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【アーカイブス#25】綿々と歌われる陰々滅々としたジョッシュ・T・ピアソンの「懺悔」の歌の凄さ *2011年6月

 『Last of The Country Gentlemen』というすごいアルバムを見つけた。ジョッシュ・T・ピアソン(Josh T. Pearson)というシンガー・ソングライターのアルバムで、この人がまたすごい。要するに、すごいシンガー・ソングライターのすごいアルバムなのだ。
 ある日、好きなミュージシャンの映像をYouTubeでいろいろと見ているうち、フランスはディジョンで行なわれた第7回「キル・ユア・ポップ・フェスティバル」の中の 'Le Grenier' @ the venue 'La Vapeur ' で、「Woman, When I’ve Raised Hell」を歌っているジョッシュの映像にぼくは辿り着いた。その歌に衝撃を受け、たちまちのうちにこの未知のシンガー・ソングライターに強い興味を覚えたぼくは、早速この春に発表されたばかりのジョッシュのソロ・デビュー・アルバムを手に入れた。これがほんとうにすごいアルバムなのだ。

『Last Of The Country Gentlemen』は、収録曲がたった7曲しかなくて、ミニ・アルバムではないかと勘違いしてしまいそうだが、収録時間はたっぷり58分36秒もある。これはどういうことか? そう、一曲一曲が長いのだ。
「Honeymoon’s Great: Wish You Were Her」という曲は13分もあるし、ほかにも12分の「Sweetheart I Ain’t Your Christ」をはじめとして演奏時間が10分以上の曲が3曲ある。
 しかもジョッシュはそんな長い曲をほとんどアコースティック・ギターの弾き語りで歌っている。それが彼のスタイルのようで、アルバムでは3曲で小編成のストリングスが実に効果的に入っているが、もちろんライブではギター一本だけで歌っているのだろう。それでも誰もがジョッシュの歌の世界にぐいぐい引き込まれてしまうであろうことは、容易に想像がつく。とにかくその歌がすごいのだ(語彙がなくて、すごい、すごいを連発し過ぎだが、ほんとうにすごいので、すごいとしか言いようがない)。

『Last Of The Country Gentlemen』に収められているジョッシュの歌は、そのほとんどがラブ・ソングで、それもハッピーなものではなく、反省して謝ったり、後悔したり、ああだったらよかったのに、こうだったらよかったのにとくよくよ思ったり、自分には無理だ、どうしようもないと言ってみたり、とにかく陰々滅々とした「懺悔」のような歌ばかりで、それを彼はアコースティック・ギター一本で、ゆっくりとしたテンポで綿々と歌って行く。
「陰々滅々? 綿々? そんな暗い歌聞きたくない」と思う人も多いだろうが、だまされたと思ってまずは聞いてみてほしい。いざ聞き始めてみると、あまりにも正直で、自分をすべて曝け出している彼の歌に、きっと心を鷲掴みにされてしまうに違いない。そのギター・プレイもシンプルながら実に表情豊かで、赤裸々な歌とぴったりひとつになって、ジョッシュだけの無二の世界を作り上げている(それほど似ているわけではないのだが、ぼくはジョッシュのギター・プレイに、どこかウィリー・ネルソンと共通するものを感じてしまう)。

 ジョッシュが綿々と歌う陰々滅々とした「懺悔」歌だが、例えば「Honeymoon’s Great: Wish You Were Her」という歌は、こんな内容だ。結婚したばかりの主人公が新婚旅行に来ているのだが、彼には妻よりも愛している大好きな女性がいて、ハネムーンのあいだ中、新妻を前にして、そして新妻を抱きながら、「ああ、妻が彼女だったらいいのに」と嘆いている(何というひどい歌!)。
 また「Sorry With A Song」は、朝帰りした主人公が「昨日はどこにいたの?」と一緒に暮らしている女性に問いただされ、「ごめん、ごめん、歌で謝らせておくれ」と、さんざん謝り続けるというものだ。どうやらこの主人公はこれまで酒でとんでもないことばかりしでかして来たようで、もう二度と飲まない、あるいはへべれけになるまで飲まないと女性に誓ったはずなのに、何の連絡もしないで朝帰りしてしまったのだ。
 はたまた「Sweetheart, I Ain’t Your Christ」という曲は、そのタイトルどおり、生身の男ではなく、神様のような絶対的で万能な存在の男を自分の恋人にしたがっている女性に対して、「俺はきみの神様なんかじゃない、救世主でもないんだ」と訴え続け、その女性のもとから永遠に去って行ってしまう男の歌だ。ボブ・ディランの「It Ain’t Me, Babe」とも、どこか通じるところがある。
 そしてジョッシュが歌うラブ・ソングの主人公は、恐らくは彼自身で、彼はこれまで自分の身に起ったことを、自分の恋愛遍歴を、正直に歌にして歌っているように思える。

