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関根愛「あの人がひとりで食べているから」(2日目)

十二月一日、雨、晴れ、突風。

歩くのが好き。何にせよまずは歩くことから。朝方まで降っていた雨もやみ、陽射しが濡れた道路をやわらかく刺す。今日は一日なので三島大社で朔日詣り、と思い突風の中出かける。数歩も進まないうちに、薄暗い側溝の下で力強く生えている草を見つける。三島といえば湧水。思いきり風に押されて清流がたぷたぷ流れていく。

目的地へ向かう途中の金物屋さんでつい足が止まる。台所のものが売っている場所にはどうしても吸い寄せられてしまう。「文化台所用品 森田金物店」は8-90年ほどつづいている。お母さんはお嫁にきて55年だそう。それだけひとつの場所に根を張るなんてとんでもない力だと思う。しんと静まり返った店内に所狭しと並んだ日用品。どれも輝いている。こんなに沢山の道具を使いこなして人間は日々料理をしてきた。その果てしなさに感動する。ひとつひとつに黄色いラベルがしてある。これは何に使うものなのか、一眼でわかる。金物屋さんとか荒物屋さんが大好き。どうやって自宅まで持ち帰るのかは考えずに大きなザルを買った。野菜干すの?と聞かれて、はい。野菜を干すのが好きです。冬の陽射しは穏やかだから乾くのに数日かかるけどじっくり陽を浴びて味が濃くなった野菜は頼れる冬の保存食になる。それと鉄玉子(鍋やフライパンに入れて鉄分を補給する便利アイテム)の平べったいのがあるのよ、こないだNHKで放映されたらやっぱり買う人増えた、と言われて買ってしまった。玉子型の従来のものは持っているんだけど、やっぱり平らなほうがフライパンの上で転がらないから使いやすいはず。これはお礼ね、とくれた三島のポチ袋には飴玉がふたつ入っていた。

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森田金物店の近くにはこじんまりした(ちょうどよいサイズの)本屋さんがあった。文盛堂書店。料理本コーナーには都会でも見たことない本がちらほら。色んな本屋の料理コーナーを見尽くしたと思っている私にもまだまだ知らない本があった。最近うちの台所を取材してもらった雑誌「veggy」はあるかなあと探してみるとあった。静岡関連の本も多い。鉄道とか温泉とか。買いたい本がいくつかあったけど足取りが重たくなるから二冊までにとどめて(生姜料理の本と温泉宿の本と)三島大社へと歩を進めると、巨大カボチャがふたつ道端にごろんと寝ていた。無事にお参りをして、午前中の境内では光があちこちで乱反射して眩しい。歩いて竹倉温泉へ向かう。街中を抜けるとこじんまりした田園風景。誰一人ともすれ違わずひとり歩く。温泉の近くにはちいさな神社、八王子神社。人気はなく荒涼としている。

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最近よく湯治に行く。竹倉温泉で唯一今でも営業をつづける「みなくち荘」は赤湯と聞いて迷いなく向かった。鉄分がたっぷり。もともと熱めのお湯なのに内湯にも関わらず大きな窓から陽射しが降り注ぐから露天かと思うくらい暑くなる。窓の外には畑が広がり、もしも畑作業のおじちゃんとかがふらっと現れでもしたら丸見えの作り。平日の昼間だからか貸切状態。五分おきに温まって冷水をかけて、を繰り返す。三十分もすると気持ち良くなってきてさっぱり。湯上がりに足つぼ板にのる。帰り際、地元民らしきおばあちゃんが入ってくる。こんにちは、とおばあちゃん、こちらがこんにちはと返して振り向くともうすっぽんぽんになっていてお風呂へ消えていく。私はこんなに着込んで荷物も多いのにおばあちゃんのこの身軽さ。帰りも歩く。風が強いから湯冷めしないように完全防備。どこを歩いても富士山に見守られている。

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宿に戻って遅い昼を作る。西陽がよく入る三階の細い台所。このシェアハウスビルの一階はもともと紳士服のお店だった。旅先での自炊は大したことはしない。いつものもの。汁物とお米、あとは簡単な野菜のおかず。昨日買った三島野菜と、持ち込んだ使いかけの野菜でお味噌汁。麦味噌で美味しい。あとかぼちゃ煮。いつまでも長い湯気を立てている姿にしばらく見とれた。甘い。他の三島野菜たちをどうやって料理しようかなあ。楽しみ。調味料は一応持参したけど足りなければ三島駅近くにあるMOAで自然食品を売っているからそこで調達する。三島の街は手の届くところに色々が集まっているから暮らしやすいと思う。

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このあとは、昨日に引き続き夜に「ひとりで食べる」シリーズの撮影を二件させてもらう。ひとりは最近三島に移住してきたという三十代男性、もう一人はセブンイレブンでアルバイトをする大学二年生。どんな暮らしをしているんだろう。何をどうやって食べるんだろう。ところで昼間にお湯に浸かってしまったしもう眠気がすごい。終わったら十二時を過ぎそうだから、今日は早めに日記を書いた。

追記1:素敵な蔵の中で三島に暮らす人が集まる飲み会に少し参加させてもらった。全員がどういう人かわからなかったけど、色々な人がいた。そこでも撮影させてくれる人が見つかった。ありがたかった。そのまま大学二年生の男性の家に撮影へ行く。愛知県から三島の大学へ。愛されて育った人特有のオーラを素直にまとう真面目でチャーミングな人だった。ジャニーズJr.とディズニーランドをこよなく愛している(それぞれの魅力を情熱的に語ってくれた)その男性はアルバイト先のコンビニで買ってきた生姜焼き弁当とポテトサラダを丁寧に食べた。インタビューの最後にあなたにとって食べるってどういうことですか?と聞くと、自分を大切にすることです、と淀みなく答えてくれた。

追記2:エンタメを仕事にする三十代男性の撮影。三島大社のそばで猫とウサギと暮らす。今年五月に三島に越してきたかと思えば来年の夏にはアメリカへ行く。仕事が押して時間があまりないと言うけど、即席ラーメンと麻婆豆腐、つやつや光るもやしの美味しそうな副菜もちゃんとつける。やる時はちゃんと料理をする人の用意の仕方だと一眼でわかる。久しぶりの家での夕食とのこと。一人で食べるときは必ず何か(スマホ、漫画、映画)を観ながら食べる。湯気立つラーメンを箸を止める間もなく口へ運ぶ。お腹が空いて食べることはほとんどなく、食べることは暇つぶしみたいなものだと言う。泣きながら食べたことはありますか?と聞いた。ある、と答えた。その時は珍しくお腹が空いて食べたのだそうだ。話を聞いているうちにその人の見ていた景色が見えてくるような気がした。淀みなく話す、この人の食べ方もまた周りを寄せつけないほどまっすぐだった。

今日もこうしてひとりで食べる人の姿を見て、皆大丈夫、と思う。大丈夫、食べることは生きることだ。今日もどこかであの人が食べている、この人がこうして食べている。誰かがそれを感じている。心で。食べることは、繋がること。

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