのかを把握する為に再来店を促し、来店約束まで漕ぎ着けることが確実にチャンスを掴み取れる手段だ。
値段を伝えただけでは、お客様の購入意思は分からずじまいで、来るか来ないか分からないお客様を信じて待つ、ただの願い事となってしまう。
購入意思が固まりそうなお客様は、ここで再来店の約束をしてくれる可能性が高い。
逆に、約束をしてくれなかったお客様が、意表を突いて購入しに来ることは無いに等しかった。
だからこそ、お客様からの問い合わせの段階でチャンスを最大限に活かす為には、責任者の私は常に全体を把握しておく必要があった。
にも関わらず、その時の私はそれが出来なかった。何故なら今回の場合、自身がお客様に全く興味がなかった為、見ていた商品の値段を確認していなかったからだ。
私が見ていたのは無駄なことをしているように思えた副社長の行動だけだったのだ。

「キャッツアイのお値段ですね。至急、確認致しまして折り返しご連絡差し上げます。ご連絡先を教えていただけますか?」

今出来る、精一杯の対応だった。
お客様にはそう伝え、一旦、電話を切った。私は頭を抱えながら副社長のところへ行き、ボソボソと話すように電話の件を報告した。普段なら報告するまでもなく、自分で処理出来る程度のことだ。

「ふ、副社長…
昨日のお客様がキャッツアイの値段を知りたがってます。今、石のお値段がいくらなのかって電話がありまして…
今から折り返しご連絡差し上げるんですけど、取り敢えず、石のお値段をお伝えしてもう一度来店していただけるように話してみますね。それとも、副社長がお電話されますか?」

そう言った私に、

「まじで?あの猫目石のお客様さん??
でも、まだ欲しいとは言ってないんでしょ?とりあえず、店にもう一回来てもらえるように話してー。絶対に来てもらってよ!」

と副社長は、大して驚きもせずにそう答えた。

そうですよね…

何の為の報告だったのか自分でも分からないまま、

「分かりました…」

と言い残し、私は俯向き加減で方向転換し電話をかけにとぼとぼと歩き出した。

副社長は、わざわざ報告して来た私を
不思議に思っただろうか?
それとも、お客様からの問い合わせに舞い上がっているとでも思った?
いつもと違う様子の私を見て、気にならないのかな?
いや…
副社長はいつも私の様子なんか御構い無しじゃん。
いっつも、淡々と必要な指示を出すだけ。
値段を聞かれただけで買うとは言っていないお客様の言葉に浮かれるほど経験が浅いでもないし、まさか、浮かれてるとは思ってないでしょ?
あのお客様だよ?奇跡でしょ、奇跡。
誰が見ても接客しないでしょう⁇

私の様子を見て何も言わなかった副社長の態度が、自分の気持ちを見透かしてわざとそうしたように思えて来て、なんだか急に腹が立って来た。
そして、心の中で苛立ちを呟いた。

自分が接客したお客様なんだから、
自分で電話すれば良いじゃん…

少し歩くと冷静になってきた私。
今度は、愚かで馬鹿な先程の呟きを、一人心の中で笑った。
そう…お客様を無視して接客しなかったのは私だ。そのお客様から問い合わせがあり、自分の選択が過ちだったと信じたくない気持ちや受け応えが出来なかった事実を誰にも悟られないように隠したかっただけ。いや、それら全てを何かの所為にしたかっただけなのかもしれない。
責任転嫁に被害妄想。
副社長を目の前にして、全くお門違いな反論が口から出なかったのは幸いだった。
考えれば考えるほど、だんだんと自分が恥ずかしくなってきた。

そんな一人劇場で無駄な時間を過ごした私だったが、やっと現実世界に戻り、お客様へ連絡を入れた。

今、私が確実にしないとならないことは、お客様を再来店させること。
一回目の問い合わせにスムーズに対応出来なかった私は、値段を答えるのではなく、伝えることからスタートしなければならなくなった。
せっかく降りて来たチャンスを、自分の手でハードルを上げてしまったのだ。
しかし、もうこれ以上の失態は許されない…

「お客様、大変お待たせ致しました。キャッツアイのお石のお値段ですが、84万円でございます」

値段を伝えた私は、お客様の返答が次に繋がる言葉であることを祈り、
『そうなの?』
『えっ?そんなにするの?』
そんな答えを期待した。

「そうですか、分かりました」

分かりました?

