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おかえり横道世之介 善良であることを諦めちゃいけない

おかえり横道世之介 著 吉田修一

前作 『横道世之介』は、世之介の大学時代を描いた作品。一方本作は、大学卒業後、バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、バイトとパチンコで食いつなぐ世之介と、その友人たちの『人生のダメな時期』の愛しさを描いた作品である。

世之介は、人生の目標なし、職なしでフラフラしている印象だが、なぜか憎めない。
世之介の周りにはいつも誰かがいて、愛されいて、そして世之介も人を愛している。
特別何かに長けているわけではない。強いて言うとするなら、《人から愛される才能》がずば抜けている。



今回は、本作の魅力、世之介という人間の魅力ついて考えていきたい。
(ここからネタバレ含みます)




なぜ私は、本作を愛してしまうのか?

①本作の魅力
まず、登場人物がみんな魅力的なのだ。
世之介はもちろん、恋人のシンママ桜子、友人コモン、鮨職人を目指す坊主頭の女の子浜ちゃん、桜子の兄で根っからのヤンキー隼人。第一印象は悪くとも、みんな憎めないいいやつ。
個人的にはコワモテ理容師も推したい。世之介の成長にいち早く気がつく、なんやかんや優しい男性である。

そして、会話も魅力的。
セリフがいちいち心に刺さる。

いやだからさ、幸せそうだってことよ。なんか私にしても、コモロンにしても、みんな、いろんな夢を追ってるじゃない。でも、結局、そのゴールって、こうやって楽しそうにスーパーでちらし鮨買ったり、おいしかった焼肉のタレ、探したりすることなんじゃないかなって
ゴール より

友人、浜ちゃんなりの、幸せの見解。
世之介と桜子が、スーパーで真剣に、でも楽しそうに買い物する姿を見てのひと言である。
幸せとは、お金持ちになったり、職場で高い役職に就いたり、かっこいい彼氏をつかまえたり、仕事やプライベートにおいて夢を叶えたり、、、と、人それぞれだが、本来、素朴で日常的なものなのかもしれない。
素朴な喜びやときめきが、本作にはぎゅっと詰まっている。それは、世之介を代表とする登場人物個々が素朴な幸せを噛み締めているからである。

この年の暮れにギックリ腰で動けなくなって、田舎から
出てきた親父と2人、この狭いアパートで気まずく過ごしたことをさ、ちゃんと覚えとけ。ここがお前の人生の1番底だ。あとはここから浮かび上がるだけ
プロポーズ  より

ギックリ腰になった世之介の元へ駆けつけた、父のセリフ。
こういった類のセリフにありがちなのが、『ちゃんと正社員の仕事探した方いいよ』とかのアドバイス。そんなんわかってるっつーの!と、私が世之介ならそう思うな。
しかし、世之介父は、違うんだな。厳しいこと言うけど、《あとはここから浮かび上がるだけ》という優しさが沁みる。
この言葉によって、世之介のギックリ腰は一時軽くなった。
きっと、当時の世之介にいちばん必要な言葉だったのかもしれない。


なぜ、世之介はみんなから(私からも)愛されるのか?

②世之介という人間の魅力
横道世之介。名前のインパクトはかなりあるが、彼自身は、平穏を望む、一見どこにでもいる男の子なのだ。
しかし、彼の周りにはドラマが絶えない。
それは、皆、世之介にそばにいてほしいから。
世之介は、本作で多くの人の人生の転機を見てきた。
鮨職人を目指す浜ちゃんが坊主頭にすることを決意する瞬間。
退職しアメリカへ留学するコモロンの旅立ち。
親友の死を乗り越える桜子の兄、隼人に寄り添ったのも世之介だった。
平凡な男・世之介の人より長けている点は、誰かを助けるときの行動力
例えば、ブラックな自己啓発系の研修を受け、罵声を浴びているコモロンに『何してんだよ』と声をかけるシーン。『いいから!』とコモロンに突き放されてしまうが、コモロンは後に研修を辞め、アメリカに行こう、と世之介を誘う。
世之介の行動力は、確実にコモロンに響いた。そう思う。
本作の最後は、前作と同じように手紙で締められる。
世界旅行をしている隼人から、大人になった、桜子の息子・亮太への手紙。そこには、世之介のことが書かれている。

世の中がどんなに理不尽でも、自分がどんなに悔しい思いをしても、やっぱり善良であることを諦めちゃいけない。そう強く思うんです。
旅立ち  より

世の中は理不尽で、納得のいかないことばかり。
世之介も、職場で仕事で濡れ衣を着せられるが、怒りよりも《みんな、生活があるもんな》と、素直に思うのが、彼の残念なところで、愛しいところでもある。
これ、なかなかできなくない?
世之介という人間は、晴れた日の空のようにカラッとした、真っ直ぐで、お人好しな、どうしようもない奴だ。
だから、みんな好きなんだ。
世之介に出会ったことが人生の得だ、というセリフが前作であったが、こんなこと思ってもらえるなんて、世之介は世界中の誰よりも幸せ《だった》んじゃないかな。
本作でも、世之介の友人たちはそれぞれの人生を歩んでいたが、皆世之介のことを忘れることなく生きていた。
世之介に出会えたことに、喜びを感じていた。
私も、その1人だ。

映画化では、主人公横道世之介を高良健吾が見事に演じていた。
『おかえり 横道世之介』が映像化されることが今後あったら、ぜひ高良健吾に再度出演してほしい!!!

ちなみに、映画での好きなシーンは、お嬢様祥子ちゃんとハンバーガーを食べるシーン。

映画化の際は、亮太と世之介が雪遊びするシーンは絶対外せないな。本当に、実現しないかな?してほしいな。

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