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【たべもの九十九・ま】マンハッタンクラムチャウダー

(料理研究家でエッセイストの高山なおみさんのご本『たべもの九十九』に倣って、食べ物の思い出をあいうえお順に綴っています)

私はかつてフジテレビのアナウンサーをしていた。
今回はその頃の話になる。

入社後2ヶ月ほどの研修を終えて、初めてテレビに出たのは関東ローカルで夕方に放送していた情報番組だった。同期3人と一緒に新人アナとして紹介された。そこで各自のアナウンサーとしての「夢」を聞かれた。

同期のみんなは「情報番組の司会をやりたい」「スポーツ実況をやりたい」「噛めば噛むほど味の出るスルメのようなアナウンサーになりたい」などと真っ当な回答をする中、私一人「空を飛びたいです!」と番組の空気を読まない発言をした。意図したのは、飛行機に乗って世界をいろいろ回ってリポートしたいということであったのだが、言ってはみるもので、その後、『なるほど!ザ・ワールド』という海外の珍しいこと、ものを取材するクイズ番組のリポーターの仕事をいただいて十数カ国を歴訪し、さらにニューヨーク支局の駐在員としてアメリカで2年間過ごす機会を得た。

英語もろくに話せないのによく行ったなと思うが、私が主に担当したのはアメリカに住む日本人向けのニュース番組と、ニューヨーク株式市場の様子を日本向けに中継する仕事だったので、英語があまりできなくてもとりあえずなんとかなった。

世界各国の人が集まり人種のるつぼと言われる大都市、摩天楼が林立していて、自由の女神があって、経済とエンターテイメントの街であるニューヨークに「住む」という行為は、今振り返ってみても相当にエキサイティングであった。

住んでいたのはマンハッタンの中のミッドタウンイースト
という地区である。最寄駅がグランドセントラル駅であった。地下鉄と遠方へ行く列車の両方が発着する東京駅のようなところだ。

構内にショップやレストランがあるところも東京駅と似ている。その中の一つに「グランドセントラルオイスターバー」がある。ニューヨークで一番有名なシーフードレストランといっても過言ではない。

テーブル席とカウンター席があって、カウンター席は割と気楽に食べられる。例えば牡蠣2つとスープにワインといった感じで。

ここの名物料理がマンハッタンクラムチャウダーだ。
クラムチャウダーといえば、普通、ハマグリとかアサリなどの二枚貝(本場アメリカではホンビノス貝が使われる)と玉ねぎ人参、じゃがいもなどの野菜を入れた牛乳ベースのクリームスープであるが、マンハッタンクラムチャウダーはトマトスープなのである。タイトルに使った写真のスープがそれである。

牛乳を使った白いクリーミーなクラムチャウダーはニューイングランドクラムチャウダー、あるいは単にクラムチャウダーと言われ、共に東海岸の名物料理だ。私はこのクリーミーなニューイングランドクラムチャウダーの方が好みで、オイスターバーで初めてマンハッタンクラムチャウダーをメニューで見た時も、ニューヨークにはトマト味のクラムチャウダーがあるんだなくらいにしか思わなかった。

それなのに、今ではニューヨークを訪れた際には、ほぼ100%このマンハッタンクラムチャウダーを食べるためにオイスターバーに立ち寄る。そればかりか、品川駅のアトレの中に「グランドセントラルオイスターバー」東京店ができてからは、その味を求めて何度通ったことか。

私はいつからマンハッタンクラムチャウダー派に変わったんだっけ?

おそらくは結婚してからだ。
家族がチーズを始めとして乳製品が苦手なのだ。牛乳は飲むし、バタートーストも好きだし、チーズもピザだけは食べるのだが、チーズ単体や料理にチーズが混じったり、バターやクリームを使った料理に対しては心底嫌そうな顔をする。嫌そうなだけではなく、もちろん食べない。私が目の前で食べていても匂いがするので嫌がる。
必然、家族との食事ではチーズやバター、クリームは使わないし、外食でも注文しないのが不文律となっていった。

私がニューヨークで暮らしたのは1989年の秋から1991年の秋までの2年間であるが、実は家族も同じ時期にニューヨークにいた。誠道塾というニューヨークに本部を置く空手道場で、1990年から1997年、空手の修行をしていたのだ。

グランドセントラルオイスターバーで、クリームが苦手な彼が好んで食べたのは、マンハッタンクラムチャウダーであった。仕事と空手修行の合間に時折店を訪れてそのスープを食べていたらしい(具沢山なので「飲む」というより「食べる」の方がしっくりくる)。

駅や空港など、旅人が行き交う場所は異邦人にとって溶け込みやすい。ニューヨークは多人種が集まっていたから外国人であることは珍しくはなかったが、それでも明らかに有色人種ゆえに拒まれている見えないガラスの壁を感じたことはある。オイスターバーではそれを感じなかった。
一人でオイスターバーのカウンターに座り、グラスワインを飲みながらクラムチャウダーを食べていると、ニューヨーカーの一員になれたような気がして居心地が良かった。

後年、家族が東京に誠道塾の道場を開き、私はそこの生徒として出会った。空手の本部がニューヨークなので、結婚後の会長へのご挨拶だったり、世界大会への参加だったり、数年に一度は二人でニューヨークを訪れた。
その時に必ず立ち寄るのがグランドセントラルオイスターバーだ。トマトと魚介の風味と独特なスパイスの香り。住んでいた時の思い出もスープの調味料にしながら二人でマンハッタンクラムチャウダーを食べる。それがニューヨークに行った時の家族との恒例行事になっている。

食べ物には思い出が宿る。マンハッタンクラムチャウダーを食べる時、私たちはニューヨークの思い出も一緒に食べている。


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