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交響曲大工番

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え~、今も昔も、さらにそのまた昔にも、勘違いするちょいと間が抜けた野郎ってのはいるもんでして。

この令和って時代になっても、まだ昔の感覚が抜けない、昭和?いや、明治?江戸の人間?みたいな男がいるんですなぁ。

越中「親方、親方~!大変なんすよ、親方!」

あ、越中ってのは「えっちゅう」と呼びます。誰ですか、「こしなか」って呼んでる人は。そんな呼び方する奴なんか知らないって!いつでもやってやるって!ここに連れて来いって!

・・・あ、失礼、話がそれましたな。とにかくこの越中、慌て者でございましてねぇ。

越中「親方!早く来てくださいよ!・・・早く来いって!」

長州「なんだテメエ、朝っぱらから大声出しやがって、何がやりたいんだ、コラ!」

この長州って親方も最近は優しくなったという評判ですが、下から噛み付いて来られると、生来の喧嘩っ早さがひょっこり目を出します。あ、親方の名前は、「ながす」と呼びます。「ちょうしゅう」って誰ですか?そんな呼び方する奴、かちくらわすぞ、コラ!え?キレるな?キレちゃいないですよ。

・・・また変な方に話がズレましたな、失礼、失礼。

越中「親方、また大工の仕事がキャンセルされちまいましたぜ。今年はどうなってるんだ、ったく」

長州「何、またキャンセルか!困ったもんだ。お前らにやる予定のボーナスも空っぽだ、どうしようもねぇな」

越中「どうしてこんなことになるんですかね、親方」

長州「まあ過去を振り返るのは好きじゃないが、昔は仕事が次々入ってきて、断るのに苦労したもんだ。勿論、財布も金庫もお金で溢れてたもんだ。それがいつの間にかこんなことになっちまってよ。追い打ちかけるように今年は変な病が流行ってるっていうじゃねぇか。踏んだり蹴ったりだ」

越中「オイラもこのまんまじゃ、おまんま食い上げでさぁ。・・・アッシ、今うまいこといいましたね、親方」

長州「誰が面白話しろって言ったんだ、このタコ!」

越中「ちぇっ、つまんねぇの。親方、このままじゃ江戸っ子なのに宵も越せねえから、なんかアルバイト探してもいいッスか?」

長州「仕方ねぇな。でも勝手に他の組に移籍したりするんじゃねぇぞ。もしそんなことしたら、契約違反で訴えるからな、コラ」

越中「いつ契約なんかしたんスか。よく分かんねぇけど、とりあえずなんか探してくるんで」

長州「おう。俺にもできそうなアルバイトがあったら、紹介してくれよ」

越中「親方は井戸の井の、ハッシュドタグでも付けて、ツイッターして探したらいいんじゃないすか?」

長州「バカなこと言うんじゃねぇ!お前、親切な人かと思ったら全然違うじゃねぇか、とっととバイト探して来やがれ!」

越中「はいはい、そうしますよ・・・」

と、大工の長州組の若旦那、越中は、町へバイトを探しに行くんですが、これがまたなかなかいいのがないんですなぁ。

越中「力仕事なら自信あるんだけどなぁ。なんかねぇかなぁ。・・・何々、伝説のロックシンガー、尾崎豊も愛したカレーもやってます、キラーカンの店・・・時給800円から・・・。良さそうだけど、うちの親方、キラーとかカーンとかいう単語を聞いたら何故か逃げ回るからなぁ、ここは止めとくか」

と再び街中を歩きだす若大将、越中。貼り紙見ててもロクなのがありゃしません。ブツブツ言いながら歩いていると、途中である若い二人組の女性とすれ違います。その女性達の会話がふと越中の耳に入りました。見返してその会を聞いてみると・・・

