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17年間のCTO経験から得た「経営者としての視野の拡げ方」

今回はグリー株式会社(以下、グリー)取締役 上級執行役員 最高技術責任者(CTO)兼 デジタル庁 CTOを務められる、藤本真樹さんにお話を伺いました。藤本さんは、2005年にグリーに取締役として参画されてから約17年間、CTOとして技術面から経営に携わっています。

そこで、藤本さんの17年間の経営者経験を振り返り、「経営者としての視野の拡げ方」というテーマでお話を伺いました。本記事では、そこで藤本さんに語っていただいた内容をお伝えします。

グリー 取締役 CTO 藤本 真樹 氏

グリー株式会社 取締役 上級執行役員 最高技術責任者(CTO)兼 デジタル庁 CTO
藤本真樹さん(@masaki_fujimoto

上智大学文学部卒。2001年、株式会社アストラザスタジオ入社。2003年、有限会社テューンビズ入社。PHP等のオープンソースプロジェクトに参画し、オープンソースソフトウエアシステムのコンサルティングなどを担当。2005年、グリー株式会社 取締役に就任。2021年9月、デジタル庁 CTOに就任。

はじめに

この17年間でインターネット産業は急拡大を遂げてきました。そして、世の中のCTOの人数も17年前と比べて格段に増えています。それに伴い、CTOに関するキャリア、技術、組織などの様々な情報を目にする機会も増えてきました。

さらに、CTOの役割も多様化していますが、CTOの役割を改めて考えてみると、その中心にあるのは「経営」です。CTOはその名の通りCレベルの役職であり、執行役員や取締役として任命される機会も多いです。そのため、CEOやCFOと同じように、技術で経営の舵を取る能力が求められます。

エンジニア組織をマネジメントするノウハウや、開発プロセス、技術に関する知識を学ぶ機会は増えていますが、エンジニアとして経営に関して学ぶ機会は意外と少ないです。その理由の一つとして、システム開発のイテレーションは短期間で回すことができるのに対し、経営者としてのイテレーションサイクルは、システム開発に比べて圧倒的に長い点があるでしょう。サイクルを1周するのに5年程度は掛かります。そのため、CTOとしての経営のノウハウ、ベストプラクティスを十分に語るには、ぼくらはまだまだ経験が足りていないのではないかと思っています。

そのような観点では、17年間のグリーにおける取締役 CTOという立場で得た、経営者としての反省や学びを世の中に共有することは、特に今後大きな企業を経営していくことになるであろう、若手CTOのみなさまにとって多少なりとも有益な情報になるのではないかと思います。

しかし、「経営者としての正解が分かった」という感覚よりは、「『分からないことや重要なこと』が、分かるようになった」という感覚です。そのため、結論や具体的な解決策をお伝えすることは難しいです、すいません。

経営者としての視野の変化

17年間の経営経験を振り返ってみると、以下の2点を早期に教えてもらったり、気づくべきだったと思います。しかし、どれも当たり前といえば当たり前の話ですし、それ故に言われたらすぐにできることでもありません。自分自身を考えてみても、やっと「できていないことが分かった」という状態です。そのため、まずは「意識すること」がポイントです。

1つ目のテーマは、「少しずつでも長期的な目線で経営する」 ことです。これは、経営者はよく分からない未来に対して、何かを進めていくことが求められることに起因します。目の前の仕事だけにフォーカスし続けていた場合は、目指すところが曖昧になりがちで、結果として成功確率が下がる、あるいは自身やチームの成長機会を失う可能性があります。

そして、2つ目のテーマは、「視野の範囲を広げて経営する」 ことです。企業は言うまでもなく自社単体で存在しているわけではありません。社会の一部として存在しているので、その視点を疎かにすると結果的に企業自身が存続できなくなります。そのため、自社だけに焦点を合わせるのではなく、業界や社会のような広い視野を持ってその上で自社がどうしたいか、どうすべきか、という観点も忘れずに経営していくことが求められます。

経営者としての視野の変化

2つのテーマをまとめると、上図のように「経営者としての目線をより長期的に、より広範囲に拡張していきましょう」と言えます。

1. 少しずつでも長期的な目線で経営する

長期的目線を持った経営

まず、経営者の役割をシンプルに定義します。

  • やることを決める(What)

  • やり方を決める(How)

  • 実行を推進(Execution)

