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神戸


 2024年1月『ジャズ大名』は西に向かった。まずは兵庫県神戸市。個人的には最近では昨年秋に西宮でのタンゴのコンサートで演奏したり、この辺りはそこそこ訪れる機会が多い地域だ。しかし神戸市街地では、何と言っても三宮での演奏が多く、ここ神戸駅付近に来たのは、かれこれ十数年ぶりくらいだろうか。
 1月3日に箱根駅伝による交通状況を気にしながら、横浜KAATに機材を預ける。搬入口を奥に入ると、すでに11tのトラックに大道具が積み込まれている最中で、指定の場所に機材を纏めて、再度確認し、スタッフに挨拶して帰路に着く。道はとても空いている。川崎市に入る手前でハードオフに寄ってみる。正月のセールらしく、ハードディスク2TBを購入。ラジオ中継の箱根駅伝の結果を聞き終えると、家はもう近かった。そして5日『ジャズ大名』のバンドメンバーはまだ正月休みの雰囲気が残っている新幹線に乗り神戸に着いた。

 バンドは公演2日前に会場入りのスケジュールが組まれており、入り当日にセッティング、サウンドチェックと音楽のみのリハーサル。その翌日に舞台全体のリハーサル。そして翌々日から本番二日間という流れだった。神戸到着日、横浜KAATと同じセッティングでサウンドチェックに臨むも、会場の鳴りの所為でかなり音が違う。その辺りモニターバランスに大きな影響があるので、音響チームの方々と入念に調整していく。横浜公演から二週間近く間が空いたので、リハーサルもほぼ全曲演奏し、モニターもほぼ横浜公演時と同じ感じで追い込むことができた。
 年末の一週間は色々ライヴがあったのだが、年が明けての2日間は横浜から持ち帰った機材、楽器のメンテナンスに費やした。まずは少し余計な倍音が出ていたバンジョーの調整。皮を少しだけ強めに張り、ピックアップの貼り付け位置を検討した。これは少し時間がかかったが貼り付けピエゾの台座に薄いゴムを使ってみたら、非常にスッキリし、イコライザーのセッティングも容易くなった。それからギターアンプのヴォリュームポットのガリ取り。アンプの中の可変抵抗器(ポット)を外し、分解して、アルコールで拭き、再セットアップという作業。それだけのことなのだが、割と時間はかかる。後はそれぞれの弦を張り替えて3日のトランポに備えた。
 
 今回の神戸文化ホールは結構古い市民会館のような趣のあるホールだが、それに反して、響きは派手であった。こちらのEQ設定はアコースティックギターに関しては、横浜と同じで問題無かったが、バンジョーはピックアップ調整が功を奏し、スッキリと抜けが増し、併用しているエアーのマイクの調整がとてもうまくいった。エレキギターのアンプセッティングは横浜と同じだったが、外部イコライザーで高域を少しカットした。現行品のBOSS GE-7のモディファイ品でアメリカのXTS社がエレキギター用に400~4kの間で使えるように改造を施したものだ。これがかなり良く、最近では使わずとも機材ケースの片隅に入れておくお守りのようなものになっている。今回の会場ではこれで4kを少し削ってサウンドチェックに臨んだら、音響チームにとても喜ばれた。

 結局セッティング、サウンドチェック、リハーサルと結構時間を費やすことになり、そこそこの疲労感を覚えたが、歩いて駅反対の南側の宿に向う。ひとまず部屋に入るが、やはり軽く一杯と、部屋でビールか店を探すか考えるが、いずれにせよ外に出ることに変わりはない。となるとやはり店を探してみようという気にもなる。再び駅の反対側の北にいき近辺を歩いてみる。そういえば昔入ったことがある定食屋風情の店があって、軽く飲むにもちょうどよかったのだが、自分の記憶の場所には見当たらず、結局駅前の焼き鳥屋でビール一本飲んで、コンビニエンスストアでビールとハイボールを買い、宿に戻り早めに床に着いた。

 翌日は役者全員との通しのリハーサルだが、夕方からなので、のんびり過ごす。まずはその定食屋風情を探すこと。店の名前は覚えていないが、駅の近くだったことは覚えている。昨日歩かなかった方向に行ってみると、最も簡単に見つかった。建物はあったが、すでにその店は一年程前に営業を終了していた。

