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vol.2 〜最終章 〜 愛のかたち

お客様は、次の展示会に顔を見せなかった…

私は、前回の話の内容が、お客様にとってどうであったのかが気になった。
プライベートに深入りして、遊びに来る選択を億劫にさせてしまったのであれば本末転倒だ。次回も来なければ、連絡してみようと思いながら時を過ごした。


その次の展示会…

いつも開催初日に来店されるお客様だか、その日も来られなかった。
同じ曜日、同じ時間しか来ることが出来ないお客様だ。
となれば、今回も来ない
私は、肩を落とした。

やっぱり、深入りし過ぎたのかなぁ…


展示会3日目…
いつものように店頭から会場内のお客様の様子をうかがっていると、大柄の男性の手を引きながら会場へ入って来る女性の姿が見えた。

◯◯様だ…

その姿がお客様だと言うことが認識出来た時、身体中から温かいものが込み上げてくるのを感じた。

お客様は、ご主人を連れて来店されたのだ。

「◯◯様、いらっしゃいませ」

私は、喜びを噛み締めながら声をかけた。お客様は笑顔で私を見つめ、口を開こうとした。
が、その時、隣のご主人の方が勢いよく、

「ご機嫌よう!」

と、こちらが飛び上がるくらいの大きな声で挨拶をしてくれた。

「お父さん、そんなに大きな声出しちゃ、お店の人がびっくりするでしょう」

お客様は目を細め、わざと困ったような顔を私に向けた。目が合った私とお客様は、同じタイミングで笑った。

「本日は、ご主人様もご一緒にお越しいただいたんですね。ありがとうございます!」

私が言うと、

「久しぶりに外に連れ出してみたんですけど、主人もなんだか嬉しそうで…」

いつもどことなく寂し気な雰囲気のお客様が、愉しげにそう答えた。

「はじめまして。お会い出来て嬉しいです!」

と改めて、ご主人に挨拶をした。
すると、ご主人。
今度は何も言わず、私の方をチラッと横目で見たが、それからどこか遠くを見るように周りを見渡した。
お客様が、私達のことを紹介するようにご主人に話かけているが、聞いているのか聞いていないのか、表情は終始にこやかに、態度は先程と変わらず周りを見渡している。
私は、二人に椅子を勧めた。

「想像通りの素敵なご主人様。お越しになられる時、大丈夫でしたか?」

と尋ねると、

「タクシーで来ましたので大丈夫です」

と、お客様。
普段なら雑談を交わすのだが、何だか何を話していいやら分からなくなった私。

「◯◯様にお越しいただいたら、是非、ご覧いただきたいと思って、お持ちしている商品があるんです」

と突然、商売を持ち出してしまった。

「そうなんですか?見せていただけますか?」

お客様も照れ臭さを隠すように、身を乗り出した。
私は事前に用意しておいた、お客様の好意にしている作家が作った指輪をトレーに載せ、目の前に置いた。

「お父さん、見てください!ルビーですよ、ルビー!」

商品を見たお客様は、ご主人の腕を揺すりながら、まるで恋人に甘えるようにはしゃいだ。ご主人は絶えず笑顔だ。
私がお客様の指に指輪をはめると、お客様は、いつものように手を空中にかざした。そして、今度は少し落ち着きを払って、

「お父さんが贈ってくださったルビーも綺麗ですけど、このルビーも綺麗ですね」

と、空中にかざしていた手の甲をご主人に向けて見せると、ご主人を見つめるように微笑んだ。

私は先日の話の中で、提案してみたいルビーの指輪を思い付いていた。
それは、複数石のルビーでお花が形作られており、お花畑のように見えるデザイン物の指輪だった。

「思ったとおり、とても良くお似合いでございます。ルビーは、ご自分ではお買い求めにならないとお聞きしておりましたが、こちらのリングでしたら、ご主人様との大切なお指輪とは喧嘩にならないかと思いまして」

私が言うと、

「お父さん、ルビー素敵ですね」

と、お客様は、ご主人に話しかけた。

私との会話は成り立っていないが、提案した指輪をお客様が気に入ってくれていることに安心して、私は、二人のやり取りを眺めていた。

「この指輪、買っても良い?」

お客様は突然、ご主人にそう尋ねた。

分かるのかな?

私はご主人の方を見た。
すると、ご主人が頷いた…ような気がした。

「ありがとう。大切にしますね」

と、お客様。
気のせいではなかったのだろうか?
私にははっきりと見えなかったが、二人の間では会話が成立していたようだ。
その指輪は、80万。
この日、お客様は予算のボーダーラインを超えた。恐らく、ご主人が来てくれなければ、このライン超えはなかっただろう…

「ありがとうございます!お二人の第二の記念のルビーリングですね!ご主人様との愛情の媒体ですから、お守りになりますね!素敵、素敵です!」

私は自分のことのように舞い上がり、手を叩いて喜んだ。

「ありがとう、ありがとう!大切にします。ありがとう!」

ご主人の腕に自分の腕を絡めて何度もお礼を言うお客様。私は無邪気に喜ぶその姿を見て、写真の中の二人を思い出していた。

その日以来、お客様は時々、ご主人と来店するようになった。
一人の時は初日に、二人の時は違う曜日に。初日に来ない時は、別の場所にお買い物に行ったり、先日なんかは、お友達とお茶を飲んだのだと嬉しそうに話していた。
そのうちご主人と来店された時は、私がご主人と話し(と言うよりは、聴き)、その間に別のスタッフがお客様の応対をし、買い物を楽しむようになっていった。

