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西村京太郎を抜いてやる!

noteを始めてまだ1か月経っていない私ですが、昨日、noteに連載されていた恋愛小説を偶然拝読し、その緻密な男女の駆け引き、心理描写に圧倒され、ファンになってしまったライターの方がおられます。

私もいずれ、自分が中学3年生の時の、初めての彼女さんとの長い長い大河ドラマ(←自称)を小説として発表してみたいという野望があるのですが、まずはこのさゆりさんに弟子入りして、男女の心理的駆け引きの描写等を学ばねば、と思ってます。皆様も是非ご一読を!

時刻表に興味を持つ

さて私は自己紹介でも明らかにしておりますが、趣味の筆頭が鉄道関係です。
最近の言い方で言うと、乗り鉄、撮り鉄に属すると思いますが、幼い頃は時刻表鉄でした(^_^;)
初めて時刻表に興味を持ったのは、横浜在住時代の小学校入りたての頃です。
偶々東京出張中の伯父が我が家に立ち寄ってくれ、私にくれた小さなポケット時刻表に、小1の分際でめっちゃ興味を持ちまして、隅から隅まで意味もよく分かってないのに、熱心に読んでいたのを覚えています。

翌小学校2年生の時、昭和53年10月に国鉄のダイヤ改正がありまして、特急列車の表記に革命がおきました!
…革命は大袈裟ですが、それまでは下り列車も上り列車も、特急や急行は1号、2号、3号、と順番に名付けられていたんです。

それが、下りは奇数、上りは偶数に変わったんです。
新幹線では、前から下りと上りで奇数、偶数と分けていたのですが、それを在来線にも導入したんですね。
このため、狩人の名曲である「あずさ2号」は松本始発の新宿行きになってしまい、8時丁度に新宿を出るのは「あずさ3号」になってしまったという逸話もあるんですよ。

さてその小学生時代は、横浜から富山へ帰省する際には上野発の特急「白山」特急「はくたか」を利用していました。
「白山」は1日3本、「はくたか」は1日1本でした。
それが、昭和53年10月のダイヤ改正時刻表を見ると、上野発の「白山」5号まであるじゃないですか!
奇数と偶数に分けたなんて知らない当時の私は、単純に「白山」が増発されたと喜んだんですが、どれだけ探しても上野発の「白山」は、他には1号3号しかない…。

父に聞いて、やっと意味が分かりましたが、それでも8歳の私には納得はいきませんでした(笑)

土曜ワイド劇場

私が小学生の時の土曜日の過ごし方といえば、午前中は学校、昼から帰って友達と遊んだりして、風呂に入ってからクイズダービー、そして8時だヨ!全員集合を見るのが定番でした。
8時だヨ!全員集合を見た後は、カトちゃんに言われた通り歯を磨いて寝ていたんですが、小学4年生のある日、夜の9時過ぎに出勤する父(三交代制の職場でした)が、時刻表や鉄道好きなお前に面白そうなドラマがあるから見てみなと言い残して、TBSからテレビ朝日にチャンネルを変えて出勤したのです。

そこで始まったのが、土曜ワイド劇場「寝台特急さくら殺人事件」

2時間があっという間に感じるほど、大興奮して見ましたよ!
今冷静に考えたら、有り得ないトリックなんですが、それでも自分の好きな鉄道で事件が起きて、アリバイはこう考えられていたという謎解きにハマりまして、さっそく私は小4の分際で、原作者の西村京太郎の小説を買ってくれと親にねだるようになりました。
漫画じゃないからか親も寛容で(苦笑)、カッパノベルスから出ていた推理小説を、2冊買ってもらいました。

その2冊を読んだ後、私はテンションが上がり、時刻表を駆使したトリックを色々考えるようになりました。
いくつか考えた後、それを文章にしなきゃ気が収まらなくなった私は、小4の分際で原稿用紙に「国鉄九州殺人事件」というのを書き始めました(^_^;)

現存していれば読み返して、その稚拙さに笑ってしまうだろうと思いますが、小4当時の私は必死で、
「この推理小説で西村京太郎を抜いてやる!」
等と偉そうなことを周囲に吹聴し、一気に原稿用紙80枚の推理小説に仕上げたのです。

実際はその80枚の小説をどうしたかというと、何かの文学賞に応募したわけでもなく、自己満足で終わってしまったんですが、鉄道を使ったトリックはその後もダイヤ改正がある度に思いついては、ノートに記録していきました。

西村京太郎先生も、今やどの出版社から出す本も、十津川と亀井のトラベルミステリーになっちゃって、しかも昔みたいに細かく考えられたトリックはなく、粗製乱造の域に達してしまわれたような気がしますが、それでも私に「推理鉄」という新しい鉄道の見方を教えてくれた大先生として、尊敬しております。

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