お客様の返答は、買えそうだと思ったのか?それとも、予算外だと思ったのか?
どちらとも取れる言葉で、声色も微動打しなかった為、抑揚で気持ちを感じ取ることさえ出来なかった。
これで切られては大変だ。
私は、慌てた。
まさか、問い合わせの電話に向かって、『如何ですか?』
と、真意を聞く訳にもいかない。

「お客様、あちらのお石は展示会用の特別なものとなりますので、随時、お持ち出来るものではないんです。買う、買わないは別としても、もう一度ご来店されませんか?」

会話の流れを変えるように、勢いよく話しだした。

「先程、とても綺麗で頭から離れないと仰っていただけましたが、なかなかお見せ出来ないものだからこそ、もう一度、ご覧になるだけでも如何かと思いまして」

お客様からの返事はなかった。
電話の場合、こちらがあまり話し過ぎると切られることもある。話しを聞いてくれているのか、電話口からは何も聞こえない。
いや、微かに猫の鳴き声が聞こえた気がした。
電話はまだ、繋がっている。
どうにかして来店の約束まで漕ぎ着けなければならない私は、更に喋り続けた。

「昨日お客様を対応したスタッフは、実はうちの副社長なんです。私共はメーカーの者で、今回、初出店なものですから副社長も居りますが、いつも居る訳ではないんです。お客様とまたお会い出来るのをとても喜ぶと思います。是非、もう一度お越しいただけませんか?」

すると、電話口からやっと声が聞こえた。

「いつまでだったらお宅はいるんですか?」

お客様がそう尋ねたので、私は、ガッツポーズをしそうになり右手の拳に力が入った。そして、火曜日までの開催だと言うことを伝えると、

「今度、家を出れるのは火曜日なんです。火曜日にしか行けないんですが、とっておいてもらえるんですか?」

と、お客様。

え? 火曜日⁇

展示会最終日は、通常よりも早く閉店する。しかも、買い上げ手段で現金を希望したりするとその日に決着がつかなくなり、商談が流れてしまうことも多いのだ。
特に新規のお客様は動向が読めないので、高額品になればなるほど、商談する日にちにはゆとりを持っていたかった。
それを聞いて、握りしめた拳の力が抜けた。が、肩を落としている場合ではない。

「お客様は、お石を指輪とかにされないんですか?」

火曜日しか来れないと言うお客様に、どうにかならないのか?を尋ねるより、違う方向性から話しをしてみることにした私。

「指輪にすると随分と値段がかかるんでしょ?」

お客様の反応は、その心に少しだけ触れた感触があった。

「やっぱり指輪にした方が良いですよね?あんなに綺麗な石なんですから、お客様がいつも手元でご覧いただけるほうが良いですもんね」

私がそう言うと、

「あの男の店員さんが、今まで頑張って来たんだから宝石を自分にプレゼントするのも良いんじゃないか?って言ったんです。そしたらまた頑張れるんじゃないかって」

副社長はそんなこと言ってたんだぁ…

お客様の境遇を副社長から聞いていた私だったがその事には触れず、

「でしたら尚更、指輪がおススメです。お客様のご都合が悪ければ火曜日でも勿論有難いのですが、火曜日は最終日で閉店時間が17時なんです。デザインも色々見ていただきたいので、明日とか明後日とかお越しいただくことは出来ませんか?」

最終日以外に来店してもらいたい私は、そう提案した。この時点で火曜日の来場を促していれば、約束してもらえる可能性は充分にあった。

「主人がいるので、火曜日以外はもう難しいんです。指輪の値段はいくらぐらいになりますかね?」

お客様はそう言った。
リスクを回避しようとした話しの内容が、また値段に戻してしまったのだ。
来てもらわないことにはその先に進めない。私は、支払い云々よりも、火曜日への来店約束を先行させようと決心した。
身内を介護されている方の行動が制限されることは知っていたので、敢えて来れない理由も聞かなかった。

「指輪の枠のお値段は、デザインによっても随分変わりますのでお客様にお越しいただいてデザインを決めていただかないと分からないんです。もしお越しいただけるのであれば、上司と一緒にお客様にお似合いになられそうなデザインを見繕っておきます。もちろん、それ以外にも沢山の中から選んでいただけるようカタログなども準備しておきますので火曜日、お越しいただけませんか?」

ここで約束してもらえなければ、これ以上はもう無理強い出来ない。
私は最後の一手を放った。
すると、お客様。

「全部で150万くらい持っていけば足りますかね?」

電話口から、思いもよらない言葉が発せられた。

嘘でしょ?

