東京に憧れなかった私の東京生活 #上京のはなし
今までの人生で東京に憧れたことも、目指したことも、夢を持ったこともなかった。
海が近い地で生まれ育ち、山に囲まれた地で暮らしている。
別に都会が嫌いなわけではないし、ネガティブな感情も一切ない。
東京に対するイメージは、首都機能があり、国内にとっても海外から見ても日本のシンボルがある場所。
たまに遊びに行けば刺激的で楽しい。
首都圏には知人も多く暮らしている。
私は私の肌に合った場所で生活していて、東京との関わりはそれで十分満足だった。
そこには劣等感も優越感もない。
マウントは取らないし、卑屈にもならない。
地方で働きながら大学に通う方法を探したとき、選択肢は通信教育課程だった。
元々理系ではあるものの、研究や実験をともなう理系学部は通信教育には向かない。
全国の通信教育課程がある大学の中から将来目指すものに近い分野を探していたとき、地理学科を見つけた。
地理は好きだし、自然科学が含まれているから最も理系寄りである。
一択だった。
そして、スクーリングや試験のため、東京都心部にある私立大学に定期的に通うことになる。
今まで進学や就職による東京進出を願って叶わなかった人の話を周囲でいくつも耳にしながら、私には到底縁のない話だと考えていた。
自分にこんな人生が待っているとは。
都心のビル街を歩きながら、今も不思議な気持ちになる。
東京は空が狭いと言うけど、人工物によって変化する空の形は個性的で面白い。
高いビル群の一つ一つに、人の暮らしがあるのだと想像しながら眺めたりする。
場所によっては自然豊かで開けた空間もあって、東京の広さを感じる。
「東京砂漠」なんて言葉があるけど、大人になって一人の時間もそれなりにこなせるので、孤独に苦しむようなことはほぼない。
ありがたいことに食事やイベントに誘ってくれる友人もいる。
東京はお互い無関心で冷たいとも特段思わない。
街角で見かける人たちの心和む光景もよく見かける。
優しさと思いやり、あるいは意地の悪さや冷たさは、どの街、どの地方にもある。
強いて違いを言えば、人が多すぎるのだ。
情報が溢れ過ぎていて、一つ一つに目を止め心を動かしていたら、とてもじゃないけど自我が保てない。
あらゆる人々をスムーズに機能的に処理するためのルールやマナーは、結果的に東京が地方よりもかなり発達しているのではないか、などと考えたりする。
それぞれが自分の身近な人との関係を大切にしながら、あとはシステムに身を任せるのが、東京での生き方かもしれない。
満員電車に高揚したのは最初のうちだけだった。
***
東京からの帰宅は真夜中になることが多い。
自宅の周辺は人工的な光も音も少ない。
澄んだ空気を見上げると、真っ暗な宇宙と満天の星空が広がる。
水道水は美味しい。
この場所があるから、東京に流されず押しつぶされず、距離を保っていられるのだろう。
物理的にも精神的にも、距離感は大切だ。
今まで生きてきた中で今が一番、日常に東京がある。
この先どんな人生が待っていたとしても、この私なりの東京との蜜月は、将来にわたって影響し続けるんじゃないかな。
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