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「自分らしい出産」の先に何があるのか

助産師 Beniです。
助産師として働く中で、社会全体が女性の身体のことを理解できたら、
考え方や仕組みがアップデートされて、女性がもっと生きやすくなると考え、
日々考えていることや伝えたいことを綴っています。

今日は、出産体験と自己実現について考えていきます。

先日、興味深い記事を目にしました。
アーティストであり、「水曜日のカンパネラ」の初代ボーカルをしていたことで広く知られているコムアイさんが妊娠を発表したと同時に、出産をアマゾンの奥地で、それも原住民のもとで行う、という内容でした。
概要としては、彼女は現在、映像作家で文化人類学者の太田光海さんとパートナーシップ関係にあり(事実婚という形はとっていないとのこと)、彼との間に第一子を妊娠中。
出産に向けて太田氏が彼女の妊娠・出産をドキュメンタリー映画として作成する予定であるとの内容でした。
あるインタビュー記事でコムアイさんの語りを読む機会がありました。
彼女は以前より自然分娩に興味があったとのことで、以下のように語っています。
「妊娠・出産に関しては、何が良くて、何が悪いというのは、時代や場所、人によってもさまざまですよね。自分でいろいろ調べていって、いくつか大事にしたいことがあるんです。例えば、無菌ではない状態で産むこと、分娩台に固定されるのではなく、自由に体勢を変えながら産めること、へその緒をすぐに切らないこと、親族じゃなくても立ち会いができる、おっぱいをすぐ吸わせること…。そういうことを考えると、現代の病院で産むよりも、昔ながらの方法のほうが、私が理想としている出産に近い気がしたんです。」
彼女は出産に向けて病院探しをしている際に、いくつかの産院が父親に対して軽視しているような姿勢であると感じ、違和感を抱いたとことも語っていました。
そういったことを統合して考えた時、日本での産婦人科や助産院での出産が彼女の希望にはそぐわなかったと。
そして、いくつかの要因が重なって2人で出した結論が、太田氏の知り合いでもある(以前、映像作成の際に関わりのあった部族であるとのこと)アマゾンのワンピス族という村で産婆さんを紹介してもらい、そこで出産をするということ。
そこでは、薬草や食べ物に精通した産婆さんが関わってくれる、何世紀もの間受け継がれてきたノウハウのもと、そのほとんどが安全に自宅出産を行なってきているということも2人が出産場所として決定した要因であるそうです。
そして、「胎児の目線から、この世界はどう映るか」をキーコンセプトに映像を作成し、出産体験を通して世の中を見つめ直す、ということを行なっていく、という内容でした。

この記事を見ての第一印象は「かなり個性的な考えだけれど、出産を通して様々な事柄を捉えようとしている姿勢が、さすがアーティストだな」というものでした。
確かに、様々な批判的意見も様々な視点から多く出てくることと思います。
「出産はそれだけでも命がけのことであるのに未開の地で出産しようなんて命を軽視している」
「生まれてくる子どもに対して最善の医療を提供することができる環境にいるのに何故リスクを取るのか」
「親側の勝手ではないのか」など。
そのような考え方も浮かんでくる反面、妊娠・出産という経験をただの通過点としてではなく、この事柄が自分にとって、そしてパートナーにとって稀有なものであることを意識し、そこから自分たちのなし得たいと思う出産体験を模索していることに強く関心を抱きました。

大学病院でのお産介助をスタンダードとして働いてきた私には選ぶことができませんでしたが、女性と胎児のもつ力を最大限に発揮し、より自然なかたちでの出産を選択する女性は一定数存在します。
助産院での出産にも色々なパターンがありますが、分娩台で仰向けの姿勢で出産するのではなく自分の楽な姿勢で出産できるフリースタイル分娩や、水中出産、自宅出産、などの選択肢もあります。
また、海外ではイルカのヒーリング効果をとりいれたドルフィンセラピーという手法で、イルカともに水中で出産する方法も一時ブームとなりました。

