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「職人業」における縦社会に、もっと順応できたら良かったのかなぁ。

仕事帰りにクラシックなオーセンティックバーで、1杯のジンフィズを飲んだ。とってもとっても美味しかった。

それは何の変哲もないジンフィズ。

レシピも、何の捻りもない。ジン45ml、レモンジュース20ml、シロップ2tspにソーダを適量。

私はこれまで何度かジンフィズを作ってきたが、レモンを20mlも入れてしまえば酸が立ってしまい「おいしい」と誰もが言えるものには仕上がらなかった。だからレモンを15mlに減らして、レシピから物理的に酸を減らしていた。

しかし今日のジンフィズはどうだろう。20mlもレモンジュースが入っているはずなのに、全く酸が立っていない。それどころか、ほどよい酸味として、ジンとシロップ、そしてソーダと調和した1杯に仕上がっている。

「私はやっぱりこの世界が好きなんだなあ」
心からそう思う瞬間だった。

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私は前職のバーで、バーテンダーの門を叩いた。その店は、見てくれはラウンジバーというかレストランというか、カジュアルにも楽しめる雰囲気を持つ場所だった。しかしスタッフたちの所作や教育は、昭和、クラシック、オーセンティックそのものだった。

「よくみっきーはこの店でやっていけるね」と、知人に何度か聞かれたことがある。たしかに私はトランスジェンダーの女性で、多様性に敏感な人間である。一方で前職の環境は超縦社会の体育会系。パワハラ、セクハラ、モラハラの温床。側から見れば、その店に私が立っていること自体が異端だっただろう。

事実、今となって私は、前職で過ごした日々を思い出すと辟易とするし、何より前職における人間関係のほとんどとは既に縁を切った。私は、トランスジェンダーであることを裏で揶揄する上司たちの姿勢に耐えられなくなったのである。

それでも私は、今もバーテンダーとして働くうえで、前職での経験や教育を日々の仕事に活かしている。それはなぜか……私は「伝統」「クラシック」が好きな、意外と保守的な人間だからである。

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理由を上手く説明することはできないが、私はいわゆる「伝統芸能」「職人芸」というものが好きだ。

ひとつのものを極めていく姿勢、熱意、プライド。その姿を見ると胸がワクワクするし、完成された作品には心から感銘を受ける。そして、私はその世界を心から尊敬している。

しかし、ひとつだけ相容れないものがある。それは人間関係。縦社会の体育会系、上に対する過剰なほどの気遣い、文化や風習に則った規律ある行動、といったものだろうか。伝統とはつまり、そういった類のものの上に成り立っているとも思う。しかし、私はそれには耐えきれないのである。

例えば、私は高校時代、茶道部に入部していた。そして茶道の世界の奥ゆかしさに魅了され、それはもうのめり込んでいった。

以前私のことを可愛がってくれた茶道の先生の言葉を借りれば、茶道は「和の総合芸術」である。茶室に入れば、掛け軸、生花、香合、お茶菓子、抹茶、茶碗、道具……といったところに、席主のこだわりが施されている。

茶道を本当に極めるとなったら、それぞれの分野に精通しなければ成立しない。私はその奥深さに心から感動したのを覚えている。

しかし私は、その後茶道の世界からは距離を取った。伝統に感銘を受けながらも、茶道の世界に漂う男尊女卑の習わし、そして人付き合いに疲れてしまったのである。

ジャパンバーテンディングにも、茶道と通ずるものがある。バーテンダーとしてその道を極めるとなったら、道具、酒、そして店内の設計といったすべてに気を配り、精通しなければならない。そういったこだわりの上に、至極の1杯が成り立つのだと思う。

そしてその世界は、家族のような濃い人間関係、また別の人にとっては窮屈な縦社会の上に成立しているのである。

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今、私はとても悩ましい。

ジャパンバーテンディングのようなクラシック、オーセンティックな仕事が好きでありながら、そこにおける縦社会とは極力距離を置きたい。

(きっと伝統を愛する方なら一度は思ったことがあると予想する。「技術だけ学びたい」「人間関係が無ければどれだけ楽だろう」と)

幸いに、現在私が身を置いている環境は非常に恵まれている。私の素性や生き方・あり方を尊重してくれるし、何より「私が楽しく働けることが一番だよ」と声をかけてくれる。

私は接客の上で、肩肘を張るような雰囲気は出したくない。人間関係も、上も下も関係なく、柔らかな雰囲気の中で仕事がしたい。ただ、私が作り上げる1杯のカクテル、そしてそれを作るにあたっての所作は、クラシックでいたい。

私は、ジンフィズを作るならレシピ通りに、そして今日の感動を覚えられるような1杯を目指したい。

そんなことをふと考える、今日この頃なのでした。

【「職人業」における縦社会に、もっと順応できたら良かったのかなぁ。】

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