女A「第九が明日完成予定なのに、例の病で男の人が1人欠けちゃって、間に合わないみたいよ」

女B「えーっ、そうなの。やっぱ全体のバランスが大事だもんね。たった1人、されど1人だよね・・・」

女A「でも即戦力になる男の人なんて、いないよね。どうしよう」

その会話が聞こえた越中、鋭く会話に反応し、女性たちの後を追いかけ、尋ねました。

越中「お姉さん達、大工の男手が足らなくて困ってるって?」

女B「えっ、今の話聞いてたんですか?」

越中「俺も何か出来ることがないか探してたんで、是非紹介して下さいよ」

女A「でも~、明日はこの第九、完成してなきゃいけないのよ。すぐその場に馴染んでもらわなきゃ・・・。そんなこと出来ます?」

越中「ええ。俺は全国どこでも仕事があれば即参上、困ってる現場を救うのが大好きですからっ」

女B「・・・ホントです?」

越中「大丈夫だって!何でも任せてくれって!で、現場はどこです?」

女A「現場?変な言い方・・・。ま、とりあえず会場は、ここ」

越中「サントリーホール?おお、ここなら昔、関わったホールでさぁ、安心して下さいよ、お姉さん達」

女B「関わったことがあるの?お兄さんが?・・・とてもそうは見えないけど」

越中「勘弁してくださいよ。俺、全国のホールとかアリーナとか、かなり関わってるんスから。信じてくれって!」

女A「じ、じゃあ、とりあえず明日の朝10時に、サントリーホールに来てくださる?」

越中「へい、了解ッス。ちなみに今日はもう・・・」

女B「今日の第九はもう終わったの。あとは明日、本番一発よ」

越中「任しといて下せぇ、お姉さん。どんな現場でも即対応、キッチリ明日、大工として仕上げてみせますんで」

女A「じゃ、頼んだわ。必ず来てよね。来なかったら大変なことになるから」

女性2人組はそう言って、小走りに去っていきました。

越中「なんでぇ、人が足らねぇってっから行ってやるってのに、ツンツンしやがって。最近、ああいう女が増えてんのはいけねぇな。まあいいや、明日俺の腕を見せて、デレデレにしてやるって!」

越中はすぐのアルバイトは見付からなかったものの、とりあえず明日10時にサントリーホールに行けば仕事があると思って、上機嫌で親方の所へ帰りました。

越中「親方!一つバイト見つけてきましたよ!」

長州「おお、スゲェな。こんなに早く見つかるもんか?」

越中「ええ。女の2人連れが困った顔して男手が急に足らなくなったって話してましてね、ええ。じゃあ俺を代わりに使ってくれって言ったら、明日の朝10時にサントリーホールに来いって。望むところだってんで、受けてきましたよ」

長州「サントリーホール?なんだ、何か直してんのか?」

越中「そこまではアッシも聞かなかったんスけど、明日が完成日だってんで、外から見えない内部の補修かなんかでしょうよ、きっと」

長州「で、お前、バイト代はいくらだ?」

越中「へ?」

長州「テメー、コノヤロー、バイト代も確認してねぇのか、コラ!若い女に頼まれてスケベな根性でそのバイト受けたんじゃねぇのか?」

越中「そ、そんなことはないッスよ。明日ちゃんと仕事して、長州組の大工として立派なところを見せ付けてやるって!ツンツンした姉ちゃん共もデレデレにさせてやるって!」

長州「そうか。じゃ頼んだぞ。ちなみに俺のバイトは・・・」

越中「スンマセン、1人だけの募集だったんで。親方はツイッターでハッシュドタグ付けてバイトさせろ、コラ!とでもつぶやいて下さいよ」

長州「なーにがハッシュドタグだ、コラ!井の字を付けたらいいって聞いたが、井じゃなくてシャープ(#)を付けるのが正しいらしいじゃねぇか。しかもそれはハッシュタグっていうのが正解らしいじゃねぇか。お前まで違ったこと教えるんじゃねぇ、このタコ!」

てな具合で時代になかなか追い付かない2人でございますが、明日なんて日はすぐにやって来るものでございます。

越中「じゃあ親方、アッシは現場に行って参りますんで」

長州「おうっ、俺の組の名を汚さないよう、頑張って行って来てくれ!」

越中「任しといてください。サントリーホールは昔、建設する時に見習いとして参加してますんで、構造は知ってんですよ」

長州「頼もしいな。じゃ任せたぞ」

長州親方の見送りを受けて、越中は大工道具をライトバンに目一杯積んで、サントリーホールへと向かいます。頭にはヘルメット、上半身はポケットが沢山の作業着、下半身はニッカポッカという格好で、上機嫌でサントリーホールに辿り着きますと・・・

越中「意外に早く着いたな。えーと現場はどこだ?何?『ベートーベン交響曲第9番歓喜の歌 みんなで歌おう!テレビ生中継あり』へぇ、まあ時節柄年も暮れだし、アチコチでベートーベン歌ってんだろ。みんなでそろって天ぷらそば食~べよ~♪なんてCMあったな」

