M013. 【思考法・本】具体と抽象
「ミドリムシが動物か植物か考える」中で、読んだ本の内容やそこから学んだことについて書き留めるnoteの【12回目】です。
これまで言語学や言語哲学関連の本を中心に読んできましたが、今回は僕が【思考法】と呼びたいジャンルの本を読みました。ビジネス書とか、実用書とか、自己啓発本とか、書店の本棚だったら”人文・思想”だとか、いろんな名前で形容されうると思いますが、「こんなふうに物事を考えると良いですよ」という本のジャンルを【思考法】と呼ばせてください。
今回は「抽象化」に焦点を当てた、同じ著者の2冊の本を読みました。
① 細谷功・著『具体と抽象』(2014年 dZERO)
② 細谷功・著『「具体⇄抽象」トレーニング』(2020年 PHP研究所)
まず一般的なレビュー
今回の本は、物事を具体的に考えたり抽象的に考えたりすることの良さや、適所、二つの考え方のギャップについて解説するものです。基本的には抽象的なものの考え方の重要さを推していて、具体的な考え方だけではいけませんよ、という論調です。
特別意外なことが書いてあるというわけではありませんでしたが、あたりまえに感じていることを改めて整理して提示してもらえ、自分の考えを整理するのに役立ちました。読んで良かった本です。
「論理的に抽象化された分類」と「本来的に抽象的な分類」
僕が今回の本を選んだのは、生物の「分類」概念と、「抽象化」という概念には密接な関わりがありそうだと感じていたからです。そしてやはり本の中に、生物の分類概念に触れる箇所がありました。
僕はここで、生物の分類は、その概念の習得され方によって2種類に区別できる可能性があることを提示したいと思います(分類を分類しようとしている…)。これまた直観的な話で、まだ根拠は弱いのですが、中途の考えを記録しておくのも僕のnote活動の目的ですので…
一つは、「論理的に抽象化された分類」です。まず様々な具体物があって、それらに共通する特徴が抽出されることで作られた抽象的な概念として定義される分類です。これは各々の具体物の特徴を精査した上で、意識的に作られる概念です。先の引用内で説明されていたのも、この分類概念でしょう。ただし、その例として「魚」や「鮪」が挙がっていましたが、僕はむしろ、もっと専門用語然としたものがこのタイプの分類の典型だと思います。「頭足類」(イカやタコが含まれる分類)とか、「褐藻類」(コンブやワカメが含まれる分類)とか。
では「魚」や「鮪」はどういうタイプの分類かというと、「本来的に抽象的な分類」の典型だと思います。「動物」「植物」もこのタイプのように思えます。これは意識的な抽象化を経ないで習得される概念です。具体例を示すことができるという点で、やはり抽象的な概念ではあるでしょうが、抽象化の結果として生まれたわけではない分類です。ではどうやって習得される概念かというと、例えば周囲の人が「魚」と呼ぶ生物を自分も「魚」と呼ぶ、という形で習得される概念であったり、単数もしくはごく少数に対して名付けられる種名であったりすると思います。『名指しと必然性』の時に扱った【自然種名】は、こういったタイプの分類概念の名前のことではないかと思っています。
この2種類の分類を区別しておくことの効用を今ははっきり示せないのですが、何となく、いくつかの分類議論の解決の助けになる予感がしています。(「鳥は恐竜である」とか、「タラバガニはカニじゃない」とか、「ミドリムシは動物でも植物でもない」とか…)
用語の定義と後追いの知識
僕は自分の探究において、日常言語と専門用語の摩擦についての考察を要すると思っています。つまり、専門用語の定義が日常言語の使い方に訂正を迫ることは、いかにして正当化されうるのか?というところが気になっています。今回読んだ本の中にも関連する部分がありました。
改めて確認するまでも無く、日常言語と違って専門用語は定義が明確ですよね。場合によっては定義の仕方についての論争があるかもしれませんが、それも基本的には立場ごとに明確な定義が用意されているはずです。そうでないと、学術的な意見の交換とか、正確な情報伝達に支障をきたしてしまうでしょう。
しかしそれはあくまで、専門領域の議論の場で必要に応じて用意された定義やルールであって、日常言語の在り方が、後追いの専門用語に規定されることが正当化されるわけではないはずです。次の引用でも後追いの知識にこだわりすぎるのは良くない旨のことが書かれています。
「後付けだったはずの理論やルールに現実を合わせようとするのは完全な本末転倒」ということは、ここでは、「現実」によく合うように理論やルールを採用せよ、という考えが背景にありそうです。後追いで生まれた知識であっても、それが現実をよく反映しているのであれば、それはいろいろな意味で「良い」知識かもしれません。
