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【短期集中連載】保護者の兄とブラコン妹(第18回)

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今までの由美なら、いくら水泳部優先でも、定期試験の前は一切泳がず勉強に集中していたが、3年生となったこの年は、定期試験よりもインターハイ予選に備え、毎日泳いで感を鈍らせないことを優先していた。

そのためか5月下旬の中間テストでは、いつもより成績を落としてしまったようだ。

「どれくらい成績落としたんだ?」

「ま、まあ平均以上取れてた科目で、平均並みしか取れなかった…って感じかな。あっ、体育は大丈夫だよ」

由美はこれまでの実績もあるので、高校での内申点評価はそう簡単に落ちたりしないだろうが、推薦ではない大学入試となると一発勝負である。

このままだと期末テストでも同じようなことが起こり、成績が更にダウンし、一学期の評価が芳しくない結果になってしまうかもしれない。
事実上、一学期の成績で受験する大学を決めていくことになるので、あまりダウンされると、受ける大学もレベルを落とさねばならないかもしれない。

「由美は、塾とか予備校は…」

「ぜーったいに行かない!」

「通信添削は…」

「ぜーったいに受けない!」

「家庭教師…」

「論外!」

「家庭教師論外は止めてくれよ、俺のバイトなんだから」

「あ、お兄ちゃんに教えてもらえるなら、OKだよ」

「いや、俺が教えているのは高校入試の為の勉強だから。大学入試までは勘弁してくれ…」

「えーっ、つまんないの…」

とにかく由美は、大学受験のために塾に通うとかは、まったく考えていないらしい。
ひょっとしたら、我が家の財政事情を由美なりに慮ってくれているのかもしれないが…。

「アタシ、生まれてから今に至るまで、何か塾とかに通ったのって、スイミングスクールだけだよ。でもそれで高校も突破したんだし。大学はそう簡単にはいかないかもしれないけどさ。それでも…何とか今まで、高校の授業だけで頑張ってきたんだ。だから大学入試も、高校の先生を信じて頑張るし、それと夏までは塾どうのこうのより、インターハイだよ」

由美なりに今後のことを考えて、今の段階ではこういう結論になっているのであろう。

もちろん、今後考えが変わる可能性は大いにあるが、俺は由美をバックアップして無事に高校を卒業させることが使命だと思っている。

「分かったよ、由美。インターハイに向けて悔いを残すなって言ったのは俺だしな。まずはその予選を突破しなくちゃ、だな」

「ありがとう、お兄ちゃん。そこで一つ、お願いがあるんだけど…」

由美は甘えモードになり、俺にすり寄ってきた。

「なっ、なんだ?急に…」

「アタシの水着、毎日ヘビロテしてたら、ちょっと危なくなってきたの。今更だけど、水着何着か、頼めないかなーっていう、可愛い妹からのお願い。ねぇ、お兄ちゃーん…」

「お前、全部で何着水着持ってるんだ?」

「高校の公式水着は3枚で、これはたまにしか着ないから大丈夫と思うんだ。それ以外の普段の練習用が5枚あるんだけど…。春に2枚買ったら、とんでもない粗悪品でさ。泳ぐと透けるんだよ!」

春に2枚買った…と由美が言っている水着は、もしかしたらサキちゃんが由美に会いに来てくれて、俺が別室へ追い出された時に見かけたものかもしれない。
確かに柄は派手で、いわゆるVゾーンも心配になるくらいハイレグで、なんでこんなのを由美は買ったんだと思ったほどの水着だった。

「いくらで買ったのさ、その粗悪な水着は…」

「うぅ…。1枚1580円…に3%の消費税…」

「なっ、なんか男物の海パンより安くないか?そんなの、どこで買ったんだよ」

「…希望ヶ丘のイトーヨーカドー…」

「なんでスーパーで買うんだよ、そんな大事な練習用水着を」

「たまたまね、友達と春休みに探索してたら、スポーツコーナーに処分価格!って書いてあって、何着か並んでたの。こんな安いんなら買わなきゃ損だと思ったの。それで2枚買ったんだけど…」

「透けてるのって、他人に言われなきゃ意外に気が付かないもんだろ?誰かに言われたのか?」

「…部活中に…2年生の後輩から…」

由美はその時の光景を思い出したのか、真っ赤な顔になっていた。

「はぁ…。まだ良かったな、後輩で」

「いや、その前に数回、保土谷プールで着てるの」

「なにぃ、もしかしたら何回か透けてるのを、他人に見られてる可能性があるってことか?」

「うーん、アタシが保土谷に行く時は、殆ど他に人はいないから、そんなに気付かれてないとは思うんだけど…」

「うーむ…。まぁ、過ぎたことは仕方ないとして、即刻処分しなきゃな。由美、こういうのを、『安物買いの銭失い』って言うんだ。勉強したと思って、ちゃんとしたスポーツ店で買ってこいよ。で、1枚いくらぐらいするんだ?もう見に行ったのか?」

「………円」

由美は今度は、この前見てきたちゃんとしたメーカー品の水着が高いため、値段を言うと正樹が怒るかと思い、口籠ってしまった。

「なんだって?志村けんの神様みたいになっちゃうよ。いくらぐらいするの?」

「…千円くらい」

「もうちょい大きな声で頼むよ」

「7千円!」

「なんだ、由美が口籠ったりするから2万円とか3万円とかいうのかと思ったら、7千円か。気にするな、それくらいなら3枚くらい買ってやるから」

「本当?わーい、良かった!ありがとう、お兄ちゃん。だからお兄ちゃん、大好き!」

俺は又も繰り出された、『お兄ちゃん、大好き』に反応してしまった。一体いつから由美は俺に対してこんな愛情表現をするようになったんだ?


