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給食を再現したいのだ

昨日、boy(息子)がさばの味噌煮を作った。
少し前に、私が作ったさばの味噌煮が
おいしくなかったからだ。

私はあんまりさばの味噌煮がすきではないので
自分で積極的に作らない。
しかし夫が

「俺はさばの味噌煮がずっとすきだって
言ってるのに、なんで出てこないのか」

と憤慨し始めたので、テキトーな感じで
作ってみたが、おいしくなかったのだ。

5年生まで給食を食べていたboy(息子)が、

「給食のさばの味噌煮はめっちゃ
美味しかった、もう一回食べたいなあ」

などと、私の味噌煮を食べながら、
遠い目をしたので、切なくなってしまった。
今、boyは学校に行っていないから、
給食ももうboyのぶんを作ってもらって
いないのだ。
さばの味噌煮の日に、給食を食べにだけ
行けたらいいのに。

確かに給食のさばの味噌煮はおいしかった
きがする。
他に私がすきだった給食は、

白身魚のアーモンドフライ
ささみのレモン煮
きな粉パン

だった。全国各地で給食はさまざまだから、
いろんな地域で、みんながすきだった給食
の話には興味がある。
だって、日本海の沿岸部である、近くの
小学校では、給食にカニが、1人にいっぱい
ずつ、提供されたりするのだ。


私が5年生くらいのとき、給食の瓶の牛乳が、パックの牛乳に変わった。

昔は、給食は残したら絶対だめ!だったから、
私は牛乳瓶の口についている、薄い紫の
ビニールキャップをはずし、そこに
絶対に食べられないもの

"とりにくの皮"

をおき、牛乳瓶の蓋をギュッと被せて
隠していた。
他にも食べたくないものはこの手法で
蓋の下に隠し、
蓋を捨てるふりをしてうまく捨てていた。
一度もばれなかった。

だから牛乳がパックに変わったとき、
もう隠し場所がない
という悲しみに襲われたのを覚えている。

給食の思い出話は、だれもが持っていて、
これを話し合うときはたぶん、
だれもがフラットな立ち位置になれる。
お金もちでも、お金がなくても、
地位や名誉とも関係なく。

あ、給食の話になってしまった。
じゃなくて。

かくして、boyは、自分でさばの味噌煮を作ることにしたのである。
youtubeで、作り方を調べてつくる、
というので、youtubeでさばの味噌煮を
検索すると、いろんな人が作り方を挙げて
いる。
多すぎて、えらべない。。

その中で、どこかの田舎で田舎蕎麦と田舎料理の店を切り盛りしているおばあちゃんが、
自分の手料理の作り方を教えている
チャンネルがあった。

ほんとうに、何処にでもいる、75歳くらいの
田舎のおばあちゃんだ。
やっぱり毛糸の帽子をかぶっている。

しかしチャンネル登録者数におどろいた。
65万人。
おばあちゃんも、晩年に自分の料理が
65万人に見てもらうことになるとは
思ってなかっただろう。
バックに、立派な黒幕(スタッフ)がいるの
だと思う。

「安心と信頼のおばあ」

とboyが言い、

「おばあしかかたん」

と私が言う。
boyはこのおばあちゃんのレシピで
作ることに決めた。

おばあちゃんは、すべての材料の入れ物に、
(水、酒、みりん、醤油、みそ)
と、間違わないように紙に書いて貼っている。
もう、75にもなると、まちがえちゃうの、
というおばあちゃんに、
味噌は何と、まちがえるのですか?
と撮影スタッフ。
いじめるんじゃないよ。
いや、こういうのが、うけてるのかな?

しかしこれを全部順番なく鍋に入れてからの
スタートだったから、やっぱりあんまり
貼り紙の意味はなかったようだった。

おばあちゃんのいうとうりに調理をすすめ、
美味しそうにできあがり、ご満悦のboy。

煮込み途中、

よくしゅんできました
ほら、しゅんでますよね

というおばあちゃん。
しゅむ、というのは、味が沁みる(滲みる?)
と言う意味なのはわかるけど、これ
日本全国で通用する言葉だったっけか?
とおもいながら、
その言葉を言いたくなってしまった私達は、

しゅんでますか?
しゅんでますねえ

と言い合って喜んだ。

夕飯に、お待ちかねのさばの味噌煮を
食卓にあげる。
一口食べて、

「美味しいけど、給食みたいな感じではない。
なんかしみこんでない。」

と言うboy。残念だ。

あとはもう私が給食のおばちゃんになり、
潜入捜査するしか、残された道はなくなった。

どうしてももう一度、給食のさばの味噌煮を
食べさせてやりたいのだ。


believe2023さま
かわいいイラストを使わせていただきました。
ありがとうございます。

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