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河原町三条

 昨年の師走中旬、クリスマス前に華村灰太郎カルテットで関西と東海の一週間ほどの遠征があった。スケジュールは休みが無く、当然酒も飲む。とにかくこのバンドは飲むのだ。一昨年も参加したのだが、酒量は相当なものだった。う~む、私もそれなりには嗜むのだが、最近は少量でチビチビと味わうことが多く、そう長い時間も費やせない。話が弾んでも眠くなってしまう。体力の衰えを痛感する。当たり前だが演奏第一。そういうこともあり、ツアー中盤の京都では皆と別れて一人で宿を取った。ライヴ会場の祇園からは川を渡ってそう遠くは無い繁華街、河原町通の四条と三条の丁度真ん中くらいのビジネスホテルが安価で予約が取れたのだ。この先どうなるかは分からないが、京都は今とても宿泊費が安い。オリンピック、観光需要で宿が乱立したせいもあるだろう。そしてこのコロナ禍、宿はどこも大変だということは想像に容易い。今回はシングル喫煙部屋で3,000円を少し切る価格。驚き、しかもかなり快適である。

 ライヴ前、まずは皆で東山三条近くのマルシン飯店で軽く一杯といく。あまり時間も無いのでとりあえずのビールと餃子。そして本番はテキーラから始まるのがこのバンドの通常運転となる。このショット一杯のテキーラが効くのだが、ライヴ終盤になると再びテキーラをもう一杯。当然かなりの高揚を持って終演。この日のライヴの様子は以下のYoutubeにまだ残っている。

 その後は他の店に行くこともなく、会場で軽く飲んで私は宿に戻った。ただ道すがらのコンビニエンスストアでハイボール350mlを一つだけは買う。然程遅く無い時間だが、疲れは少し溜まっていて、眠りについても良かったが、ハイボールを開ける。旅先の居心地の良い店でやる一杯はもちろん至福この上ないが、ビジネスホテルのシングルルームでプシュッと缶のアルコールを開けるのも悪く無い。本日最後のお疲れの一杯で、お清めみたいなものだ。つまみも要らないし、テレビやラジオも付けず、有線があればたまには付けてみるが、まあ音楽すらないことが多い。ただ静かに飲んでいるだけで、場合によっては部屋からの眺望を望んだりもするが、此処の窓の外は隣のビルの壁しかない。

 ああ、そうだ、とギターケースを開けて楽器を取り出す。終演後の片付けできちんと拭いていなかったのだ。これは特に綺麗にしていたいという事ではなく、弦の状態を保つためだけだ。手垢はすぐに付くし、何よりすぐ錆びる。張りたての弦はどうも好きになれず、2週間くらい経った状態をなんとか保つために、ライヴ後のこの弦の手入れだけは欠かさないようにしている。

 実は今回新しい楽器を持ってきた。セミアコースティックのエレキギターが欲しくて安価なものを手に入れたのだが、まだ弦のゲージすら決まっていない。ギターはグレッチG2622T。小さめのセミアコも気になっていたのだが、やはり通常の大きさに落ち着いた。同価格帯のエピフォンも弾いてみたのだが、グレッチに軍配が上がった。案外この独自のピックアップが悪くないし、あまり使わないがビグスビーのトレモロユニット付きにも惹かれ、何より手の入れようの甲斐があるように感じたのだ。
 実機は少し前に試奏しているのだが、結局はブラックフライデーでかなり安価になりネットで購入。到着して30分ほど弾いて、まず弦を変える。GHSの1弦が011からのBRITE FLATS。3弦は巻弦でセミフラットワウンドとも言える弦だ。これで1~2日家で弾いてみる。悪くないのだが、中途半端な気もする。フラット弦はトーマスティックがお気に入りだが、その方向はマーチンGT-75やヤマハAE-12で足りている。しかもこのリアピックアップの鳴りを鑑みると、やはり少しだけ荒いロックっぽさも重要で、GHSのBIG CORE NICKEL ROCKERS 0115からのセットにする。暫くはこれで様子を見ることにした。
 しかしだ、この弦は結構硬い。何せ6弦が056という太さ、ライヴが続くと指の疲労も溜まってくる。その辺りは本番で使っていく事による確認が何よりで、最近は指弾きも多くなってきたのだが、ピックも通常使っているDUNLOP DELRIN 500 2.0mmより少し硬めの音がするUltra Plecs 2.0mmの方がこのギターの特性に合っているように感じつつもあった。
 ギターのしかもやけに細かい話になってしまったが、新しい楽器を手に入れた時はいつも弦とピックの選定から、そしてその方向が決まれば、ネック、ナット、ブリッジの調整。それでまた音が変わってくるので、それで良しとするか、はたまたもっと手を入れるか、考えるわけだ。それとは別に自分の弾き方によりフィットするようなことも考える。例えば、ボディと弦の距離、ストラップピンの位置、ヴォリュームとトーンの可変のカーブ、セレクターの按配等だ。吊るしを自分の道具にしていくのだから、それなりの試行錯誤は当然で、それもまた楽しい。

