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vol.3 関わること

初舞台が大成功だったことから、あれだけ恋い焦がれていた百貨店から、とんとん拍子に仕事を依頼されるようになった。
大型百貨店では売上規模も大きくなる。
責任者は私ではあったが、顧客作りや売上が落ち着くまで副社長も引き続き一緒に入ることとなった。
その頃会社では顧客のリピート率を上げる為、DMに粗品を掲載して動員をするようになっていた。また、取組先の百貨店が増えて来たこともあり、販売を社員だけでは賄えないようになって来た為、派遣の販売スタッフも共に仕事をするようにもなった。

2回目の開催
シルバーカーのお客様はDMを持って来店された。その時は、キャッツアイの納品をすることになっていたので来店されるのは当然のことだった。
お客様は、この日も前回来店時と全く同じ装いだった。けれども、その装いがまるで気にならない。
本当に都合の良い見え方をするのだと自分の脳に驚いた。
指輪の出来上がりにお客様はかなり満足してくれた様子だった。二人で楽しそうに話しをしている。もちろん、納品の接客をしているのは副社長だ。

「リング、包んでもらえる?」

副社長からそう頼まれ、私は初めてお客様に近づいた。

「この度はありがとうございます。素敵なデザインになさいましたね。遠くから見ていてもとてもお似合いでした。では、お包みしてまいりますね」

包む前にリングケース内に飾った指輪を見せると、

「うちの猫ちゃんの目のように綺麗だわー」

と誰に言う訳でもなく、お客様は大きな声でそう言った。

だから猫目石?

私は、先日の電話の途中で猫の鳴き声が微かに聞こえたのを思い出した。
嬉しそうなその表情は、マスクをしていても充分に感じ取れた。

それからと言うもの、お客様は私達の出店時には毎回来店した。
来店時には決まって同じ行動が見受けられた。DMを宝飾ケースの上に出すと、〝これが欲しいんです〟と言って粗品の写真を指差すのだ。
私は全体を管理している為、販売スタッフが手が空いている時は、接客をスタッフに任せていた。副社長は、クライアント先との打ち合わせや電話などでいつも会場にいる訳ではない。居たとしても販売スタッフ、私がいる為、第一陣で接客に入ることはない。あの時が稀だったのだ。
様子を見ていると販売スタッフは笑顔で粗品を渡したが、お客様は受け取ったとたん商品を見ようともせず軽やかに去っていった。そんな光景は、何かの整理券をもらう為に来店したような、商売とは程遠い場面を想像させた。
スタッフは目を丸くしてお客様を視線で追ったが直ぐにやめ、手元に残ったハガキを無かったことにしたいかのように慌てて片付けた。もしかすると、お客様と初めて出会った時の私と同じことを思っているのではないだろうか…

回数が重なるに連れ、販売スタッフはあからさまに邪険な様子でお客様に接するようになった。
粗品を受け取り立ち去ろうとするお客様に、

「せっかくお越しいただいたんですから見ていってください」
「お時間ないんですか?」

と、声をかけるスタッフ。

「ごめんなさいね。急いでいるの」

答えるお客様。

そうなるよね…


私には、販売スタッフの声掛けが
〝何しに来たの?〟と聞こえたような気がした。上部だけの会話からは何も生まれない…
自分も過ちを犯したからこそ分かる事だ。
だからこそ、責任者の私が同じ過ちを繰り返さないこと、そして、そうならないようにスタッフにも気づいてもらうことが大事だと思った。

普段なら販売スタッフが接客しているところへ横から入ることはしないのだが、私はスタッフとお客様の間に割って入り、

「今日も素敵に着けていただいていますね」

と、声を掛けた。
買い上げから数回来店したお客様の指には、購入したキャッツアイのリングが着けてあるのが見えていたからだ。
立ち去ろうとしたお客様は私の声に振り返り、自分の着けている指輪に目を落とした。

