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九月の四分の一

九月の四分の一 大崎善生


「ドイツイエロー、もしくはある広場」の前編にあたる、四作品で構成される短編集。

「ドイツイエロー…」は女性語りに対し、こちらは男性語りになる。

そのなかでも、圧巻なのは、時空を越えるなにかの縁(えにし)を感じてしまう「ケンジントンに捧げる花束」だ。



以前、なにかで読んだことがある。

愛する
信じる
待つ

これができる女性を男性は手放したくないし、必ず幸せにしようと思う、と。



ああ、そうですか。
それなら、それらを女性に求めるまえに、男性は

愛していると表現し、
信じていても大丈夫と思える行動をしており、
待つ価値があると信頼してていいんですね?

と、わたしは思ってしまった。



自分は一体何をやっているのだろうと僕は思った。会社を辞めるとか、それにまつわる漠然とした不安とか、そんな自分のことばかりを考えて、あまりにも美奈子のことをないがしろにしすぎていなかっただろうか。美奈子が不安なのは僕が会社を辞めることでも、ほとんど蓄えがないことでも、これからのことを決めかねているからでもない。二人で沈黙の中へ帰っていく決意を僕が彼女に告げないからなのだ。吉田宗八が移送されていく車の中でジェーンに叫んだような、強く正しい言葉を一度でも美奈子に告げたことがあっただろうか。八年間もの間、僕の恋人として生きてきた美奈子に、正確な感謝の気持ちを伝えたことがあっただろうか。

ケンジントンに捧げる花束
九月の四分の一 / 大崎善生



愛してるし、
信じてるし、
女は男の人を待てる。

ほんとうよ。
ほんとうにそうなの。
ほんの少しのことで。



「ケンジントンに捧げる花束」に出てくる、吉田宗八とジェーンを見てたらそう思う。

それをこの作品の主人公である、祐一も気づく。



「今の私って、祐ちゃんにとって」
「うん」
「何キリン?」

ケンジントンに捧げる花束
九月の四分の一 / 大崎善生

美奈子の
「何キリン?」
が、女心の全てのような気がする。



石田衣良さんが解説で大崎善生さんの小説のことを、オオサキブルーと呼んでいた。

そうね。

そんな美しい喪失の物語が多い大崎善生さんだけれど、この作品には生れ出づる命のようなものを感じる。

そんな素晴らしい作品だった。

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