こだわらないはかっこいい
結婚した頃、私と主人はいわゆる
播州、と呼ばれる地域の、静かな町に
暮らしていた。
隣町は金物の町だったから、あちこちに
刃物を販売している店があり、たまに
鍛冶屋さんもいた。
隣町の鍛冶屋さんのおうちで、月に1.2度、
あちこちから木を削りたい男たちが
集まって、
「削ろう会」
というのが小さく開催されていて、
木工をする夫も、その会にたまに参加して
いた。
「削ろう会」は何をする会か、というと、
自分の鉋(かんな)で、どれだけ薄く、
木材を削れるか。
ということがやりたい人が集まる会だ。
なんでも全国各地にこの会はあるらしく、
全国大会もあるらしい。
とにかく薄ければ薄いほどよくて、
削った木材で、何を作るか、とかは
どうでもよい。
順番に、自分の鉋で、角材を
しゃーっ
と薄く削り、特別な、厚みを測る機械で、
削った木の厚みを測る。
何ミクロンでたぞ。
いや、まだまだ。
もうちょっと薄く。
などと言い合いながら、木を削る。
それは、日がな一日行われる。
男たちのそんな特殊な趣味に付いてくる
嫁も子供も皆無で、メンバーは20代から
50代の男ばかり、だいたいいつも
5.6人が固定メンバーだった。
私は当時、子供も友達もいなくて暇だった
ので、だいたい夫にくっついていき、
男たちがしゃーしゃーやっているのを
ぼんやり眺めていた。
だいたいが大工さんだった。
大工さんはチームワークも必要だろうけど、
チームワークが苦手そうな人もいて、
あまり話すのは得意ではないひとや、
アウトロー的なひともいて、
人間ウォッチングとしてはおもしろかった。
その中に、たかみさん、という20代後半の
大工さんがいた。
たかみさんは、奥さんも子供もいる
らしかったが、自分の話をしないので、
いつまで経っても謎の男だった。
たかみさんは自分の話もしないけど、
人に質問もしないので、関係性は並行線の
ままだった。
でも私と夫は、たかみさんを気に入って
いた。
大勢の飲み会で、中心で盛り上げ役になる
いわゆる陽キャより、ほんとうに
おもしろいのは、隅っこで静かに飲んでいる
人のほうだ、と私は思っている。
たかみさんはたぶん人嫌いではないが、
話すことが苦手なだけなんだろう。
たかみさんはたぶんおもしろい。
私と夫は、たかみさんをうちに呼ぼう、と
思った。
たかみさんと、確かあと1.2人の大工さんを
呼んで、うちで鍋パーティーを計画した。
当時、私達2人は新婚なのに、ボロッボロの
小屋みたいな借家に住んでいた。
ぼろいなあ
とか
なんでこんなとこに住んでるんすか
とか
突っ込みどころは満載だったと思うのだが、
到着して家に招き入れたたかみさんは
いつものように、黙ってただそこにいた。
お鍋やお酒がまわり、よく喋るひとは
よく喋っていたが、たかみさんはだいたい
静かに、聞かれたことに答えていた。
リターンがないので、必然的に、質問大会
みたいになる。
たかみさんはいつも話しかけられると、
自分っスか?
みたいなビックリした顔をする。
私はたかみさんに、
すきな食べ物はなんですか。
と聞いた。
するとたかみさんはしばらく考えて、
「ラーメンっスかね。」
と言った。
私の中では、ラーメン好きなら必ず、
自分のすきなラーメンの系統とか、
すきな店とか、
逆に美味しくない、おすすめしない店とかのいわゆる
「ラーメン語り」
があると思っていたので、
私は嬉々として、
「このへんで美味しいお店はどこですか?」
と聞いた。
するとたかみさんは、そんなことを聞かれると思ってなかった、というビックリした
顔をして、
「え、、ラーメンならなんでもいいっス。
ラーメンが、すきなんで。」
と言った。
私が面食らって、
「え、カップラーメンとかでも?」
と聞くと、
「はい。ラーメンだったらいいっス。
ラーメンに、うまいとかまずいとか、
ないっス。」
逆に、あるんスか?
みたいなビックリ顔だ。
私は、自分の浅はかな質問を恥じた。
(ラーメンが、すきなんだよ。
うまいとかまずいとかの次元じゃねえんだ。
愚かな質問すんな!)
と同時に、深く感動していた。
これ以上にかっこいい返事があるか。
すきなものへのこだわりがあるのが美徳、
という考え方もあるのかもしれない。
あるジャンルに対して、こだわりのある人の
話はなるほど、と思うし、すきだからこそ
うんちくがあるのもわかる。
例えば
ラーメン。
蕎麦。
酒。
肉の焼き方。
など。
こだわり語りをするのは女性より男性が
多いかもしれない。
こだわり、まあ、いいじゃないか、と
思って、今まで聞いてきたが、
この日、私は気づいた。
ほんとうにすきなら、こだわらない。
例えば蕎麦。
ぐでんぐでんの袋入りのゆでめんでも、
コシのある十割蕎麦でも、蕎麦なら
なんでもよい。
蕎麦がすきなのだから。
例えば日本酒。
やっすいワンカップでも、大吟醸でも
なんでもええよ。
日本酒だったらええよ。
肉の焼き方。
ユッケでもレアでもよーく焼いたんでも
なんでもいいから
肉持ってこい。俺は肉がすきなんだ。
わたしもこんなふうにこだわらなく
なりたい。
たかみさん。
こだわらない男。
げんきかな。
私たちのことは忘れてしまったかもな。
あの小屋で一緒に鍋を囲んだ日のことを
覚えくれていたらいいなあ。
私は、覚えているよ。
たかみさんの顔は、忘れてしまったけど。
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