見出し画像

未来からの案内人

「天井と壁、床に羊毛を敷き詰めるんだ。そうするとね、極太ウールのセーターに包まれている感じになるの。それがね、とっても気持ちいいの」

Norisは180cmの長身ですらっとしたなかなか品のある男前だ。
そして、たまにこんな話し方をするミドルエイジの中性的細マッチョである。
30年以上の付き合いだが
色恋沙汰にならなくて良かった。

「何で羊なの?」

そう言えば、縄文式住居のことを研究してると言っていたけど、羊はどこからきたんだろう。

「あのね。羊さんの毛のなかには微生物が住んでるの。その子達の呼吸で排出された二酸化炭素を植物が吸って酸素をはく、そして私達が体内に新鮮な酸素を取り入れるって訳。いわゆる羊毛に囲まれた空間では、自然の好循環が起ってるの」

「壁は、ビニールのクロスを貼っちゃうとその呼吸に蓋をしてしまうから、アリゾナの一億年前の化石が砕いて練り込まれてる塗り壁にするよ。砂漠だから、海の珪藻土より明るいからね」

この人、
すごいところみて建築やってる。

縄文時代の竪穴式住居には、床下から50cmくらいのところに穴が掘ってあった。土中微生物が活性化するのが50センチから70センチと言われている。ここに木材のチップを敷き詰めると微生物によって発酵し発酵熱を出し、その上は微生物による天然床暖房になるんだそう。
そして土の中に壺を埋めて発酵した木の実や獲物なんかを食べていたそうだ。
発酵食品は腸に良いと言われているが、
発酵の技術は縄文時代からなんだ。

「縄文時代にますます興味が湧くわ」

「争いのない時代が7500年続いたんだよ。発酵食品は長く貯蔵できるし、食べる分だけ大地の恵みを頂いてたからね。必要以上に求めないから、国という概念も要らなかったし戦争もなかったんだ」

「それに、食べるための労働や奪うための争いが無いので、創り出すものは時間をかけた芸術的で手の込んだものになったんだよ。縄文式土器なんか見てごらん、低温度で焼いて多孔体にして発酵に必要な微生物が活動しやすいようにしてあったり、上部に付けられた炎のような形状は大地の波長を受信するアンテナのような役わりもあったようだよ。弥生式土器と比べてごらん」

Norisはそう言って何枚かの写真を見せてくれた。
確かに美しい。邪気のない美しい芸術だ。

「ところで、なんで羊を思いついたの?」

Norisが聞いた現代芸術家ヨーゼフ・ボイスの蘇生の話がヒントに。

“第二次世界大戦末期ボイスの乗った爆撃機はウクライナ近くのクリミア戦線でソ連軍に撃墜されて墜落します、パラシュートを開いて脱出するのが遅くそのまま落下しました。

しかし、当時クリミアにいた遊牧民のタタールの部族に機体から救出され、体温が下がらないように傷口には脂肪を塗られ、フェルトにくるまれるなど手厚い看護を受けて、意識不明になった後2日後に蘇生したという話です”

そう言えば、自然のワクチンができるから抗ウィルス作用もあると言っていたな。

「すごいね」

「それに、羊さんは匂いでみつかるとオオカミに食べられてしまうから、毛の中にいる微生物さん達が匂いの元を水と炭酸ガスに分解してくれるんだ」

「あとは、部屋の湿気もコントロールしてくれるの。それにどこで計っても温度が一定なんだよ」

免疫力を高める基本は体温を下げないこと。それには室内空間をどこでも一定の温度で保つことが大切。羊毛の空間では、床も壁も天井も同じ温度になる。
足元が暖かければ体内の陰陽バランスが保たれ、熱が上に上って起こる肩凝りや頭痛などの不調も改善されるんじゃないと鍼灸師である私は思った。

古いビルのコンクリートの壁に櫓を組んで100mの羊毛を敷き詰める。そしてその上にプラスターボードを貼り、塗壁材で仕上げる。

Norisが言う免疫空間が少しずつ理解できてきた。

母が亡くなってから丁度一年くらいのことだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?