「これ?気に入ってずっと着けてるの」

そう言ってマスクの裏で笑った。

「ありがとうございます!本当に良くお似合いですね。ちょっと見せていただけませんか?」

気に入ってくれていること、使ってくれていることに感謝の気持ちを伝え、私がそう言うと、お客様は自分の指から指輪をはずそうとしてくれた。
が、上手く外せないようだ。
私は更に近寄り、お客様の指を手に取って指輪をはずした。見ると、石と枠の間に土が付いており真っ黒になっていた。私は、濡れテッシュでそれを拭いた後、宝石用の磨く布で指輪を磨きながら、

「◯◯様、指輪は着けたままお炊事などされますか?」

と、尋ねた。

「そうなの。炊事もそうだけど、お風呂に入る時も着けっぱなし」 

答えたお客様に、

「お庭のお手入れなんかもされますか?」

私が聞くと、

「庭にお花をいっぱい植えてるんです。今日も土の中に手を突っ込んで球根植えて来たんですよ」

自慢気にお客様はそう答えた。

やっぱりね…

「すみません。指輪に土が付いていたものですから、勝手にお掃除してしまいました。お花を育てていらっしゃるんですね。素敵ですね!」

すると、お客様は何と何と何のお花が今は咲いていて、何と何がいつ頃咲くのかなどを教えてくれた。
お花のことにあまり興味のなかった私は花の名前が分からず、全く頭に入って来なかったが、

「そうなんですかぁ、凄いですね。綺麗でしょうね」

と、思い出せる花を想像しながら共感した。そして、

「キャッツアイは硬度が高く割れにくい石ですので普段からお使いいただいて問題ないのですが、お出かけの時に着けて、戻られた時にはずすようにしていただいた方が良いかもしれません。今のように土が付いたまま気付かずお炊事をされてしまったら、お客様のお身体に害が及んでは大変です。それに、高価なお石ですので、万が一割れてしまっては勿体ないですから」

私がそう言うと、

「宝石って割れることってあるの?」

と、お客様。

「もちろん、ガラスや陶器などに比べると簡単に割れるものではありませんが、物体ですから絶対ないってことは言えないんです。お家にいる時は手仕事が多いでしょうから、お出かけ時にだけ楽しむことをおすすめします」

そう言った私に、

「まぁ、割れたら割れた時ね」

舌でも出すように、お客様はあっけらかんと笑った。

はずさないんだ…

忠告はしても、強制は出来ない。
私は、それ以上取り扱いについて話すのはやめた。そんな話しでそうこうしていると30分近く経っていた。
お客様は、

「じゃ、また来ます」

と、片手に持っていた粗品を振りながらシルバーカーを押して帰って行った。
結局、商品を見せることが出来なかった私を、販売スタッフが遠くから鋭い目つきで見ていた。

お客様が購入してくれた時から季節が変わり春になった。

その日来店したお客様はジャンパーを脱ぎ、花柄のブラウスを着て来店された。
初めての衣替えだ。
私は同じ轍を踏まぬよう、販売スタッフを差し置いて声をかけた。気持ちの入らない接客をしてもらうより、新規のお客様などで力を発揮してもらった方が効率的だと思ったからだ。

「◯◯様、いらっしゃいませ。今日はお天気がいいですねー。わぁ、素敵なブラウス!お花柄が良くお似合いですね!!」

開口一番そう言うと、お客様は恥ずかしそうに下を向いたが、いつものようにDMを宝飾ケースの上に出した。
そして、〝これが欲しいの〟と粗品の写真を指差した。

「これ、可愛いですよね」

と粗品を渡しながら、その粗品について話す私に、

「貯めてて、ボランティアに行く時にまとめて持って行ってあげるんです。子供達が喜んでくれるんですよ」

その言葉に、私は2つの驚きを感じた。
一つ目は、お客様がボランティアをしていたこと。
二つ目は、自分達が動員の為に出している粗品がそんな役割りも持てるということ。

感動しつつ、

「どちらにボランティアに行かれるんですか?」

と尋ねてみた。
お客様の回答は、養護施設とのことだった。これには更に感動した。

「いつからやってらっしゃるんですか?」

介護をしていると聞いていたお客様が、どうやったらボランティアまで出来るのか素朴な疑問を、更に問いかけた。

「もう10年以上になりますかね。義理の母を介護していたんですけど、それだけだと沸々としたものが溜まってくるでしょう。子供の顔を見ていると気持ちが穏やかになるんです」

