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【アーカイブス#12】ラウドンさんに少しでも近づきたいと日々努力、努力。 *2010年4月

 ぼくが歌を作り、歌っていく上で、いちばんお手本にしているというか、いちばん刺激を受け、いちばん影響も受けているのが、アメリカのシンガー・ソングライターのラウドン・ウェインライト3世(Loudon Wainwright Ⅲ)だ(以下3世は省略する)。
 歌の「師匠」ということで言えば、ウディ・ガスリーやピート・シーガーなど、もっと大きな存在もいるのだが、ラウドンの場合はぼくとほとんど同世代、しかも彼の作る歌が、政治的なものにせよ、ラブ・ソングにせよ、人間関係を歌ったものにせよ、家庭を歌ったものにせよ、いつでもぼくらの世代が向き合っている問題を取り上げ、具体的に歌っているので、同世代、同時代のシンガー・ソングライターとして、とてもとても勉強になるし、参考にもなる。
 その姿勢や、曲作りの手法、スタイルなどをしっかりと学び、できることならぼくもラウドン・ウェインライトのようなシンガー・ソングライターになれたら、いやそれはあつかましいか、ラウドン・ウェインライトに少しでも近づけたらといつも思っている。

 ラウドン・ウェインライトは2009年に、20世紀初めに活躍したノース・カロライナ・ランブラーことチャーリー・プール(Charlie Poole)の歌を取り上げたり、彼についての歌を作って歌った二枚組CD『High Wide & Handsome The Charlie Poole Project』を出したばかりだが(70ページの豪華ブックレットも付いている。このアルバムは2009年のグラミー賞でベスト・トラッド・フォーク・アルバムに選ばれた)、今年の春に早くも次の作品を発表した。
『10 Songs for the New Depression』というもので、基本的には彼のウェブサイトからの独占販売で、MP3のダウンロードが8ドル99セント、CDが20ドルとなっている。ぼくはCDで手に入れたかったが、送料が10ドルもかかり、そうなると全部で30ドルになり、ここのところお金に余裕がない日々が続いているので、あまり好きではないMP3のダウンロードで購入することにした。

 しかしそれでダウンロードも案外いいものだと思うようになった。まずは送料がかからないし、欲しいと思ったらその場で即購入できる。しかも安い。かたちは何もなく、CDを手に取ってじっくり眺めてみたり、ジャケットを見たり読んだりしながら音楽に耳を傾けるということはできないが、ラウドンのこのアルバムの場合は、彼のホームページを訪ねれば、歌詞は全部手に入るし、本人の曲目解説もある。
 ジャケット写真だって手に入るから、どうしてもCDというかたちにこだわりたいなら、ダウンロードした音源をCDRに焼き、ジャケット写真や歌詞、曲目解説などをプリント・アウトしてレイアウトし、自分でブックレットを作り、世界でたった一枚の貴重なアルバムを作ればいい。

 ラウドンのこの新しいアルバムは、『10 Songs for the New Depression』、「新たな大恐慌のための10曲」というアルバム・タイトルからもわかるように、今のアメリカを、そして今の世界を襲っている新たなる大不況についての歌を10曲収めたものだ。
 とんでもない現状についてストレートなメッセージを歌っている曲もあるし、ラウドンお得意の痛烈な諷刺のきいた曲もある。そして1933年頃にテキサスの政治家のW・リー・オダニエル(W. Lee O’Daniel、イーサンとジョエルのコーエン兄弟の2000年の映画『オー・ブラザー!/O Brother, Where Art Thou?』の中で、チャールズ・ダーニングがこの政治家の役を演じている)によって書かれ、初めてレコーディングされた「On To Victory, Mr. Roosevelt」や、1910年から30年代初めにかけて活躍した歌手でメディシン・ショウのパフォーマーでもあるヘゼキア・ジェンキンス(Hezekiah Jenkins)の「The Panic Is On」など、うんと昔に書かれた曲をラウドンが21世紀のアメリカの新たな大不況に合わせて、うまく焼き直しているものもある。

 ラウドン・ウェインライトが最も得意とするのは、今の社会や政治の状況を鋭く観察し、それを皮肉たっぷり、ブラック・ユーモアを効かせて歌う歌か、もしくは自分の個人的なできごと、特に家庭問題、とりわけ奥さんや恋人との関係について、不倫やセックスまでをも取り上げ、時には実名すら出して歌う、赤裸々な「私小説」歌だとぼくは思うが、今回は彼の前者の曲が満喫できる内容となっている。
 ぼくとしては、もう一方のラウドンの「私小説」歌にかぎりなく惹かれるところがあり、彼の歌をお手本にして(いや、模倣したと言うべきか)幾つかひじょうに赤裸々なブライベート・ソングを作ったこともある。チャーリー・プール・プロジェクト、21世紀のアメリカの大不況を歌ったアルバムと続いたので、次のアルバムでは現在63歳になるラウドンの愛や性、結婚や家庭などについて歌われたラブ・ソング・アルバムを作ってくれたらいいなと秘かに願っている。ラウドンなら老境のすごいラブ・ソングをいっぱい作れるはずで、そんな歌ばかりが収められたアルバムを届けられたとしたら、ぼくはまた大いなるインスピレーションを与えてもらうことができるはずだ。