上記の3つの機能に対し、未来の成功確率が最大化するよう、どのような関わり方で、どれくらいの重みで関与するかを見極めることが重要な役割です。

「やることを決める(What)」とは、企業としてどのような事業を展開していくかを決めることです。「やり方を決める(How)」とは、目的達成のために、どのような戦略・組織・オペレーションで進めていくかを決めることです。そして、「実行を推進(Execution)」とは、組織としてのスループットを最大化するためのボトルネックを取り除いたり、一人ひとりのパフォーマンスを最大化するためのサポートをすることを意味します。

つまり、経営者はよく分からない未来に向かい、何かを決めて進めていくことが求められます。 当たり前のことですが、未来は不確実なものです。成功確率の高い優れた経営者でも失敗する可能性はあります。逆に、会社経営が初めてである経営者でも成功する可能性があるとも言えます。しかし、不確実な未来を見据えた上で、企業を経営していくことの重要性は年々増しています。

インターネットサービス黎明期であれば、短期的なイテレーションを早く回す、というアプローチがむしろ有用でした。とにかく今起きている技術革新に乗り遅れず、新しい市場機会やビジネスチャンスをがむしゃらに追いかけていくことが何より重要だったと感じています。

実際に、グリーが上場する前後までの成長は、がむしゃらに努力した結果だったという感触があります。そこには、優秀な人材が集まり、働く時間も十分にありました。しかし、当時のグリーの成長は、極論ですが誰かが狙って生み出させたわけではなかったと言えます。明確な事業のビジョンを創業期から描いていたわけではなく、「5年後にこうなる」と誰かが言っていたわけでもありません。そして、同じくらい、あるいはもっと努力をしていた企業が他にも多数あった状況を考えると、経営者としては「運が良かった」ということになります。今、当時と同じやり方をしても、同じように成功することは難しいかもしれません。

その理由は、15年前などと比較すると相対的に産業が成熟しており、初期投資や参入障壁が高くなっていることが多いからです。昔のように、半年でプロダクトを創って一気にスケールさせることは、無理ではないですし、無駄でもないですが、やはり相対的には困難になってきていると認識しています。例えば、「PlayStation®5のゲームを作ろう」となると、4〜5年前からターゲットを決めている必要があります。PlayStation®5に限らず、ハードウェアのロードマップに沿って事業を進める必要がある場合は、3~5年程度はかかってしまいます。また、インターネット、ソフトウェアだけで完結するビジネスも少なくなりつつあり、インターネットがIT業界の専売特許という訳でもなくなっています。「ちょっとやってダメだったら次」という進め方による成功確率は下がっている、あるいは、そのフィールドは狭まっていると言えます。 そのため、より中長期的なロードマップを会社として掲げることが大切です。

その中長期的なロードマップの策定の仕方を紹介します。なお、ここでは5年スパンを前提としていますが、企業や事業の状況によっては3年スパンにしても良いでしょう。

以下の順に考えていきます。

  • 自社のビジョン・ミッションはなにか?

  • 5年後の外部環境(市場や技術)はどうなっているか?

  • 5年後に自社がどうなっているとマーケットリーダーになれるのか?

  • 5年後にあるべき姿と、現在の状態の差分はなにか?

  • 差分を埋めるために四半期毎にやるべきことはなにか?

特に、「5年後の外部環境はどうなっていて、その時に自社はどういう状態にあるべきか?」 という点を明確化することが重要です。分かりやすい例だと、「スマートフォンの未来はどうなっていくのか?」は大きなテーマです。スマートフォンは成熟期に差し掛かっており、最近登場している折り畳める機能やカメラの性能向上などは、ガラケーの時代にも聞いたことのある話です。「今後、ガラケーからスマートフォンに変化したようなディスラプションがあるとしたらどのような変化が生まれるか?」「変化に気づいたとしても、一番に参入すべきか?」「ファーストムーバーが必ず勝つとは限らないし、自分たちであれば、2周目から参入しても勝てるのではないか?」などを考えていきます。

このような中長期のロードマップのPDCAを回していきます。そして、自分たちの仮説が合っていたのかのフィードバックを一通り受け取るまでに、3~5年程度は掛かるでしょう。ここまで続けると、ようやく経営者としてのイテレーションが1周します。何周も経験するには時間が必要であるため、経営者としての感性を磨くのは容易ではありません。しかし、イテレーションを繰り返す度に、上手くコントロールできるようになっていく実感はあります。