さて、あなたは「バースプラン」というものを聞いたことがあるでしょうか?
バースプランとは、直訳して「出産計画」という名の通り、陣痛の間の過ごし方や出産時、そして産後の入院期間に女性とパートナーがどのように過ごしたいか、どんなことをしたいか・したくないか、そして医療者に求めたいこと、などを予め考えておく計画のことです。
例えば、「旦那さんに立ち会ってもらいたい」「赤ちゃんを最初に抱っこするのはパパがいい」「赤ちゃんが産まれる時にこの音楽を聴かせてあげたい」「臍帯のカットはパパにやってほしい」「不安が強いので適宜状況を教えてほしいor言わないでほしい」「とにかく褒めて欲しい」など、様々な内容が挙げられます。
このバースプランにより、出産に際しての希望や自分自身の考えが整理されるだけでなく、関わる医療者へも意思表示することができ、産婦と医療者の両者間で擦り合わせを行なった上で出産を迎えることができるようになります。
もちろん、出産は緊急対応が必要なこともあるため、全ての希望を叶えられるわけではないこともありますが、できる限り希望に沿うように医療者側はバースプランを把握して出産に付き添います。

でも、どうしてこのようなことが必要なのでしょうか。
母子が安全に出産を終えることができればそれでいいんじゃないか、そんな意見もあるかもしれません。
このようにバースプランを重要視するのは、女性にとって出産というライフイベントが大きな影響を与えるものであること、そして、「私らしい出産ができた」など出産における満足感や達成感が高いほどその後の育児に積極的になれたり、肯定的になるという研究結果が出されていることも理由に挙げられます。
でも、「バースプランって?お産の間にやりたいことなんて特にないですけど」と困惑する妊婦も少なくはありません。
私が大学病院で働いていたことも一因かもしれませんが、出産において「産婦さんが主役」であることは間違いないのですが、その主役があんまり主役であることに積極的でないことも珍しくないように思います。
かつては、産婆さんが自宅に来て産むという流れが主流だった出産が、いつしか病院で産むことがスタンダードとなり、病院に入院したらその後は医療者側に「やってもらう」「無事に産ませてもらって当たり前」という意識が生まれているのでは、と指摘する意見もあります。

ただ、「是非このように考えて欲しいな」と思うのは、あなたの結婚式の時、プランナーさんと“その日”のために綿密にプランを立てなかったですか?ということです。
披露宴には誰を招くのか?
どんな雰囲気の会にしたいの?
ドアが開いた時の音楽は?
テーブルの上に飾る花は?
食事や飲み物は?
どれもこれも、「私たちらしい結婚式」を演出するためのものでしたよね。
そして、何故こんなにこだわるかというと、「新しい家族の始まりを満足いくものにしたいから」「後悔のないように、その時間と空間を大切にしたいから」ではなかったでしょうか?

出産はどうでしょう?
新たな家族を迎えるセレモニーでもあります。
また、これまで長い妊娠期で起こってきた様々な体の変化や不具合に適応し、赤ちゃんを育ててきたゴールでもあります。
赤ちゃんを迎えるための自宅の用意だって、家族と話し合い、大きなお腹で遂行してきました。
そのゴールでもあり、スタートである出産ができ得る限り満足のいくものであってほしいと産婦人科に携わる医療者は望んでいます。

冒頭で紹介したコムアイさんはそういう視点から捉えると、出産を自己表現のひとつとして考え、妊娠・出産を通してこれまでとは違う視点で世界を見てみようとしており、自分自身の妊娠・出産体験への積極性をとても感じます。
医療的な安全面の確保などは彼女たちの課題ではあるかもしれませんが、“彼女とパートナーにしかできない出産”、“彼女とパートナーが納得できる出産”について意見を交換し合い、考えたことが伺えます。
(ただ、本当に何よりも命あってのことではあるので、彼女たちの出産が無事であることを心から祈ります。)

かく言う私も、2週間後にバースプランの提出が迫られています。
もしかすると、助産師である自分と会社員である夫の間の出産に対する認識の違いに、年甲斐もなく熱くなってしまうこともあるかもしれません。
でも、出産は自分自身を形作るもの、だと私は考えます。
一生のうちでそう何度も経験することのできない家族を迎える瞬間が、私と私のパートナーらしいものになるよう準備していきたいという期待があります。
結果として、実行できないものがあったとしても問題ではなく、そこに至るまでに考えたこと、出し合った意見、かけた時間がその後の育児に何らかの形で活きてくるのでは、と考えているからです。
そして、その経験を通してバースプランがより活発なコミュニケーションツールとして出産体験の充実に活用されるような声を出せたら、と考えます。

参考・引用:nippon.com コムアイ、アマゾンで出産へ パートナー太田光海が胎児の旅を映画化 松本卓也 2023.05.05


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