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フィルム写真と写真屋のおじちゃん

【フィルム写真と写真屋のおじちゃん #1】

フィルム写真を始めてかれこれ1年以上、近所の写真屋さんが私の「マイ・現像屋さん」。古くて小さなお店で、人の良さそうなおじちゃんが一人でやっている。朝は店先に立って、道行く人に「お仕事いってらっしゃい!」と笑顔で手を振っている。
おじちゃんは私の名前を知っているけど、私はおじちゃんの名前を知らない。強いていうなら、「写真屋のおじちゃん」が、おじちゃんの名前だ。
フィルムカメラを買ったばかりの私にフィルムの装着方法を教えてくれたのもこの写真屋のおじちゃんで、以来、お世話になりっぱなしだ。撮り終えたフィルムを現像してもらう度に、「うまくなったね!」「次はこうするといいよ」とアドバイスをくれる。私のフィルム写真の1枚1枚を全て見たことがあるのは、世界中に私と、写真屋のおじちゃんしかいない。
“フィルム写真は楽しい”
シャッターを切る度に巻き取られて行くフィルムの小さな振動を感じるのが楽しい。
フィルムを1本撮り終えて、写真屋のおじちゃんに渡しに行くのが楽しい。「写真、写ってるかなぁ・・・!」とドキドキしながら撮り終えたばかりのフィルムをカウンターにポンと置いて、おじちゃんに預ける。
翌日、現像された写真を受け取りに行き、「写ってたぁ!」といって喜ぶ姿を、おじちゃんはいつも楽しそうに見守ってくれている。

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【フィルム写真と写真屋のおじちゃん #2】

写真屋のおじちゃんに、撮り終えたばかりのフィルムを持って会いに行った。10年も昔に使用期限の切れた古いフィルムを見て、おじちゃんは「随分懐かしいの持ってきたね」と言って微笑んだ。
翌日、嬉々として現像されたフィルムを受け取りに行くと、いつもにこやかに迎え入れてくれるおじちゃんが、その日は苦い顔をしていた。
「写ってなかったよ」と、差し出されたフィルムには、かろうじてぽつぽつ黒い影が見える程度で、ほとんど絵が写っていなかった。私がショックで絶句していると、おじちゃんは困ったような素振りを見せて、店の奥へ私を手招いた。
店の奥には、20年くらい前からありそうな古びた機械がたくさんあって、年季の入ったモニターがチカチカ光っていた。それは、写真をデータ化したり、プリントしたりする機械らしかった。
私が力なく握っていたフィルムを受け取ると、おじちゃんはするするとそれを機械に吸い込ませた。やがて、モニターにうっすらと写真が映し出された。
「こんな感じなんだよ。ほとんど絵になってないから、フィルムのコマとコマの句切れも、俺にはわからない。指定してくれるなら、薄くしか見えない絵だけど、データ化できるよ。どうする?」
モニターの中には、うっすらと、それでも、確実に自分が撮影した写真が絵になっていた。

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「データ化してください・・・!」
それから、1コマ1コマ、写真の句切れを私が指で支持して、おじちゃんが機械を操作して、データ化作業に取り組んだ。真っ白で何も写ってないように見えたコマも、露出を下げるとうっすらと絵になった。数十分後、おじちゃんと共同作業でデータに落とし込んだ写真たちが入ったCDを受け取って、私はほぅっと胸を撫で下ろした。
「はい!これもあげるよ!もう一回撮っておいで!」
おじちゃんは、ぽん!と新品のフィルムを私に投げて寄越した。今回ほとんど絵にならなかったフィルム写真だけれど、このフィルムを使ってリベンジをしておいで、ということらしい。店に入ってからずっとしょげた顔をしていた私は、いつの間にか笑顔になっていた。
「ありがとうございます!」
30本目のフィルムを現像した日だった。

