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LIGHTHOUSE 作って表現せずにはいられない人の性


私は安易に、「チームのために」みたいな精神で、人と繋がれてる感覚になれちゃう人間だ。
かつて芝居をしていた時があったのだが、「役者じゃなくたって社会と繋がれる、むしろバイトの時間のほうが没頭できてるし、社会と繋がれてる」という感覚があった。バイト先の店長に頼られることが嬉しかったし、バイト仲間と連携しながら業務に取り組んでいく達成感があった。
簡単に他者の力になれている感覚になれていたのかもしれない。本当に簡単にだ。
役者の私なんて誰も必要としていないし、自分が好きでやっていると思えない限り、楽しくないと感じながら続けるのは難しかった。

それから芝居を辞めて就職して早5年。
組織の中に身を置いて、チームの一員になって、社会と繋がれた気にはなったかもしれない。だけど安定するとすぐに飽きが来る。
現時点で3つの会社を渡り歩いてきた。どうせ働かなければならないのだから、どうしたら意義を感じて仕事ができるだろう、自分はどうありたいのだろう、と必死に考えて一時的に辿り着いた結果が、「もっと他者貢献している感覚が欲しい!」などという大義名分だったりして、そういった要素の強い仕事に就いたりもした。



先日、一緒に映画を作ったり芝居をしたりしていた大学の同期2人と会ってじっくり話しをした。

新しい仕事にも慣れてきて、良い感じに毎日が進んでいるという近況を話した。ただその一方で、日常から損なわれている気がする創作意欲ついての話しを聞いてもらった。すると、

「やっぱり君も作る人なんだよ」

と言われた。
私は作る人間?そうだったの?!真正面から言われて、思わぬところにストレートが入って驚いた。

大学では、モノづくりする人ばかりの環境に居た。だから気づかなかったけど、どうやら世の中の大半の人はモノづくりなんてしなくたって生きていけるみたいだ。それが良いとか悪いとかの話しではなく、創作をしなくても毎日が楽しいってことも充分素敵なことだし、とても健全だとも感じる。
だけど、「君も作る人」と言われて驚きつつ、創作意欲の減退に悶々としている時点でそうなのかもしれないなぁ、とじわじわ腑に落ちていった。


大学の時や芝居をしていた時、「私には映画しかない、芝居しかない」みたいな感覚がなかった。映画に沢山救われてきたし、そんな映画に憧れてもいた。芝居だって、やれば普段の自分では到底到達できない感覚を知れたりもした。良い芝居をしたいと思って真面目に取り組んでいたことに嘘はない。
だけど、この表現で生きていくんだ!と気概を持っていて、この表現だからこそ他者と繋がれる!と切実に生きてる仲間とは比べものにならなかった。芝居の中で他者と対話できている状態になることに凄く憧れているのに、没頭し切れずに客観視が始まってしまう。でもそんな素敵な仲間と一緒に作品作りができているという安心も欲していたし、自分も何かしらの役割で作品の力になれていると思いたくて、あらゆる関わり方をしてきた。だけどそのどれもが、「私にはこれしかない」という感覚を持てず、中途半端な自分をどう扱って良いかわからなかった。

事実今も、有難いことに自分の居場所がいくつかあって、好きなものもやりたいことも沢山あって、「私にはこの表現しかないんだ」という心境ではない。だけど、創造や表現の場がなくなったとしたら。きっと辛くなるんだろうなぁ。最初は良くても、次第に生きる意義を見失うのだろう。

実際に、芝居を辞めて就職してから数か月で、私は表現欲求のやり場に困り果て、表現する場もしっくりくる手段もないことにモヤモヤしていった。結局役者をしていてもしていないくても、自分がワクワクしながら表現活動に没頭できていない、という点で悩みは同じだった。