 そしてその近くの信号を渡ったところに定食屋があったので、入る。宿の朝食はしっかり摂っていたが、リハーサルまではまだ時間があるので、軽く喉を湿らせたかったのだ。

 うむ、なかなかに狭い店で、常連であろう方がカウンターで飲んでいるではないか。しかしカウンターは満席で小さなテーブル席に着く。一個100円もしないコロッケをつまみにビールをいただく。テレビはこういう場所でしか見ないので、そこそこ興味深い。

 時間はまだまだあるな、と思うとちょっと落ち着いてくる。年末からの疲れは抜けているとは言い難いが、こういう場所で自然と重心が低くなるというのはいいものだ。ということでもう一本注文。お通しはないので、口寂しくなるが腹は減っていない。そうだ、汁気だ、と壁の品書きに目をやると、粕汁があるではないか。これは悩むところだったが、割と暖かい日だったので、普通にかけそばにしてみた。

 おお、もう見た目から関西の立ち食い蕎麦そのものだ。失礼承知だが、私にとって安定の不味さ。一口啜るとこれは蕎麦なんだか何の麺だかわからない感じで、出汁との調和が酷い。薄味を装っているが、騙される。しょっぱさの後に忘れ難い甘さが口内に残る。小葱がもう少しあれば緩和されると思うが、いかんせん少ない。救いの蒲鉾は出汁の味に犯されないように早めに食べてしまったので、もはや救いなし。出汁は残したが、半分は口にした。
 しかし、この不味さを久しぶりに確認し、嬉しい気持ちにもなる。この味は店の所為ではないのだ。これがまだ存在しているということは、これが好きな人が必ずいる。そんな確認を噛み締めると、この不味さが逆に嬉しい。

 その日の夕方からはこれまた入念なリハーサルで終了後は疲れを感じるが、やはり軽く飲みにいく。宿の下の地下街にサイゼリヤがあったのだ。サイゼリヤ通のサックスの川口隊長含め何人かで卓を囲む。そこそこ豪勢に皿が並んだが、とにかく安い。私は楽屋弁当をしっかり食べたので、ランブルスコとフォカッチャとオリーブオイルと塩で十分満足した。

 久しぶりの本番はやはり楽しく、少し空いた所為もあり、新鮮に演奏した。本番後は役者の方々に誘われ結構飲んだ。楽しい夜だった。そして翌日の昼公演を終え、東京に戻った。 

 その週末、今度は愛知県刈谷市での公演に向かう。刈谷といえば高速道路のハイウェイオアシスしか思い浮かばず、もちろん初めて降り立つ駅である。神戸と同じようなスケジューリングだが、二日間のブランクだったので、効率が上がったのか、時間の余裕も生まれた。ということで刈谷入り初日はバンド全員で飲みに繰り出した。
 店の見当はなかったが、私以外のほぼ全員はスマートフォンを駆使しているので、目星はつけやすかった。余計に歩かずに駅近くの飲み屋街を目指せた。まあ、いいところがなかったら、またサイゼリヤだな、なんて冗談も言っていたが、ここは地元の静かな店を選んだ。

 こういう普通の居酒屋でちょっとだけつまんで飲む焼酎という行為も久しぶりで、メンバーの大半はかなり長い付き合いなので、話が弾もうが、特に弾むことがなくとも、落ち着いた空気になる。ほろ酔いが少し深くなるこの感じが気持ちよく、コロナ禍を経て、その普通の喜びを噛み締めて、おかわりをした。それにしても皆弁当を食った割には皿が並ぶ。酒の飲み方というのは人それぞれだな。
 深夜まで営業する店ではないことはわかっていたので、閉店と同時に退店。そして何人かで少し部屋飲みして就寝。翌日は割と早起きして、朝食会場に向かう。暖かい日で、その後10時過ぎには部屋を出て散歩する。持ってきていた本は読み終えてしまったので、本屋でも覗いてみる。知らない街を当てもなく歩く。朝食が早かったせいか、少し空腹を感じ定食屋に入る。テレビは朝のドラマの再放送でなんとなく見ていたら、見知った顔があった気がした。美味い親子丼だった。その見知った顔は後でわかったが、今回の役者さんの一人だった。

 夕方、リハーサル前のサウンドチェックを済ますと、刈谷公演中止のアナウンスがあった。その夜はいつもより少し早い時間から飲むこととなった。

桜井芳樹(さくらい よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
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