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イチかバチか

6月になりましたね。
今年も半分…にはまだ早いですが、私、今後の人生を揺るがす山場を迎えております。

それは「転職」❗

実は昨日、5月末日をもって、30年以上勤めた某組織を退職いたしました。
只今、絶賛無職求職中でございます🙇‍♂

中途半端な時期の退職となりましたが、退職を決断するまでは本当に山あり谷あり…🏔🏔

これまた小説に書けるくらいの暗闘、葛藤が色々ありまして😅

とてもnote1回の記事では書ききれないので、いずれ小出しにでもしたいと思います✍


さーて絶賛無職求職中の私ですが💡

なんの考えもなく、家のローンもあと1年半残っているのに、退職を決めた訳ではありません。

私の目指す今後のステージは、「喋りで生きていく」です。
カラオケが好きなので、今から歌手を目指しても良いのですが、それでは家族を路頭に迷わせてしまいます💦

よく司会をするのが好きだ、と書いていた(かな?)のですが、それを本業にしようということなんです。
かなり先行きは厳しいですが、挑戦しがいのあることだと思っています。

私が人前で喋ることの面白さを初めて実感したのが、中学2年生の体育祭です。
何故か放送委員を務めることになり、何人かいる放送委員で調整し合って、誰がなんの競技を喋る、というのを決めていきましたが、1人で何種目か抱えつつ、私は体育祭、運動会のラストを締め括る全学年対抗リレーの喋りも任されたんです😅

そう決まったからには普通に
「只今の順位は1位紅組…」
みたいな、順位発表だけの放送にはしたくありませんでした。

折しもその頃は、テレ朝のワールドプロレスリングで古舘伊知郎さんが、独特の世界観をもった実況をしておられ、かなり有名でした。

私は古舘伊知郎を真似よう!と思ったんです💦

そして体育祭本番のリレーで、従来のような順位発表をした後、必ず一言付け加えるように放送しました。

「只今の順位は1位青組ですが、これがこのまま最後まで続くのでしょうか?はたまた4位の白組が下剋上を起こすのでしょうか?一寸先はハプニング、まだまだ最後のランナーがゴールするまで、結末は分かりません」

というような放送をしたんです。

すると大ウケしまして😁
先生方からはお前、来年も放送委員だなとか、将来アナウンサーになれとか言われ、14歳の私は調子に乗ってしまったんです(笑)

アナウンサーになるには壁が高すぎで諦め、地道な事務仕事を続けてきましたが、その間も仕事の会議での司会、娘の学校でのPTA役員として行事の司会、友人の結婚式の司会、中学、高校それぞれの卒業後30年大同窓会の司会、町内会の司会、とにかくお前喋れと言われたら迷わず引受け、どうすれば盛り上がるかとか、事前準備に頭を絞っておりました。

そして今。

なんやかんやありまして、私は組織を飛び出し、しばらく疲れ切った心身をオーバーホールさせてから、喋りのプロを目指したいと思っています✊

もちろん、即お金が稼げる司会者になれる訳はありませんし、それまではダブルワーク可能な、腰痛持ちの自分でも勤まるような職場も探します。

前回の記事で、なんとなく落ち着かないようなことを匂わせてましたが、このことでした。

ミエハル、アラフィフ前半にして再び挑戦をしたいと思います❗

どうぞ温かい目で見守ってやって下さいませ🙋

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