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丸くて、星みたいなひと。

”おとなしそうで、真面目なひと。”

彼女を初めて見たとき、そういう印象を受けた。

朝はみんなより先に、余裕を保って席に着く。
すべきことは的確に、不明点は早めに解消。
控えめな音量の言葉に、彼女の繊細さが漂う。

私が思う、前の席に座る井上さん(仮名)の人間像。


シンプルな装いに、ベーシックなカラーが基本。
紺色、茶色、差し色は白色のカーディガン。
主張し過ぎないコーディネート。

そこに、お手入れの行き届いたキャメルのバッグに、日によって変わる足元。バッグとお揃いのキャメルだったり、白や黒のレザーのシューズ。

「バッグ、いい色合いですね。靴との相性もすごく素敵です。」

「ありがとうございます。ずっと使ってるんです。」

どれも彼女らしさがあって、馴染んでいて。
見ているこちらが何故だか安心するような、落ち着きがあった。



その井上さんが、たまに学校を休むようになった。

どうしたのだろう、と心配になった。真面目すぎて、自分で自分を追い込んではいないだろうかと。


週明け、数日ぶりに顔を合わせた。

「体調不良でしたか?お休み珍しかったので。」

「いえいえ。ちょっと暑くって。」

「え?」

思わず、聞き返してしまった。だって、暑いから休む、とはびっくりしてしまって。ましてや井上さんが?と思ってしまったから。

「私、〇〇出身(寒い地域)で、東京の夏はだめなんです。」

「ここ最近暑いですもんね。夏バテ、ですか?」

「いえいえ。夏バテ前です。予防線を張ってまして。」

思わず、ふたりして笑ってしまった。だって、予防線張る、とはイサギがよくって。

もう東京にきて、ずいぶん経つというのに、どうも夏だけは受け入れられない。きっとこれからも、変わりそうにもないんだとか。

毎年、バテてしまう前に、自主的に引きこもる。事前に、”もう無理かも!”センサーが発動したら、躊躇なく自制する。これで、バテることなく、今日まで生きてこれたのだそう。



バタンと倒れてしまっては確かに遅いし、厄介ごとが多い。自分の限界を知って、予測して、対策をする。

”自分”という存在を受け入れて、無理をさせない。上手に付き合っていく。

これって、きっと簡単じゃない。



「暑い夏、どうやって乗り切ります?」

そんなたわいもない話をしてみた。

「キンキンのお酒ですかね。」

「ビールですか?」

「ビールです。結構いけます。」

控えめそう、と勝手な印象をいだいていた彼女。

が、自ら飲めちゃうアピールをするなんて、お茶目だし、本当に飲めてしまうひとなのだ。きっと、お酒を美味しそうに飲むひとなのだろうな、と。


お休み中に課題を進めてきた井上さんは、なんとも涼しいお顔。

いつも一歩先におられる、そんな印象。手がはやい、というのもあるが、コツコツと授業後や自宅で自主的に進めておられるのもある。

手元には、しっかりと作り込まれた渾身の作品。

真面目でもある。それに、好きだからというのも、どうやらありそう。

その描かれた魂を見て、思った。


おとなしそうで、真面目なひと。

これは、最初と今も変わりない彼女への印象。

自分の裁量を知り、その中でうまく扱う。現実的で最短のルート。

そこに灯す、自身への労りと、情熱。


「好きだなあ。」と思った。

丸くもあり、棘もある、星みたいなひとだ、と。


無事、課題を終えた日には、「一杯どうです?」と誘ってみよう。

とひとり願った、七夕も終わりの日。


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