私は驚きのあまり、言葉に詰まった

「は、はい!指輪の枠は、オーダーになりますので、素敵なデザインで尚且つ、ご予算に足りるようにしてくださいと、副社長に伝えておきます。だいたい何時くらいにお越しいただけそうですか?」

そんなやり取りで、自分が思う以上の最高の来店約束に漕ぎ着くことができ電話を切った。

私は大勝負を終えたような晴れやかな気分になった。が、お客様が来店して購入手続きが完了するまでは、手放しで喜ばないと言う習性〝だけ〟は身に付いているようで浮かれてはいなかった。
けれども、この時点で自分が気づかない振りをしたお客様だと言うことは既に頭の中から抜け落ちていた。我ながら都合の良い頭だと感心するくらいだ。

売り場に戻った私はことの成り行きを副社長に報告した。その反応は想像していたとおりだった。

「えー、火曜日〜?」

と、一言。

やっぱりね…

副社長は、プロセスをいちいち褒めない。分かっているのに期待する自分の小ささがたまに嫌になるが、そのプロセスが困難だった場合は封印している〝褒められたい虫〟がワサワサと騒ぎ出す。
だからそう言う時は、気づかれないように不満を顔で表現してみる。
私は後ろを向いて頬を膨らませ、鼻に皺を寄せながら自分の持ち場に戻った。

それから最終日を迎えるまで、私達はそのことに一度も触れることなく日々、奮闘していた。

そして迎えた最終日

お客様は本当にやって来た。
しかも、全く同じ装いで…
接客は全て副社長に任せて、私は挨拶さえしなかった。結果、お客様は147万円でオーダーのリングを作成することとなった。支払いは現金。
お客様は、電話で話していたとおり150万を用意していたのだ。

私達はそのお客様のおかげもあり、大幅に予算をクリアした。
そして、店に自分達の会社を印象づけることに成功し、計画していた2つの目的を達成したのだった。

お客様が帰った後、副社長が私のところにやって来た。
そして、

「あんなに怒ってたのにねー」
「めっちゃ怒ってたよねー」

ケラケラと笑い、私を揶揄うような目つきで見ながら、何度も同じ言葉を繰り返した。

くっ…

本来なら目的を達成し大いに喜ぶところだが、自分の行動が頭の中をぐるぐると駆け巡り素直に喜べずにいた。
そこに追い討ちをかける副社長。
悔しさのあまり声も出なかった。

もし、あの時の私がお客様を見た目で判断せず話しかけていたとしたら、聴いた話しに共感して、商品を見せてあげたことに満足していたかもしれない。
恐らく、その後の接客に影響して、初日の予算すら達成することは出来なかったはずだ。目的が途中から変わってしまうと言う陥りがちなパターンにまんまと嵌ったに違いない。
もし、あの時の私を副社長が褒めてくれていたとしたら、お客様を無視した自分を省みることもなく、来店に繋げた自分に満足し思い上がったに違いない。
決定的な事実として、147万の数字は生まれることは絶対になかった。

甘え、自己過信、自己満足…

会社にとって、仕事をしている私達にとって喜ぶべき結果は、私の胸に尖がったナイフのようにぐさりと深く突き刺さった。
私はスタートから、自分勝手な思い込みで決め付けて動いていた。結局のところ、浮かれていたのではないだろうか?
悔しい気持ちが自分の仕出かした過ちに辿り着き、愕然とした。

副社長に完敗だ…

そう思った。


このお客様の大決心は、私の成長の糧として大きく胸に刻まれた。そして、悔しいと言う気持ちは私にとって、同じ過ちを繰り返えさない為に必要なかけがえのない感情であることを、自身が知ることとなった出来事だった。

〜次回へ続く〜



百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!