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昭和時代の中学受験・番外編〜そういえばお受験もしてた〜

「来週からお教室に通います。」

まだ5歳だったある日、突然母にこう告げられた。

「親戚の○ちゃん、私立の小学校に合格したの。だからあなたも○ちゃんの通ってたお教室に、来週から通うのよ。」

寝耳に水。
その時はこのことわざをまだ知らなかったが、母のあまりに唐突な宣言に、『❓❓❗️❓❗️❓❓❓❗️❗️』
と心が反応し、一瞬凍りついたことは憶えている。

私は三人きょうだいの3番目。
上の2人とは歳が離れていて、母が40歳の時に生まれた。
当時、母は自宅でピアノ教室を開いており、
「先生」と呼ばれる立場だった。
鋼のようなプライドを持ち、極度の負けず嫌い。激しいパッションが母を突き動かし、気まぐれなナルシストでもあった。
そして何より、「戦争」という原体験が、母の猛女っぷりに拍車をかけていたように思う。

つい昨日まで、兄と姉が通った近所の公立小に私も通うはずだったのに、親戚の私立小合格というニュース速報が、母の心に火をつけた。
直情径行🔥家族の誰も彼女を止めることはできなかった。
その日から、自分の母校である私立女子校に、わが子を合格させることが、母の最重要課題、そして生きがいとなった。

こうして私は、まったく訳がわからないまま、「お受験」という奇妙な戦争に巻き込まれていったのだ。
(つづく)

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#戦争
#先生
#幼児教室

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