 ジョッシュ・T・ピアソンはテキサス出身で、1996年にリフト・トゥ・エキスピアリアンス(Lift to Experience)というバンドを結成した。リフト・トゥ・エキスピアリアンスは、テキサス州デントンの音楽シーンの人気バンドとなり、ロンドンの著名DJ、ジョン・ピールにも気に入られ、彼の『ピール・セッション』に何度も呼ばれて、レコーディングも行なった。しかしこのバンドは2001年に最初で最後のアルバム『The Texas-Jerusalem Crossroad』(二枚組)を発表して解散してしまった。
 それからの10年間、ジョッシュはライブ活動を続けていたものの、レコーディングからは遠ざかり、自分のライブの音源をCDにして細々と売っていたが、生活はかなり荒んだもののとなり、恐らくはその中で体験したさまざまな女性とのできごとが、『Last of The Country Gentlemen』に収められている歌の題材となったのではないだろうか。
 ジョッシュはある対談の中で、「もし生活に満足してしまったら、自分はもう何かを探し求めることができなくなってしまう。何かを成し遂げてしあわせな気持ちになれたとしても、それはあっという間に消えてしまう。だからこそ次の新しい何かに取りかかれるんだ」という興味深い発言をしている。

 荒んだ暮らしをしていたと言われる10年間の最後の方でジョッシュはテキサスからパリへと移り住み、2010年になってすぐ、彼はベルリンのスタジオで『Last Of The Country Gentlemen』のレコーディングに取りかかった(現在はベルリンが拠点のようだ)。そしてその年の夏にはミュート・レコードとワールドワイドでの契約が交わされ、完成したアルバムは今年の3月の終りにヨーロッパやアメリカでリリースされ、ロック・バンドとしてではなく、シンガー・ソングライターとしての彼が再び世界各地の音楽シーンで大きな注目を集めつつある。

 では日本ではどうだろうか? 以前この連載で取り上げたアニー・ギャラップと同じように、ジョッシュ・T・ピアソンの歌も日本では「言葉の壁」があるとぼくは思う。何を歌っているのかわからないとしても、ジョッシュのただならぬ歌とギターは聴く者の胸に強く迫って来るかもしれない。しかし歌詞がわかればジョッシュの歌は、百倍も二百倍も面白い。
 何を歌っているのかわからないから「洋楽」は好きじゃないという正直な人もいれば、何を歌っているのか興味はない、わからなくても「洋楽」が好きだという人もいる(意外とそういう人は今も多いのではないだろうか)。でも多くのシンガー・ソングライターは、自分の思いや考えを苦しみ抜いて素晴らしい歌詞にし、それをみんなに伝えようと歌を歌っているのだ。その言葉も受けとめなければ、みんなはいったい何を聞くのだろうかとぼくは考えてしまう。そして悲しいことに、言葉軽視派の「洋楽」ファンが今も圧倒的に多いのではないだろうか。
 そんな状況の中、ジョッシュ・T・ピアソンの歌が日本で受け入れられるのは、かなり厳しいものがあるだろう。でも言葉の壁に怯むことなく、CDに収められている歌詞カードを手に取り、もう一方の手には辞書を取って、ジョッシュ・T・ピアソンの言葉の世界にまで足を踏み込めば、ちょっと聞いただけでもわかるそのすごさは、実はとんでもなくすごいものだということに気づかされるだろう。
 最後に余談ではあるが、上半身裸の女性の腿を抱えてうずくまっている『Last Of The Country Gentlwmen』のジャケット写真のジョッシュ・T・ピアソンが、古くからの親しい音楽仲間、渡辺勝さんとそっくりなのには驚きを通り越して、思わず笑ってしまった。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html


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