 そんな状況で旅先の宿にて弦の手入れをしていたのだが、やはりこの弦のゲージだとナット交換は必須だな、と楽器はケースに戻して、ハイボールは空けてしまった。

 翌日10時過ぎにチェックアウト。ホテルのフロントに荷物を預け、ちょいと散歩。なんとなく河原町通の西に入っていくが、そこそこ人は多い。何処かでモーニングサービスのトーストでも食べたいのだが、もう11時も過ぎランチタイムに入っている店もある。それなりの空腹ではあるが、昼食のランチは重い。と言うより、やはり美味いコーヒーだ。そこで河原町通に戻り、交差点を渡る。六曜社がすぐそこにある。幸いまだモーニングサービスの時間内、即入店。シンガーソングライターのオクノ修さんが務める地下の「Coffee & Bar 六曜社」には二回ほどは来ているが、一階店は実はこの日が初めてだった。カウンター反対側のゆったりできる席に案内され、ゆで卵付きのモーニングを注文、そして煙草を巻く。但しまだ吸えない。喫煙タイムは12時からなのだ。
 店内はとてもゆったりとした時間が流れている。この席は腰が90度以上に沈み、その体勢のお陰で時間ではないこの時に身を委ねる事ができるのだが、いつもより煙草を巻くペースが遅くなるのは致し方がない。注文の品の供与までの時間は短くはない。それでいい。この何もない時が何よりの落ち着きだ。

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 うむ、やはり濃いコーヒーは良い。ゆっくりといただく。12時の喫煙タイムまであと数分程、少しコーヒーを味わい、トーストを齧る。そうして店に体を委ねていると、各テーブルに灰皿が設置される。おもむろに巻煙草の器具を片付け、まだ熱いコーヒーを一口飲み、一息ついてから一本に火を付ける。これが許されている一般屋内は随分減ったが、この時の流れで此処に居ることを噛みしめる。そしてようやく本の頁を捲る。前回にも書いたフォークナーはまだ読み終わっておらず、100頁程だがそこから淡々と進むことはなく、物語は展開し回想に入ったあたりでドキドキする。コーヒーを飲み干し、少し興奮し、時折本を閉じる。読み進めたいが、自分の居るこの場で今は没頭したくはない。ふとコーヒーカップに目を移し、その趣をまじまじと見入ったりもする。

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 結局、本は閉じたままになり、コーヒーをお代わりする。コーヒーを普通に飲み始めた40数年前から決まってブラックだったのだが、ここ1~2年くらいはいつもではないが、一杯の砂糖と少しのミルクを入れるのが結構好きになってきた。加齢による変化かもしれないが、悪くない。そしてゆでたまごを食べる。この茹で加減は見事だ。
 
 喫煙タイムに入り来客も多くなってきた。いつまでも席を占領することは憚れるので、この一杯を飲み干し、もう一服して店を後にする。

 だが、まだ時間がある。今晩は再び大阪(京都の前は大阪池田)なので、もう少しこの辺りでゆっくりする。先ほどのコーヒーが濃い苦味だったので、少し酸味に寄ったものも欲してきた。宿に荷物を預けているので、その近くの老舗喫茶店インパルスに行く。此処は昔ながらのオープンな喫茶店。腰が落ち着く椅子ではないが、それでも時は長い。キリマンジャロで最初から砂糖とミルク投入。昔はコーヒーは苦味一択だったのだが、最近ようやく酸味の旨さを知ったのかも知れない。自宅に数種類の豆をおく習慣はないので、この酸味は今のところ喫茶店で味わうのが私にとっては手軽で確実だ。

 本は開けず、メモを取り出す。昨晩感じたグレッチG2622Tの問題点を書き留める。ナット、ネック関係はとりあえずあの里山の工房行きだ。配線は追々考えよう。現状、バンドのライヴで使うには問題ないが、録音レベルだとちょっとノイズは多め。フルアコ、セミアコの類は空中配線なので、線材のグレードアップとシールド化でハムノイズは軽減される筈だ。そんなことを色々メモしていたら、バンマスから連絡が来た。30分後に河原町三条のバス停付近で待ち合わせることになる。
 そしてツアー後半に突入。各所で美味い酒が待っていた。

桜井芳樹(さくらい よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
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