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【アーカイブス#34】50年の歳月を経たチーフタンズの調べはどこまでも若くみずみずしく *2012年3月

 アイルランドやケルトの伝統音楽を伝統をそのままのかたちで継承するのではなく、時代に合わせた新しいアレンジで演奏するチーフタンズ(The Chieftains)が結成されたのは、今から 50 年前、1962 年のことだった。伝統はそのまま保存するのがいちばんとチーフタンズのやり方を批判する人たちも最初はいたようだが、彼らは伝統音楽に大胆な解釈を加えるだけでなく、アイルランドの音楽を世界各地の民族音楽、あるいはクラシックやロックと結びつけ、あらゆる音楽の垣根をしなやかに超え、チーフタンズ・ミュージックとしか呼びようのない、広く大きく深い世界を築き上げて来た。そして今ではチーフタンズはアイルランドで、アイルランドの音楽大使、国の宝と呼ばれる存在になっている。

 チーフタンズの結成 50 周年を記念して、この 2 月に『Voice of Ages』というアルバムがリリースされた。これまでにローリング・ストーンズからパバロッティ、スティングからポール・マッカートニーと、とんでもなくビッグなミュージシャンたちと共演してきたチーフタンズのこと、結成 50 周年記念アルバムともなれば、幅広い交友関係をバックに、超豪華ミュージシャンたちが駆けつけ、すごい作品ができあがるのではないかと期待する人もいたかもしれない。しかし届けられたアルバムはそんな期待を、爽やかに、心地よく裏切るものだった。

 チーフタンズは自分たちの結成 50 周年を記念するアルバムを、アメリカやアイルランド、そしてスコットランドの若いミュージシャンたちと一緒に作り上げた。結成してまだ何年にもならないバンドもいれば、熱心な音楽ファンの世界の中だけでようやく注目浴び始めた新鋭ミュージシャンもいる。ヒット・チャートを賑わせている音楽ばかり追いかけている人にとっては、それこそ聞いたこともないミュージシャンばかりのラインナップだと言えるだろう。
 しかしぼくにとっては、このラインナップは衝撃的だった。と言うのも、ここ一、二年の間にその存在を知って気に入り、アルバムを買い求めて夢中になっている若いバンドやミュージシャンたちが、こぞって参加していたからだ。ディセンバリスツやボン・イヴェールのようにすでにかなり有名な存在となってしまったバンドやミュージシャンもいるが、ロウ・アンセムやキャロライナ・チョコレート・ドロップス、シヴィル・ウォーズ、パンチ・ブラザーズ、ピストル・アニーズ、シークレット・シスターズなどなど、日本ではまだまだ知名度の低い、あるいは「通」の間だけで大きな話題になっているアメリカの新鋭たちが『Voice of Ages』でチーフタンズと素晴らしい競演をしている。アメリカ勢だけでなく、アイルランドのリサ・ハニガンやイメルダ・メイ、スコットランドのパオロ・ヌティーニいった「若手」たちも、少しも物怖じすることなく巨匠のチーフタンズと互角に渡りあっている。

『Voice of Ages』が素晴らしいのは、音楽の前では誰もが平等で、音楽で繋がれば、結成 50周年だろうが結成して 1 年だろうが、巨匠だろうが新人だろうが、人間国宝だろうが無名の若者だろうが、そんなことはまったく関係がなく、みんながひとつになって楽しんでいる様子を生き生きと鮮やかに伝えてくれるからだ。競演するために取り上げられた曲はアイルランドのトラディショナル・ミュージックにかぎることなく、シヴィル・ウォーズのようにセッションのために特別にオリジナルを作ったミュージシャンもいれば、ディセンバリスツのようにボブ・ディランの曲を取り上げているミュージシャンもいる。ディセンバリスツの場合、ディランの「When The Ship Comes In」をチーフタンズと一緒に演奏しているのだが、チーフタンズのリーダーにしてティン・ウィッスルの名手のパディ・モロニーの見事なアレンジによって、間奏が完全なアイリッシュ・ミュージックに変化してしまっていることに驚かされる。
 ベテランも若手も音楽の前では誰もが平等と書いたが、これはやはりチーフタンズのメンバー一人一人、とりわけリーダーのパディ・モロニーの姿勢というか、人間性が重要な意味を持っているとぼくは思う。活動歴 50 年だからといって、あるいはアイルランドの人間国宝だからといって、パディたちは、威張ったり驕ったりすることは微塵もなく、飛び出したひとつの音の前で、50 歳近く年下の若者たちとまったく同じ喜びや楽しさ、おなじ興奮や緊張感を抱いて、今初めてだす音のように、生き生きと、喜々として音楽を奏でている。そのはじけぶりやはずみぶりは、それこそ若者たちよりも激しいぐらいで、だからこそチーフタンズは 50 年経っても、古びることなく、凝り固まることなく、永遠にみずみずしいままだと納得させられる。