 『10 Songs for the New Depression』の内容について、歌詞を引用したり、ラウドン自身の曲目解説を翻訳したりして、詳しく書いてみたいのだが、それは著作権上の問題があるようで、ここではちょっと無理そうだ。
 確かにラウドンのウェブサイトで歌詞や曲目解説が手に入るといっても、英語が苦手な人もいるわけだから、万人に役立つというわけではない。誰かが歌詞の対訳や曲目解説の翻訳、それに日本独自のライナー・ノーツを手がけ(ぼくが手がけたい!)、それがインターネットからファイルで手に入れられるようになったとしたら、ほんとうに素晴らしい。しかし権利問題などが絡んでくるだろうし、そのファイルは有料にするのかなども厄介そうで、実現にこぎつけることはまだまだできなさそうだ。しかしそういうことが可能になれば、洋楽を日本盤にして発売するというレコード会社のこれまでの役割は、もうほとんどなくなってしまうのかもしれない。

 話がちょっと逸れてしまったが、『10 Songs for the New Depression』のラウドン自身による曲目解説、一曲ぐらいなら全文を翻訳してここに引用させてもらってもうるさいことは言われないだろう。
 アルバムの一曲目に収められている「Time Is Hard」という曲について、ラウドンは次のような解説をしている。
「この歌は2009年の大統領就任演説を聞いて書いたもので、『ニヒリズムは社会の病いを治療する手段として用いることはできるか?』という疑問を呈して、恐らくは問題提起をしている。ピート・シーガーならこの前提を絶対に受け入れないと思うが、ウィル・ロジャースやウディ・ガスリーならこの考えをわかってくれるのではないかと思いたい」
 そしてラウドンは、「きみは失業して、持ち家も車も失う。どん底まで落っこちるのはあっという間のこと。この先いいことなんて何も起こらない。ぼくにできるのはこの歌を演奏することだけ」と歌っている。

 ほかにもこの先どうなるのだろうと不安に苛まれている「Fear Itself」、アメリカの経済学者でコラムニスト、反ジョージ・W・ブッシュの旗手だったポール・クルーグマン(Paul Krugman)にラウドン流のエールを送る「The Krugman Blues」、不況に覆われた今のアメリカでのハロウィーンの様子が歌われる「Halloween 2009」、今は夜のまっただ中だけど、いつかは夜が明ける、朝日が射し込み、小鳥が鳴き始める、と歌われるオプティミスティックでポジティブな内容の「Middle of The Night」、とんでもないことになっているアメリカの自動車産業を皮肉った「Cash For Clunkers」、そしてこんな時代だからこそウクレレを弾いて元気になろうと歌われる「Got A Ukulele」など、どの曲も素晴らしいものばかりだが、ぼくがアルバムの中でいちばん気に入っているのは二曲目に入っている「House」という曲だ。
 この曲は不況で持ち家を手放さざるをえなくなった夫婦のことが歌われているのだが、不況で失業という社会問題が、夫婦がもともと抱え込んでいた私生活の問題と絡めて歌われていて、それこそラウドンが最も得意とする二つのテーマとスタイルが見事に合体している傑作になっている。

 アルバムはほとんどがラウドンのアコースティック・ギターの弾き語りで録音されていて(そう言えば彼が70年代初めにアルバム・デビューした頃の、アトランティックからのソロ・アルバムも、ギター弾き語りのスタイルだった)、「On To Victory, Mr. Roosevelt」と「Got A Ukulele」の二曲だけは、ウクレレの弾き語りで歌っている。
 それにしてもラウドンの弾くギターやウクレレはめちゃくちゃうまい。弾き語りのシンガー・ソングライターのギター・スタイルとしては、超一流で、テクニックだけをひけらかすことなく、歌を最大限活かす見事なギターを弾いている。これもまたお手本として、鑑として、ぼくは一生懸命見習いたいと思っているし、少しでもラウドンに近づけたらと願っている。

 さあ、あなたもダウンロード。たったの8ドル99セント。クレジット・カードが必要だけど、1000円以下でこんなに素晴らしい歌が存分に楽しめるなんて、乏しいぼくのお金はこういうものにこそ、喜んで使って行きたい。
 何だかアルバムの宣伝の文章になってしまったみたいだが、ラウドン・ウェインライト、そして彼の最新作アルバムの『10 Songs for the New Depression』、ほんとうに素晴らしいので、一人でも多くの人に、ぜひとも聴いてもらいたい。
 ぼくのティーチャー、ぼくの師匠、ぼくのお手本、ぼくの鑑、ラウドン・ウェインライト3世。ああ、彼のような歌うたいに少しでも近づきたい。日々努力、努力。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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