【フィルム写真と写真屋のおじちゃん #3】

「フィルム現像の商売やめようと思うんだ。機械が壊れちゃってさ」
クリスマスの夜だった。写真屋のおじちゃんにクリスマスプレゼントを渡しに行ったら、突然聞かされた事実だった。
29年写真屋一筋でやって来たおじちゃんは、10年前に今使っている3代目のフィルム現像の機械を買ったらしい。そして10年経って、ガタが来た。デジタルカメラが主流となった今の時代、周辺機器も一新するとなると数百万円かかるフィルム現像の機械を買って、採算が取れる見込みはない。「随分迷ったけど、もう潮時だと思う。だから、年明けにフィルムの機械を撤去して、プリント専門のお店にするよ」
私は駄々をこねる子供のように、涙目でおじちゃんに懇願した。「嫌だ。やめないで。そんなのさみしい」

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「ごめんね。。」
一番さみしいのはきっとおじちゃんだ。
私は力無くおじちゃんにクリスマスプレゼントを渡して、一息つくと顔を上げた。
「おじちゃん、フィルムの機械があったお店を、写真で残しておきたい。お店の写真を撮らせてください」
「いいよ。機械を撤去する前に、おいで」
おじちゃんは寂しそうだったけど、そう言ってにっこりと笑いかけてくれた。
デジカメと比べて写真にするのに手間のかかるフィルム写真だけど、その分一枚一枚思い入れが強くなる。写真屋さんとの出会いがある。
フィルム写真って、あったかいなぁ、と思う。
でも、デジタル化の荒波に揉まれてあったかいものが消えていく。
デジタル化って、便利でさみしいなぁ、と思う。

【フィルム写真と写真屋のおじちゃん #4】

写真屋のおじちゃんが、フィルム写真の現像屋をやめる。壊れかかった機械を新たに買い揃えるには、金銭面の負荷が高すぎる。さみしいけれど、受け入れざるを得ない現実だった。
ある日、フィルムを現像に出した。おじちゃんが現像してくれる最後のフィルムになるはずだった。受付の紙に名前と現像区分を記入してくれるおじちゃんの様子を、写真に収めようとしてカメラを構えた。
「受付してるところ、最期だから、撮っていいですか?」
「こんなところ撮って、どうするんだよ(笑)」
おじちゃんは照れ臭そうに言った後、いたずらっぽく笑って、「最期じゃないよ。」と言った。

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シャッターを切り終わって顔を上げると、私は時間差で目を丸くして、「え?」と聞き返す。
「やめるつもりだったんだけど、すごい寂しそうな顔するからさ。。迷っちゃったんだよ。迷っちゃってるときに、タイミング計ったみたいにさぁ・・お客さんが、フィルム現像できるとこ探しまわって、ようやくうちをみつけた!って嬉しそうに飛び込んできたり、するんだよ。
それでさ、思ったんだよ。俺はやっぱり、ここで写真を通じてお客さんを笑顔にしていきたいなぁって。
だから、続けることにしたよ。フィルムの現像屋を。」


先月、おじちゃんがフィルム現像屋をやめると聞いてから、私はさみしさに打ちひしがれていた。私もさみしかったけど、おじちゃんがとってもとってもさみしそうだったから。なのに今日のおじちゃんは、優しい面持ちに、茶目っ気のある笑みを浮かべて嬉しそうにしている。
「じゃ、現像やっておくから。最期じゃなくなったから、撮らなくていいよ(笑)」
そう言って作業に入るおじちゃんが止めるのも聞かず、私はずかずかと店内に足を踏み入れた。
「おじちゃん、あたし、今日おじちゃんとフィルムの機械撮るって、決めて来たの!最期じゃなくても、もう撮るって決めて来ちゃったの!だから撮るよ!」
そういって半ば強引に、おじちゃんが作業するのを撮影し始めた。
おじちゃんは特に制するでもなく、現像作業に取り組み始めた。

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現像作業の終盤になって、私が来店した時に入れ違いになった親子が、再び店先を通りすがった。小さな女の子が私を指差して「ママ〜!さっきのお姉ちゃんまだいる!まだいるよ〜〜!」といって可笑しそうに笑っていた。
私もおじちゃんも照れ隠しが下手くそで、口元は随分ニヤニヤしていた。二人して手元から目を離し、女の子に向かって手を振った。
「まだ、いるよ〜〜!」


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