 チーフタンズはこれまでに 9 回来日公演をしている。彼らを招聘する音楽事務所のプランクトンの人たちとぼくは親しいので、何度もメンバーに会わせてもらったことがあるし、一緒にお酒を飲んだり食事をしたこともある。メンバーはみんな気さくで、ほんとうにフレンドリーな人たちばかりだ。
 そういえばもう 10 年近く前になるだろうか、インタビューをした後で、パディやプランクトンの社長さんと一緒に渋谷の蕎麦屋か居酒屋で飲んだことがある。パディはいつでもジャケットの内ポケットにティン・ウィッスルを入れていて、みんなで飲むうちに盛り上がり、パディがティン・ウィッスルを取り出して吹き始めたことがあった。ぼくらは大喜びだったが、もちろんお店の人は、笛を吹いているのがとんでもなくすごい人、アイルランドの人間国宝でローリング・ストーンズと共演したこともあるパディ・モロニーだとは知る良しもなく、「ほかのお客さんの迷惑になるからやめてください」とパディにやんわりと注意したのだ。何ともったいないことか! 天下のパディが小さなお店で生演奏をしてくれているのに。
 そして注意されたパディは、とても恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、ティン・ウィッスルをまたジャケットの内ポケットにそっと戻したのだ。その時のパディの可愛かったこと。このパディの永遠の少年のようなところが、チーフタンズをいつまでも若く、みずみずしく、決して威張りくさることのない存在にしているのだと痛感させられた。『Voice of Ages』に収録されている(ボーナス・トラックを含む)15 曲は、若いミュージシャンたちとの共演曲、チーフタンズのメンバーたちのリユニオン曲、宇宙飛行士との共演曲など、どの曲もすべてほんとうに素晴らしいが、ぼくが個人的にいちばん気に入っているのは、この連載で取り上げたこともある、アメリカはロード・アイランドの結成 6 年目のバンド、ロウ・アンセムと結成 50 年のチーフタンズが共演する「School Days Over」だ。イギリスのフォーク・シンガーでペギー・シーガー(ピート・シーガーの異母きょうだい)とコンビを組んで活躍していたイワン・マッコールが書いた曲だ。DVD と二枚組になった『Voice of Ages』のデラックス・エディションには、30 分のアルバム録音風景のドキュメンタリー・ビデオと共にこの曲の映像が収められている。
 アイルランドのキャッスル・パーク小学校の合唱団のゲール語の歌で始まるので、「School Days Over」は、学校を卒業する子供たちが楽しかった学校時代を懐かしく思い出している歌かと思ってしまうが、実は義務教育を終えて生活のために炭鉱に働きに行く若者のことが歌われている。ロウ・アンセムのベン・ノックス・ミラーの歌声はどこまでも優しいが、その奥からは厳しさやつらさ、そして悲しみが伝わってくる。チーフタンズの奏でるティン・ウィッスルや、フィドル、フルートやハープの響きもたまらなく切なくて物悲しい。
 DVD のレコーディング映像も素敵だが、チーフタンズとロウ・アンセムがアメリカの有名なテレビ番組『デヴィッド・レターマン・ショウ』に出演して一緒にこの曲を演奏している映像も見逃せない。映像のリンク先を下の欄に書いておくので、ぜひとも見てほしい。結成 50 周年を記念し、『Voice of Ages』の発売に合わせて、チーフタンズはワールド・ツアーを行うが、その最終公演地が日本で、今年の 11 月の後半から 12 月にかけてやってくることが決まっている。まだ半年以上も先の話だが、待ち遠しくて待ち遠しくたまらない。ひょっとしてロウ・アンセムも一緒に来てくれたりしたら、嬉しさのあまりぼくは天にも昇る気持ちになってしまうのだが。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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