なお、前述のことを当たり前のようにやり始めたのは、CTOに就任して8~10年した頃からです。もちろん、昔から中期経営計画などを書いてはいました。しかし、今考えると、解像度や重要性の認識も低かったし、目の前の問題に対処することで手一杯であったと言えます。

また、CTOは、全社戦略や事業戦略に関わる必要はありますが、必ずしも主体となって策定する必要はないと言えます。このあたりはチームのバランスによって変わってきます 特に、0→1のフェーズでは、事業をドライブする人がやればいいでしょう。1→10のフェーズにおいては、上手に事業を伸ばしていく方法はありますが、0→1のフェーズでは、「絶対この領域で成功させるんだ」という想いを持った人の存在が重要です。企業はそういった人材をサポートするのが役割だと言えます。中長期的なゴール策定に正解はありませんが、会社としてゴールを掲げることは大事です。それが正解か、成功するか、はもちろん重要ですが、結果がどうであれ「その時こう考えていて」「こうなったので」「次はこうしよう」というフィードバックループによって自身、チームを成長させていくことが大事なのではないかと思います。

その中で、CTOの役割の1つとしては技術の変化によってどのようなサービスを実現できるのかという実現可能性を評価し、進言する、ということが挙げられます。近年では、XRやNFT、Web3などの新しい概念が出てきています。大抵の場合は、技術的に真新しくない、あるいは逆に実用段階ではない、などの判断を下しがちです。しかし、そのように簡単に話を終わらせるのも危険です。こういった新しい概念を支えるテクノロジーを理解し、「これは流石に一般化しないだろう」「有り得なくもないが、もう少し様子見しよう」「自社のプロダクトにこう影響しそうだから、こういう準備をしよう」などとジャッジすることが重要です。

これまでも、「これからは○○だ」と言われてはその通りになったり、逆に廃れていくことが繰り返されています。例えば、すごく昔の例ですが、15年以上前に、「これからはXMLだ、WebはもっとXMLでセマンティックな感じになっていく」と言われていました。XML MagazineやXML worldという雑誌までありましたが、世間で言われていることを鵜呑みにするのではなく、自分の意見として「将来の技術はこうなるんだ」 という未来の仮説を立てることは、CTOとしての意思決定センスを磨く良い機会です。

一方で、長期的・マクロ的な視点だけではなく、目の前のミクロな事象に対しても、適切に対処する必要があります。毎週・毎日、様々なことが起こります。ソフトウェアのインシデントもその1つです。ある日に発生した小さな事象が、未来に大きな影響を与えることもあります。また、一つ一つのゲームやコンテンツが当たるかどうかなどは、運要素も強いでしょう。そのため、全てのミクロな事象にCTOが対処するのではなく、事象の影響度と不確実性に応じて、適切に対処しつつも、時には長期的な戦略シナリオをボトムアップで変更しながら経営していくことが求められます。これらのことは、言語化しづらいため、経営者としての能力やセンスとも言えます。

最初の頃は、中長期的なロードマップを上手く描けなかったり、ミクロな事象への対処を間違えてしまうことも多いでしょう。しかし、それでも未来への仮説を持って経営していく、そのフィードバックループによって自身やチームを改善し続けることは、経営者として非常に重要なことです。

2. 視野の範囲を広げて経営する

視野の範囲を広げて経営

2つ目のテーマは、自社だけに囚われず、視野の範囲を広げて経営することの重要性です。これは、もっと昔に気づいておきたかったと思うくらい、経営者として非常に重要なテーマです。

「広い視点で社会に貢献する」ということは、OSS活動をしたり、業界団体で活動したりすることが該当します。場合によっては、日本社会、SDGsに貢献することにもなるでしょう。言い換えると、自社の利益に閉じず、業界・社会の利益のために貢献することです。

なぜ、業界や社会に目を向けて、貢献することが重要かを考えてみます。もし、自分が所属している業界が廃れたらどうなるでしょう。極端なことを言うと、仮に日本経済が大幅に縮小してしまったら、国内で自社の施策を頑張ったところで、世界で太刀打ちできなくなってしまいます。その結果、十分な資金調達ができなかったり、企業の存続が困難になるリスクも高まります。それを防ぐためにも、業界や社会の発展を維持することが重要です。