と、お客様。
聞けば、若い時の職業は保育園の先生だったそうだ。その日の私は、感動の嵐だった。そして、商品を見せるところまではやってのけたが全くの空振り。
結局また、軽やかに帰って行くお客様の背中を見送っただけだった。

数回の展示会を経て、私はお客様と話すうちに色々なことがわかって来た。
副社長に聞くまでもなく、今はご主人の介護をしていること、家には野良猫も含めて3匹の猫がいること、お料理が好きでお花が好き。そして子供が大好き。
そんな情報は山ほど私の頭の中に入っていた。けれども商売に関しては、何を見せてもヒットしない。私は、宝石を通してお客様と心を通わせることが未だ出来ずにいた。

そんな状況が続いている時だった。
私とお客様が話しをしていると、

「わぁ、◯◯様お久しぶりです!」

突然、後ろから大きな声で副社長が声をかけて来た。副社長は、声がとおるのでこちらは飛び上がるほど驚いた。

「あら、あなた、久しぶり!」

お客様は、これまで見せたことのないような笑顔を見せた。マスクの中でも明白だ。

「◯◯様、ちょうど良かった。良い石があるから見ていってください!」

はぁ?

全く思いもよらない副社長の行動に、私は目を泳がせた。
副社長が持ち出した石は、世界三大稀少石の一つ、アレキサンドライトだった。
しかも、またもや石だけだ。

「この石ね、色が変わるんです。凄いでしょう!」

そう言って、石にライトを照らした。
ライトをあてたり消したりしながら、一人で遊んでいるように楽しんでいる。
たまにお客様の顔を見て、〝見て、見て〟と言わんばかりに視線を石に向ける。

「珍しい石だから、◯◯様に見せれて良かった。ね、綺麗でしょう?」

お客様は、一言も発さず石を見ている。
私は側から見ているだけで、いないも同然だった。
それから、あれよあれよと言ううちに枠のカタログが出てきて、瞬く間にお買い上げの手続きになった。

嘘でしょ…

宙に浮いた状態で、渡された伝票を処理しにレジに向かった私。
その金額、48万円。

レジに向かう途中、何故だか急に心の中にぽっかりどころか大きな穴が空いたような気持ちになった。

あれ?
今ウキウキするところじゃない?

私は歩きながら、空いてもいない穴を摩るように胸の辺りを触った。
副社長のことは尊敬しているし、副社長でなければお客様は買わなかったはずだと言うことも頭では理解出来ている。
それなのに私はこの時も素直に喜ぶことが出来なかった。
そう…分かっている。
胸に空いた大穴は、自分がそれを出来なかったことに対する嫉妬だ。

出来ない自分を認めるのが怖いのだろう…

そんなことに気づく度に、自分自身にガッカリするのだ。認めることは、負けることではないのに…

売り場に戻った私は一番喜ぶところで笑顔を引き攣らせ、

「ありがとうございます」

お客様へそう伝えた。
形だけだが、私はやっとこの購入劇に加わることが出来た。言葉とは、つくづく便利なものだと思える瞬間だ。
こうして、お客様は二度目の買い物をしてくれたのだった。

その後もお客様は毎回、粗品を取りに来店した。そしてその都度、変わらず私が相手をしていた。
二度目の購入以降も商売の面では、私が何を提案してもお客様の心を動かすことは出来なかった。しかし、お花柄のブラウスを来て来店した後からは、お客様に変化が見受けられた。来店時、毎回違う装いをするようになったのだ。
ストライプのシャツや藍色のチュニック、様々な装いを披露してくれた。
夏になったある時、お客様がタオル生地のノースリーブの上着を着て来店された。

「◯◯様、今日もまた素敵なお召し物ですね」

私が言うと、

「これ?私が作ったの」

えっ⁇

昔の人は本当に何でも出来るんだなぁと感心したのを覚えている。お客様は、裁縫も得意だったのだ。
私は毎回、洋服の変化に触れ、それについて会話を楽しんだ。もちろん、商品を見てもらうことは諦めていない。
そして更に変化は訪れ、お客様はご主人に施設で生活してもらう決断をされた。
ご主人が施設に入ってからは、ご主人の生活ぶりをよく話して聴かせてくれた。絵を描くようになったご主人が自身が書いた大きな絵画の横で、車椅子に座って嬉しそうに笑っている写真を見せてくれたことがある。その笑顔はとても穏やかだった。
それともう一つ、大事なことを書き忘れるところだった。
シルバーカーがなんと、新車に変わっていたのだ(笑)