最近創作意欲が湧かない。何かを創り上げたいのに書きたいことがない。気が向かない。
こう書くとただの怠惰な野郎なのだが、世界へのモヤモヤがなくなると何も作れなくなっちゃう。毎日仕事と休息だけでいっぱいいっぱいだからだろうか。それなりに日常が充実しているからだろうか。ある程度満たされた気持ちで毎日働けているからだろうか。仕事への過集中で思考の余白がないからだろうか。
いや、全くモヤモヤがないわけではないのだが、創作意欲が確実に弱まっており、若干の恐怖をおぼえている。書きたい気持ちはあるのだけど、書くほどのことでもなかったり、書けることではなかったりする。何をどう書けば良いのかうまくまとまらないのだ。

モヤモヤなんてなくたって、毎日が充実していたって、小さなことで面白い文章を書きたいんだけどな。


そんな小さな悩みを友達の前で口にした翌日、Netflixのトーク番組『LIGHTHOUSE』を観た。星野源さんと若林正恭さんが2人で悩みを持ち寄って語り合う番組だ。

若林さんファン(ともう名乗って良いだろうか‥‥)としてはずっと観たいと思っていたけれど、まずは若林さんがかつて作っていた『たりないふたり』を観終えてから‥‥と思ってタイミングを見計らっていたのだ。
話しを聴いてくれた同期2人ともが既に観ていて、とても良かったと口を揃えて言っていた上に、1人は何周もしていると教えてくれた。
もう、今このタイミングで観ることを大切にするしか、選択肢はなかった。(その直前に『たりないふたり』を全て観終えていた。超ナイスタイミングだった。)

『LIGHTHOUSE』#1「暗黒時代」で、星野さんと若林さんが、烏滸がましくも前述した私の悩みと似たような話しをしていた。

(小さい頃から受けてきた傷でモノを作ってきたが)傷で作り終えちゃった感覚があった。「もう無いぞ」っていう半年くらい、キツかった。

#1「暗黒時代」
若林さんの言葉より

傷やモヤモヤがないと作れないのではないか、という感覚は、私だけに訪れるものではなく、なんだかホッとしてしまった。

私にとっての創作 ――とりわけここで文章を書くこと―― は、誰に頼まれたわけでもない。自分が勝手にやっていることだ。締切があるわけでもないし、仕事でもないから完全に自分次第なのだ。
だから終わる時は引退っていう概念もないし、勝手に終わる。書きたいことがなくなったら自然消滅だ。
だけどこうやって書いていると、「そんな消滅は嫌だ」という気持ちがしっかりあることに気付く。まだ書き終わりたくはない。まだまだ作りたい。

役者をやっていた時は、終わってしまうのは嫌だとあまり思えなかった。いつも怖くて怖くて、逃げ出したい気持ちの方がずっと大きかった。でもただ自分に負けているだけだと思っていたし、辞めたいとは誰にも、自分にも言えなかった。

星野さんは『LIGHTHOUSE』で対話した内容を元に、毎話違うエンディング曲を作って演奏している。

君は若くて良いねなんて
知らねえよカスが
もし僕が明日死んだら
それが一生なんだ

#1「暗黒時代」
エンディング曲『灯台』の歌詞より

#5「ドライブと決意」で、この『灯台』の歌詞について語られる場面がある。

自転車って漕いでたら着く。
でも20代の時、我々漕いでるけど、着くかどうかわからないし、作ったネタが必ずしも良いかどうかわからない。
芸能はやっても進まなかったりするから、ノーフューチャーだった。

#5「ドライブと決意」
若林さんの言葉より

まさに私もノーフューチャーだった。お先真っ暗。どん詰まり。未来だと?そんなもの考えられない。苦し紛れに興味本位で占いに行ってみたら、
「あなたは大器晩成型だ」
と言われた。大器晩成だと?うるせえ!今すらまともに積み重ねられていないのに晩成などあるわけがねぇ!そもそも未来がねぇ!さっさとこんな人生燃え尽きてしまえ!
実際にノーフューチャー加減が限界で、私は違う場所に逃げ出した。