『名指しと必然性』においてクリプキは、科学的探究が自然種の本性を発見すると考えていました。これはつまり、現実をよく反映した知識を科学的探究がもたらすということかと思います。『言語哲学大全Ⅳ』で引用されていたところによると、クワインは、科学が最も真実に近い最上の知識を提供してくれると考えていたようです。つまり、明確な定義や理論で裏付けされる専門用語の中でも、科学の言葉は現実によく合うものだと考えられやすいようです。仮にそれが正しかったとして、では分類学は科学なのでしょうか? 「頭足類」や「褐藻類」といった、明確な定義によって決められた抽象的な分類概念は、現実を反映した最上の知識なのでしょうか? もう少し科学哲学方面の勉強をする必要がありそうです…。
折り曲げの世界観
抽象的なものの考え方のひとつとして、対になる二つの概念を、それを両極端とする軸で捉えるというものがあります。次の引用は、理系と文系を両極端とする軸についての説明です。
面白いのは、さらにこの軸を、"折り曲げる"という考え方です。その過程に、分類学の歴史との類似を見ることができます。
分類学史、特に動物と植物の分類についての歴史はまた別の機会にきちんと調べますので、今は誤ることもあるかもしれませんが、「軸」の話に寄せて分類学史をまとめると、およそ次のような変遷であったと思います。
まず動物と植物は1本の軸の両極のように捉えられていました。動物の方が植物よりも、何らかの意味で「優れた」存在で、その頂点に人間が位置するという分類観です(古代ギリシャのアリストテレスがこの分類観だったと思います)。サンゴとかホヤとか、ちょっと見ただけでは動物なのか植物なのか区別しづらいような生物が、軸の真ん中あたりに位置づけられ、またその頃、まだ微生物は発見されていませんでした。
微生物の存在が認知された頃、分類観の再編が起き初め、動物・植物軸は折り曲げられます。そして微生物が折り目のところに位置し、軸の方向性は生物としての「発達」の度合いと捉えられ、現代でも通用するような「下等生物」「高等生物」といった概念の下地ができました。
その後更に再び軸が折り曲げられ、生物の中に高等・下等の区別はなく、共通の起源生物から皆同じ時間を経て進化・多様化してきた生物たちであると考えられるようになってきて、現代に至ります。
かなり端折ってまさに抽象的に眺めた分類学史は以上のようなもので、「折り曲げの世界観」と似たところがあります。もしかすると、抽象概念の発展の仕方には共通のパターンがあるということなのかもしれません。
「プロの仕事」
本では、いくつもの抽象的な考え方を紹介した後、「プロの仕事」像なるものが述べられていました。
これは自分も意識しておきたいところです。僕のゴールは「ミドリムシは動物か?植物か?」という問いに対するベストの着地点を示すことです。幅広い具体的知識を充実させる必要がありますし、もしこの問いが「不自然に具体的」なのであれば、抽象的な概念を上手く使いこなして解決に至ることも必要でしょう。
余談:具体化と抽象化の最果て
この本によると、具体と抽象の関係は相対的で、どこまでも続けていくことができるそうです。
抽象化は複数の具体概念をひとまとめにするものでしたから、抽象概念はどんどんいろいろな概念をまとめて抽象度を上げていくことができるはずです。そしてすべての概念をまとめたとき、その抽象概念は「世界」でしょう。では、さらに「複数の世界」をまとめることができるとしたら? つまり、「可能世界」の概念です。すべての可能世界をまとめた概念は、「論理空間」でした。論理空間の外は、少なくとも論理的な考えのまま到達することはできない、「語りえぬもの」でしたね。とすると一応、抽象化の最果ては論理空間ということになりそうな気がします。
では具体化は続けていくとどうなるでしょうか? 先の引用では、「おにぎり」の具体化は「鮭のおにぎり」だとかになるということでした。この先の具体化は、例えば鮭や米が〇〇県産だとか。でもきっと、極めつけの具体化は、ある特定のおにぎり1個を指し示す概念になりそうです。これって、単称名ではないでしょうか。しかし、単称名もまだまだ抽象概念ですね。異なる可能世界の各々の存在者をまとめて指示できる概念だからです。特定された可能世界の単称名の指示対象まで行くと、これが最も粒だった具体化の最果てかもしれません。
これが僕の探究に何か役に立つかは分かりませんが、少し言語哲学を勉強した効用として、面白い発想が出てきて楽しい……というだけの話でした。
おわりに
今回は思考法ジャンルの本でした。直接的に生物の分類に関する話題は少なかったですが、僕にとっては示唆に富んだ内容だったと思います。今後もこういったジャンルの本は読んでいく予定です。
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