季節は流れ、お客様と出会った冬に戻った。その頃になると、自分が出来ないことへの(私の接客でお客様が買わないこと)嫉妬よりも、副社長から提案してもらい、売上が立つことの方が賢明だと思えてきていた私。
副社長の予定を聞いては、お客様と遭遇するように計画を立てるようになった。

そして、三度目のお買い上げが決まった。
このお買い物は、キャッツアイ同様三桁を超えた。
お客様に選んでもらったダイヤモンドの指輪は、作家が手作りで作ったオリジナルの作品だった。ダイヤモンドは1ctで四角い形をしていてクオリティの高いとても綺麗な石だった。それを見た時に、私はお客様に見せてみたいと思った。
なので、敢えてダイレクトメールにでかでかと掲載した。副社長がいると分かっている開催を見計らって…
案の定、副社長は迷いもせずにお客様にその商品を提案してくれた。
結果、お客様は、大変気に入った様子でお買い上げしてくれた。

大成功!!


私は心の中でガッツポーズを作った。
これまでのように私は側から事の次第を見ているだけではあったが、この時ばかりは、やっと自分が関わることが出来たと言う満足感に心が踊った。

しかし、そんな喜びは束の間。
浮かれた気分を吹き消すような事件が起こった。
その日はお客様に選んでもらったダイヤモンドリングのサイズ直しのお渡しを一週間後に控えていた時だった。仕事が終わり、帰宅して雑務をこなしていると、商品担当者から連絡が入った。

「遅くにすみません。◯◯様のリングなんですが、サイズ直しが出来上がってきたら仕上がりに問題が発生しまして、作り直しをさせてもらいたいんです」

その内容は専門的な欠陥で、作り直し以外考えられない状態だった。

「えっ?それは大変まずいですね…
で、いつ仕上がりますか?」

私が尋ねると、

「急いでもらっても一ヶ月は必要かと…」

最悪だ…

私は、頭を抱えながら電話を切った。
通常、サイズ直しだけで一ヶ月以上お預かりすることはない為、言い逃れを思いつかない。枠を一から作り直すことを話したら、石を入れ替えるのではないか?欠陥品を販売しているのではないか?様々な憶測をお客様に与えてしまい、信用問題にも関わってくる。
一週間後にお渡し予定だった品物の納期を更に一ヶ月間延ばす方法を考え、その日は眠れない夜を過ごした。

次の日
早速、朝一でお客様へ連絡を入れた。
お客様が来店してからでは、より状況が悪化する。悪い報告ほど先延ばしにしないのが営業の鉄則だ。
私は結局、言い逃れのような応えで曖昧に誤魔化すより、専門的なことでも丁寧に説明し、全ての内容を正直にお客様に伝えることを選択をした。
ひたすら謝る私に、

「手作りはそんなこともあるんですか。
私には猫目石も、色が変わる石もありますから急がなくても大丈夫ですよ。楽しみに待っていますので、そんなに謝らないでください」

と、お客様。
私は、〝なんて寛大な人なんだ〟と思いながら電話を切った。
受話器を握っていた手は、力が入り過ぎていたのかジンジンと痺れていた。
お客様の人柄に助けられ事なきを得た私達は、そのリングが出来上がるまでこれまで通り過ごした。

そして、やっとリングが出来上がった。
私は、明日からの展示会でお渡し出来る旨をお客様へ連絡した。お客様は何事も無かったかのように出来上がりを喜んでくれた。
品物は展示会当日の朝、その日入るスタッフが手持ちで持ってくる予定となっていた。後は、約束の日のお客様の来店を待つだけだ。
これでやっと納品出来ると思っていた。
そんな矢先…
今度は致命的な大事件が起こってしまう。

今度こそ絶体絶命…


試練の道は更に続くのだった。

〜次回へ続く〜








百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!