越中はとりあえず駐車場に車を停め、中へ入ろうとします。

受付「なんの御用ですか?」

越中「大工の越中っつーもんだ。今日完成させなきゃいけない現場があるけど、男手が足りないって聞いたから、助っ人に来たんだが、姉ちゃん、現場はどこだい?」

受付「現場?ウチは去年リニューアルしたばっかりで、どこも直してないですよ。どこか他の場所と間違えてらっしゃるのでは?」

越中「いや、昨日確かにサントリーホールが現場だって聞いたんだって!朝10時に集合って聞いたんだって!」

受付「朝10時ですか?第九の方々ならその時間に集合ってなってますが…」

越中「おうっ、間違いねぇ、大工が10時集合だろ?それだよ、それ」

受付「うーん、どうもお客様が仰る大工ではないような気がするので、上の者に確認してきます」

越中「おうっ、頼んだぜ」

越中が待っていると、次々と手慣れた様子で、交響楽団の演奏者が受付を通り過ぎていきます。

越中「おお、ベートーベンやらの人達か。でけぇ楽器もあるんだな」

そのうち、越中が昨日話をした女性2人連れもやって来ました。

越中「おうっ、昨日の姉ちゃん達。10時にはちょっと早かったけど、来ちまったぜ」

女A「お、お兄さん・・・」

越中「ん?なんかおかしいか?現場を聞いても受付の姉ちゃんは知らねえって言うから、上の人に聞きに行ってもらったんだよ。でも姉ちゃん達が来てくれたら話が早ぇ。現場はどこだい?」

女B「お兄さん、大工だったの?」

越中「そうよ。江戸にその名を轟かす長州組の大工、越中だよ」

女A「完全にお兄さん、勘違いしてるよ。アタシ達は、第九の男手が足らないって話してたの」

越中「だから、大工の男手だろ?」

しばらく沈黙が走った後、受付の女性が戻ってきて言いました。

受付「越中様、上の者に確認したのですが、やはり大工さんに頼んだ修理とかはしていないとのことで・・・」

越中「なんか話がおかしいな。ダイクだろ?ダイク、だいく・・・。ひょっとしてお姉さんよ、男手が足らねぇってのは、ベートーベンの第九で、後ろで一斉に歌ってる、アレのことかい?」

女B「そうよ!最初からそう話してたじゃない。第九の男の人が1人病気になっちゃって出れなくなった、どうしようって」

越中「カーッ、俺としたことが恥ずかしい。勘違いした!間違えた!これは申し訳ねぇ。出直して来らぁ」

女A「いや、ちょっと待ってお兄さん。勘違いかもしれないけど、来たからには参加してよ。お願い!ね?ねーんったらぁ」

やっぱりツンデレってのは増えてるのか、それまでのツンツンした態度とはガラリと変わって、女の色気でもって、人数不足を勘違い越中に埋めてもらおうと必死です。

越中「い、いや~、姉ちゃんにそんなに頼まれちゃ、仕方ねぇ。俺でも歌えんのか?第九ってのは」

女B「日本語のフリガナ付きの楽譜だから大丈夫!あとは衣装だけど、なんとかなるでしょ!あ、団長が来た、団長!この方です、昨日見付けたってのは」

団長「おお、君が突然のお願いにも関わらず我が団の第九を助けてくれるんだね、ありがとう。で、なんでそんな大工みたいな姿なんだ?」

越中「どうやら、こ、これには深ーい事情が・・・」

団長「まあいい。なかなかいい体してるな、君は。プロレスでもやってるのか?衣装はどうするかな」

女A「確か普段は使わないけど、4Lサイズのがあった筈です。それでなんとか」

団長「よし、控室へ来てくれたまえ。即席で教えるから」

越中「はっ、はぁ・・・」

さて本番はテレビの生中継も入っての大掛かりなものでございます。

長州親方も暇を持て余しているので、たまにテレビでも見るかとスイッチを入れてみたら、ベートーベンの第9が流れてきました。

長州「おぉ、丁度いいのが入ってるな。これ聴くと、年末って気がするよな」

と長州親方はせんべい片手にごろんと横になってテレビを見ていますと、どうも見覚えのある顔が・・・

長州「ん?コイツ、越中じゃねーか!何してんだ?」

そこにははち切れんばかりの燕尾服を着て、楽譜しか見てない越中が映っておりましたとさ。

悲しき大工と第九の勘違い、お後がよろしいようで・・・。

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