ご主人は、予め聞いていたように戦争が終わった頃の話しを繰り返し話してくれた。稀に険しい顔で、戦争時代の話しを聞かせてくれた。
数々の仲間達を戦争で失ったと言うこと、自分が生き延びることが出来たのは偶然の産物であったと言うこと、海軍の船を見送った時のこと…
何処何処の基地が何とか、何部隊がどうとか、あまりに悲惨な話しだったにも関わらず記憶がぼんやりとしており、聞き慣れない言葉も多々あり、正直、これくらいしか思い出せない。
戦争を体感していない私は、ご主人の話を現実味を帯びて聴くことが出来ていなかったのだろう。軽薄とも言える自分に対して歳を重ねた今になって恥ずかしく思う。

このような状態が数年続いていたが、ある時、ぴったりとお客様が来なくなった。
それまで毎回のように顔を見せるお客様だったが、数回の展示会に、一度も来店されなかった。来ない理由を探しても思い当たらない。何度か連絡をしてみたが留守のようで連絡もつかない。
心配はするものの、所詮は販売員とお客様の関係。出来ることをやり、後は待つことしか出来ない。私は、それ以上何をする訳でもなく、忙しく時を過ごしていた。

それから数ヶ月後…
お客様がひょっこりと顔を見せた。心なしか少し痩せたようだ。

「◯◯様、如何なさったのかと心配しておりました。ご体調でも壊されたのかと…」

抱きつかんばかりに私が歩み寄ると、

「主人が階段から転げ落ちまして、入院をしていたんです。落ちた時に慌てて主人を抱え上げようとして、私も腰を痛めましてやっと外に出られるようになったんです」

と、お客様。

「それは大変。ご主人様は大丈夫でしたか?◯◯様の腰は、もう良いんですか?」

私が尋ねると、

「主人はもう外を歩くことは出来なくなってしまったんです。けれど、病院で過ごすのを大変嫌がるものですから、結局、連れて帰って来たんです。私の腰の方は、上手に付き合っていくしかないって病院の先生が仰るので、無理をしないようにしようと思うんですけど、あの身体でしょう。動かすのが大変で…階段から落ちた時、抱え上げようとした自分にも驚きましたけど、直ぐに押し潰されました(笑)」

そうやって笑うお客様。
その笑顔の中にご主人を想うお客様の気持ちが詰まっており、私の胸に熱く、痛く突き刺さった。

それからの来店は、毎回が時々に変わり、同じ曜日と同じ時間に戻ったお客様だった。

「最近はあまり来れなくなったでしょう。だから、来れない時は、お手紙の商品を見て楽しんでるんです。今回は、こんな商品が出たのね。綺麗だなぁって。来れない時のご案内のはがきは全部、大事にとっているんですよ。私の唯一の楽しみなんです」

ある時、案内のダイレクトメールを大事にとっていることをお客様が教えてくれた。

そんな風にも感じてくれる方が
いるんだ…

私は、目的は異なるにしろ、ダイレクトメールの商品選びをしっかりやろうと思った。

そして、数年後…
ご主人が亡くなった。
亡くなって数ヶ月は来店してくれていたお客様だったが、その見せる姿は力なく、笑顔も出会った当初を上回るほど寂し気で、身体は痩せ細っていくばかりだ。
何とか元気になってもらおうと、私達はこれまでと変わらず、精一杯の応対をするのだが、宝石がもたらす安らぎ効果は、虚しくもそこに見えなくなっていた。

「◯◯の娘です」

突然、会社に入った電話。
お客様のお嬢様からだった。
その内容は、お客様が高齢の為、外に出すのが不安なので、もう案内をしないで欲しいと言うこと。ちょうどお客様がもうすぐ83歳の誕生日を迎える8月の中旬くらいの出来事だった。
応対した私は、胸がチクチクと痛み、言いようのない気持ちにうなだれた。
ダイレクトメールを止めてしまったら、お客様の楽しみは何になるんだろう…
そう思った。けれども、ご家族からの申し出に背く訳にもいかない。
その頃、会社のヘビーユーザーには、誕生日にお花を贈っていた。
私は、お嬢様に最後の贈り物だけは送らせてもらえるよう承諾をもらった。
短いお嬢様との会話の中で、私がお客様に対して出来る、唯一のことだった。
会社に対しては、全く無利益のことだったかもしれない。それでも、私は知りたかった。この出された結末がお客様の意思なのかどうか…

私は、お嬢様にいただいた連絡で要望により今後の案内を出さなくなる事実と、これまでの感謝の気持ちを綴り、お花にお手紙を添えて送った。

お客様からの返事はなかった。

こうして、10年目を間近に迎え、月日を重ねてきたお客様との幕は、本人と会えないまま閉じられた。
返事を期待していた訳ではない。
その方がどのように生きてきて、何を決断されたのか、何が大切で何を想ってきたのか、返事がないことで十分に考えさせられることとなった。

それが返事…


私はまだ、自分の生き方や愛に対してお客様のように貫ける自信はない。
けれども、お客様が教えてくれたことで〝気づく〟ことは出来たと思う。

〜vol.2  終わり〜






百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!