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お金は2万円ほど持たせてやるから、ちゃんとしたスポーツ店でちゃんとした水着を選んでこい…と由美に言ったのだが、どうしてもお兄ちゃんも一緒に来てくれと由美が頑なに主張し、根負けした俺は日曜の午前中から、横浜高島屋へ由美と出掛けた。

「お兄ちゃんとデートみたいで、なんかワクワクするね!」

「デートってなぁ…。サキちゃんに見られたらどうするんだよ」

「サキ姉ちゃんなら大丈夫じゃん。アタシとはもう姉妹の契りを交わしてるんだから」

「なんだ、それ。いつの間にお前はその筋の人になったんだよ」

「だからこんなことしても大丈夫だよっ」

相鉄線が横浜駅に到着し、一斉にお客さんが降りて騒然とする中、由美はそう言いながら、右腕を俺の左腕に絡めてきた。

「ちょっ、由美…」

「いいじゃん、時にはお兄ちゃんと…。いつもサキ姉ちゃんに取られてるから、たまにはアタシにも腕貸してよ」

そう言われると、断る訳にも行かず、そのまま腕を組んで高島屋に向かったが、日曜の午前だけに人混みも凄く、逆に腕を組んででもいないと、由美とはぐれそうだった。

「由美、しっかり掴まってろよ」

「うん。凄い人出だね、お兄ちゃん」

「なんだろうなぁ。何かやってんのかなぁ」

それもそうだ。この日は横浜開港記念日の翌日で、山下公園で一大イベントが開催されていたからだ。

2人がそれに気付くのは、高島屋に入ろうとした際、それっぽい看板を見掛けたからだった。

「お兄ちゃん、開港記念日だって!だから人出が凄いんだね」

「そうみたいだな。すっかり忘れてたよ」

「こんな日こそ、本当ならサキ姉ちゃんとデートしなきゃいけないのに…。アタシに付き合わせてゴメンね」

由美はしおらしくそう言った。

「まあな。でもサキちゃん、今日は何かバイトが入ってるとか言ってたよ。いつものバイトとかじゃなくて、単発みたいだったけど。それこそ開港記念日のイベント絡みだったりしてな」

「じゃあ今日はお兄ちゃんを独占しても大丈夫なの?」

「い、一応な。表面上だけは、だよ」

「やったぁ!」

そう喜ぶ由美を見ていると、由美が小学校に入ったばかりの頃、お兄ちゃんと遊びたい!と主張して、仕方なく俺が友達との予定をキャンセルして、由美に付き合った時を思い出す。

それから10年以上経ったが、素直に育った由美を見ていると、途中で脱線して変な道に進まなくて良かった、と心から思う。

「ねぇ、お兄ちゃん?スポーツ店、行こうよ〜」

「分かったよ。高島屋の何階にあるんだ?」

「確かね、5階だったと思うんだ…」

フロアガイドを見ていると、次々と人がぶつかってくる。

素直に育った由美だが、その分正義感も強く、短気だ。

わざとらしくぶつかってくるような相手に対して、睨むような仕草をし始めた。

(やばい、由美の変なスイッチが入る…)

「由美、5階だろ?とりあえずエスカレーターで上がろう」

俺は由美の手を引っ張った。

「ねぇお兄ちゃん!いくら混んでるからって、タックルみたいにして退け!ってぶつかってくるようなヤツには、足を引っ掛けて仕返ししてもいいよね?」

「まあまあ。お前が痴漢されたら、俺がやっつけてやるからな」

「本当?守ってね、お兄ちゃん」

なんとか怒りの焦点をズラし、由美を5階へと連れて行った。

「おぉ…。凄いなぁ。スポーツ専門フロアみたいで」

「でしょ?この前、副主将と来た時、圧倒されたの」

総合スポーツ店もあるが、中には競技に特化した店もあった。野球、サッカー、バレーボール、ゴルフ…。勿論、水泳もあった。

「由美は目を付けてるのとか、あるの?」

「…うん。あのね、スピード社の水着が、いい記録出せるって噂なんだ」

「どっかにスピード社の店、あるの?」

「あの…あそこ」

と何故か由美が照れながら指さした方向に、スピード社専門店があった。

「あれか。じゃあ、行こうよ」

「…うん」

由美は何故か照れている。

「どしたんだ?アパートでパンツ一丁の姿見ても何も言わないのに、水着選びは恥ずかしくなってきたのか?」

「な、なんかね。試着して、お兄ちゃんに見てもらおうと思ってたんだけど、なんか急に恥ずかしくなってきた」

赤い頬の由美がそう言う。なんだ、まだまだ可愛い所が残ってるな。

「もし俺に見てもらうのが嫌なら、店員さんに見てもらえよ。プロなんだし」

「そっ、そうね。あまりに恥ずかしかったら、そうする…」

妙な状態で、俺と由美はスピード社の専門店へ入った。

ちょうど昨日から、開港記念日に合わせ、今年の水着フェアをやっているようで、同じフロアの他店でも、華やかな水着が沢山飾られている。中には、水着姿のキャンペーンガールまでいる店もある。

(凄いなぁ。ここまで女子の水着商戦って激しいのか)

由美は店内に入り、やっと落ち着いて品定めしている。
俺は店の外から、由美を見守っていた。

だがこの後、予想外の出来事が待っているとは…俺も分からなかった。

<次回へ続く>


【筆者より】

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