逃げたらなんだかホッとしてしまって、だけど今度は命を燃やせていない自分が退屈で、モヤモヤしてしまった。結局どこに行ってもノーフューチャーだった。

今になっても「私にはこの表現しかない」とは思わないのだけれど、文章を書くという行為に対して「この表現かもしれない」と少ししっくりくる気持ちが生まれているからこそ、「創造の火が消えてしまうのは嫌だ」と思えている。不思議なものだ。


傷で作り終えてしまった若林さんだが、こうも続けた。

今は滑稽であり、けったいな話しができるようになった。

#1「暗黒時代」
若林さんの言葉より

作り終えてしまって、もう何かを生み出せる燃料が何も無いと感じた時期は、きっと若い時のノーフューチャーとは別の苦しみがあったと思う。だけどどうしたら良いか考え続けて乗り越えると、次のモノづくりのやり方が出てくるんだなぁ、ということを教えてもらった。


また#3「Christmas プレゼント」では、作品作りや表現活動のモチベーションに関する対話の中で、星野さんがこんなことを言っていた。

良い曲を作りたいとか、自分が興奮する曲を作りたいみたいな(気持ちは)ずっと変わってない。むしろ高まってる。
自分が楽しんだり驚いたりしたいっていうのが一番ある。

#3「Christmas プレゼント」
星野さんの言葉より

皮肉なことに、どうやらノーフューチャーと創作は相性が良いらしい。ノーフューチャーを越えた先では、飽き性な自分と対峙しながらモノづくりのやり方を模索していかねばならない。
そんな中で星野さんのこの思考は大きなヒントになる。自分で自分を楽しませたいというのは、誰かに認めて欲しいと思うよりもワクワクする。

相方の春日俊彰、盟友の山里亮太。
あのふたりが、同じこと繰り返せるヤツらなんですよ。
それは芸で、超一流だと思う。
でも俺は繰り返せない。

#3「Christmas プレゼント」
若林さんの言葉より

芝居を辞め、就職した頃、私はバレエを観ることにかなりハマっていた。生き様を踊りに発露させるダンサーに心掴まれ、また憧れた。だけど自分自身はそういうふうには生きられていないんだと悟って絶望した。
ダンサーたちは、同じ基礎練習を子供の頃からプロになってからも毎日毎日繰り返し続け、鍛錬を積んでいる。その先に舞台という表現の場がある。もちろん本番の舞台は変化があるものなのだが、同じことを繰り返す毎日の中で、工夫して小さな変化をつけて生きていることがまず凄いと思った。そんな毎日の土台がなければ、人の心を掴む舞台には辿り着かない表現手法なのだ。
彼らを尊敬すると同時に、飽き性な自分は本当に目も当てられないと劣等感を感じて、そんな自分を受け入れられなかった。

「もう行きたい所がどこにもない。自分で作るしかない。」

#3「Christmas プレゼント」
若林さんの1行日記より

そう思った頃に始めたのがこの随想録だ。細々とではあるが、続けることができている。無意識の内に、自分の居場所になっていた。
そして、合っていると感じている今の仕事、暮らし、これももう一つの居場所だ。
この両者を大切にして、ドーパミンとセロトニンのバランスを取って生きていけると健全なんだろう。


灯台
誰も救おうと思うな
ただ光ってろ

#1「暗黒時代」
エンディング曲『灯台』の歌詞より

救いだなぁ。やっぱり「誰かのため」だけを振りかざして、安易に他者貢献なんて言うもんじゃない。ただ光ってるやつが、結果的に誰かを救ってたりするんだよなぁ。

私は、今この文をしたためることができてとても幸せだ。書けたんだから。書きながら、ひとつの作品になっていく過程にワクワクしたんだから。創造の火がまだ消えていなかった。誰に喜ばれなくても純粋に凄く嬉しい。ただ光っている、それを目指すことにする。






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