また、ご存じの方も多いと思いますが、パナソニック創業者の松下幸之助さんが残した有名な言葉に「企業は社会の公器である」 というものがあります。どんな企業であっても、社会があって初めて存続しているものであり、社会においてどういう役割、位置付けで存在していきたいか、ということを考え続ける必要があります。また、例えば法律が一つ変わっただけでも、企業の存続が危ぶまれるリスクが常にあります。そのため、企業として社会にどう貢献していくのか、ということが、建前ではなく実利として重要なのである、ということを遅まきながらここ数年でようやく実感として持てるようになりました。

1つの例として、アルコール飲料を考えてみると、WHOは人々の飲酒量を減らすための世界的な取り組みを実施しています。もし、アルコール飲料に関して、更なる法律の規制が掛けられたなら、間違いなく関連事業の経営に影響を与えることが容易に想像できます。

上記の例だけでなく、このような社会的リスクはどの事業にも存在します。そのため、小さなスタートアップであっても、大企業であっても、その尺度や粒度は様々になるとは思いますが、自分たちの会社のことだけではなく、社会と向き合うコストを支払う必要がある、そうすることで中期的にはリターンが得られる、という視点が大事なのではないかと思います。これまでの自分の行動を振り返ってみると、以前は自社を成長させることで精一杯であり、そのようなことを具体的に教えてくれる人も居なかったので、その重要性に気づけていませんでした。遅かれ早かれ、自社だけにとどまらない広い視点を持つことは、経営者として非常に大切なことだと言えます。 

そして、デジタル庁のCTOに就任したのも、業界や社会の発展に貢献したいという考えや、「日本自体を元気にしないと、幸せな老後が過ごせないのでは?」という身勝手な危機感があったからです。

このように言うと大袈裟ですし、もうやってるよ、というご意見も多くあろうかと思います。しかし、この手の話に終わりはないので、少しずつでも、今よりももう一歩ずつでも、CTOがそうした意識を強めていくことは、きっと自社にとってプラスになるでしょう。例えば、自社の事業領域にある業界団体などに所属したり、コミュニティ活動をしてみたり、得られたノウハウをブログやSNSで発信してみるのも素敵なことだと思います。

もちろん、全ての企業が社会規範や法律が整備されたドメインで事業をすべきという意味ではありません。特に、新しい事業は社会にイノベーションを起こすことを目的とすることも多いと思います。そのため、その事業が正当かどうかは置いておき、法律が整備されていない領域の事業を展開することもあるでしょう。例えばUberやAirbnbも、ある意味では法律が整っていない領域や、社会規範として賛否両論がある領域でチャレンジした結果、大きくグロースしたと言えます。そのような事業自体をやめるべき、という話ではなく、社会と向き合った上で適切な判断・対処をすることが重要です。

では、具体的に経営者がまず行うべきことは何でしょうか。それは、自分たちがどのような状況に置かれているかを自覚することです。特に、自身の周りだけに捉われずに世間の風潮を観察することが重要です。例えば、新聞社の中には、政治や企業のテーマを扱う部署もあれば、消費者問題のような社会的テーマを扱う部署もあり、それぞれの領域で社会の動きに目を配っています。それらの動向に限らず、できるだけ広く、バイアスのかからない視野を持てるような努力が必要なのではないかと思います。

なお、このような行動は、全てのスタートアップに当てはまるとは思いません。自分たちの事業ドメインやフェーズに応じて、上手に判断することが重要です。ただ、こういった観点はあるに越したことはないですし、そもそも必要かどうか、ということ自体を正しく理解するためにも、まずは意識してウォッチすることから始めてみましょう。

まとめ

世の中のイメージでは、CTOよりもCEO・CFOの方が経営っぽい、という色合いが強いんじゃないかと思います。しかし、テクノロジーが非常に重要であることは断言でき、それを経営に上手に組み込むことも必要です、となった際、CTOとして経営者としてどれだけ成熟しているか、ということはこれから更に重要になってくると思います。自身の経験を振り返ると、「CTOになりたての頃に経営について教えてもらう機会や情報は少なかったなー」と思うので、何かの参考になれば、ということでここ数年で特に思っていることのうち2つを本記事でお伝えさせていただきました。これらは自身としても、ここ数年間で意識的に実践しようとしてきた内容でもあります。特にスタートアップにジョインしたての頃は、ほとんどの時間を目の前の問題に対処することに取られることが多いと思います。もちろん、それがなにより大事なのですが、その中でも「少しだけ、ちょっと違った観点で世界を捉えてみる」ことや「まずは意識してみる」ことを、この場を借りておすすめさせていただきます。